第05話『眼鏡をかけた青い悪魔』
秋の夜のひんやりとした空気の中、ジュリオットは薄い唇を震わせた。
「――1つ目。貴方は、古来よりウェーデン王家に内密に受け継がれる、『殺戮兵器』及びその設計図を知っていますか?」
早速された質問に、アルベートは口端をきつく結んだ。黙秘を選んだわけではなかった。ただ、この質問の意図を考えていた。
戦争屋の目的は『殺戮兵器』の設計図を奪うことなのか? ならば、自分は持っていない。持っていなければ、手荒な真似をされることはないはずだ。早々にありかを伝えて見逃してもらおう。そう思った。
「……知っている。『殺戮兵器』のことも、設計図のことも。設計図のありかを知りたいのなら教えてやる」
「おや、いいんですか? そんなにサービスしていただいて」
ジュリオットは目を丸くした。何がサービスだ、といつものように唾を吐きかけたくなったが、相手が戦争屋であることを意識してぐっと堪えた。
「……ああ。おそらく、ジェイコブという大臣の部屋に、設計図はある」
国の外の人間に、秘められた強大な力を明け渡す。これはきっと、逆賊行為なのだろう。しかしアルベートにとって、自分の治める国の機密などどうでもよかった。
大臣たちはあれを使って何か企てていたようだが、どうせ彼らもほとんど死んでいる。戦争屋に売って生き延びたところで、恨み言を言う者はいないはずだ。
いま重要なