第06話『At Home』
大東大陸を拠点に活動する、戦争屋『インフェルノ』。
それは、圧倒的な戦闘力や優れた技術、逸脱した頭脳を持つ、気の狂った奴らの集団。自分たちに都合のいい世界を作る、という目的のためには、人殺しさえいとわない世界レベルの犯罪組織――。
これが世間一般の認識だが、実際には少し違った。
一部の地域では指名手配もされ、畏怖されている戦争屋だが、世間に知られていないその実態は、意外にも所帯じみているのであった。
「んー……むう」
年初めから10番目。『ライブラの月』も半ばの秋季。7時よりも少し前、快晴の朝のことだ。
鮮やかな紅葉に覆われた山に建つ、木造の古い屋敷にて。2階の窓から柔らかな日差しを浴びて、壊滅的な寝相でシャロは目覚めた。
「んー、んん」
琥珀の瞳を覗かせつつ、ベッドの上を転がるシャロ。右へ左へ動き回り、床に落下したところで『あがッ』と獣のような悲鳴を1つ。顔面を労りながら立ち、あくびを噛み締めると、細い首をぐるりと回した。
意識が覚醒し、改めて視界に認めるのは、ひと月ぶりに見る自室。白と黄色を基調とする、シャロの部屋だった。微妙にキモいぬいぐるみや、きらきら光る小物が散乱しており、よく言えば目に飽きのこない空間である。
「くっそー、まだ眠い……でも、お腹すいたぁ……」
シャロは目をこすりながら、引き出しからフェイスタオルを入手。部屋を出ようとドアノブに手をかけたところで、
「なァ、おいシャロ!」
シャロの意思とは無関係に扉が開き、相変わらず凶悪な面相をした青年が現れた。ギルだ。
「俺のパンツ知らねェ!? 脱衣所から消えてたんだよ!」
焦ったように尋ねるギル。風呂から上がったばかりなのだろう。その顔はほんのりと赤く、緑の髪や締まった身体には、大粒の水滴がついていた。
そう、つまり上半身は裸。下半身もタオルを巻いただけという、朝から見るには大胆な有り様で、
「はぁ〜〜?」
「だから、俺のパンツ知ら……」
と、言い終わる前に平手打ちが炸裂。ギルの絶叫が響き渡った。
「っっっ、テェーーーーッッ!?!? うぁ、おま、いーってェェ……テメェ、急に引っ叩いて何のつもりだ!?」
「何のつもりぃ~~?? ふんっ。そうじゃないと、寝起きのウチのプリティーフェイスを、裸で拝みにくる変態へのお仕置きにならないでしょ? ギルが覚悟できてたら、『神の寵愛』の痛覚無効が発動しちゃうんだから」
「あァ〜? なに勘違いしてんだ。テメェのボケっとした寝起きの顔なんざ、わざわざ覗きにくるかよ。暇でもしねェわ。つーか、野郎同士だってのにわざわざタオル巻いてきてやっただろーが。文句のつけどころがねェだろ」
腰に手を当ててお怒りモードのシャロに、ギルはシャンプーのものか、かすかに甘い匂いを漂わせながらぐっと顔を寄せる。すると、シャロの眉尻が跳ね上がった。
「シャロちゃんは花も恥じらう乙女なんですぅぅぅ!! 死ねオラァ!!」
「ぐっふオエッ!」
足の裏で突き飛ばされ、向かいの壁に激突するギル。2回目も痛覚が無効に出来なかったのか、彼は頭を抱えながら、歯を食いしばって転がった。
「へっ」
勝利の笑みを浮かべ、洗面所に向かうシャロ。道中、ジュリオットに遭遇した。
「う、うぅ……」
「え、ジュリさん!?」
足を引きずって歩くゾンビのような姿に、声をひっくり返すシャロ。その大声に視線を寄越すジュリオットの目元には、昨日にはなかった隈が出来ていた。
「なに、また夜通し報告書かいてたの……?」
「はい。先程、ようやく終わって……」
カッスカスの枯れた声を発しながら、廊下の壁にぶち当たるジュリオット。ワンテンポ遅れて後退するが、足に力が入らずそのまま転倒。頭から嫌な音を立てて、彼は廊下に大の字になった。
「そ、そっか。じゃあ、これから寝るの?」
「いえ……報告書を提出した際、『8時に食堂に来るように』と言われてしまったので、残念ですがまだ寝るわけにはいきません」
「ヒェ……しゃ、社畜……いや、戦争屋だから屋畜か……? あぁ、ウチ占いとか得意じゃないけど、ジュリさんの死因は当てられるよ」
「なんです」
「過労死」
「でしょうね」
緩慢な動作で起き上がるジュリオット。ズレた眼鏡の位置を直すと、彼は後頭部をさすって立ち上がった。
「ちなみに今日で何日目なの? 徹夜」
「1、2……5日目ですね。昨日は化粧で隈をごまかし、自分で調合した薬を飲んで体調をごまかしていましたが……」
「薬って……またヤバいやつか」
「ええ。国境の検問とか通ったら即ぶち込まれるやつです。材料は手軽でありながら、すぐに脳を活性化させられるので愛用してたんですけど……最近は効き目より副作用がひどくて。そろそろ被験体を用意して、新作を作らないと……」
ジュリオットは恐ろしい言葉を残し、『それでは』とふらふら消えていった。
「……」
絶句するシャロ。ちなみにジュリオットの言う『被験体』とは、敵捕虜のことである。基本的に戦争屋は捕虜を持たないが、時折ジュリオットの実験のため、何人か連れてこられることがあるのだ。
まぁ、大抵ひどい目に遭うのだが。以前は超特効の胃腸薬を作ろうとして、被験体が逆に腹を下し、3日間大変だったそうな。
「……ウチ、何しにきたんだっけ。あぁ洗面所か」
ようやく洗面所に到着するシャロ。洗顔をして顔を拭いていると、人の気配を感じて隣を見た。ペレットだった。彼は壁の鏡を覗きながら、のんびりと歯ブラシを動かしていた。
シャロは、ぴかぴかになったばかりの口元を、不快感たっぷりに『へ』の字に歪める。
「瞬間移動したな? あろうことか、このシャロちゃんの前で」
「らめふか(だめスか)」
「ダメだよ! ウチ、戦争屋で唯一の非能力者なんだよ! ただでさえ沸々とわくこのジェラシー……一触即発の危険な状態なんだから! 細心の注意をはらって使うこと! ……ていうか、普通に建物の中くらい歩いたら?」
弁舌が波に乗ったシャロは、あと、とペレットの眠たげな顔面に寄る。
「よく言ってるケド、こんな天気のいい日に・朝から・無断で・ウチの視界に入らないで。せっかくの憩いの時間が台無しでしょ?」
「おうおんりゃらいれふは(暴論じゃないですか)」
シャロの主張を些事のように受け流し、口をゆすぐペレット。口元を拭いてシャロを見ると、とろんとしていたペレットの目が、爛々と嗜虐心を灯し始めた。
「つまり……可愛い可愛い後輩の俺に、マジの嫉妬ですかーシャロさん? すみませんねー、俺ってば気が利かなくて。生まれたときからこの能力と一緒なもんで、所構わず使っちゃうんスよね~~いやホント使いやすい」
「なっ……」
「神様も理不尽っスよねぇ? ひと通りこなせる俺じゃなく、大鎌を振るうしか能のない雑魚にこそ、この力をくれたらよかったのに。ま、潔く諦めて腕鍛えたらどうっスか? そのうち足手まといになって、戦争屋からポイッと……」
「はっ、ハァーー!? すすす捨てられないしー? 雑魚じゃないしー? 今に見てろよーお前、今度の模擬戦闘、絶対に叩きのめしてやるからなー!?」
「あはは、さすが125戦全敗の負け犬。叫び慣れてますねぇ。ほんと、吠え声だけは一丁前にデカいんだから。実行してくれるの、楽しみにしてますよー? せぇんぱい?」
ひらひらと手を振り、掻き消えるようにいなくなるペレット。それを見送り、洗面所に1人取り残されたシャロは、彼がいた空間に向かってべーッと舌を突き出すのであった。




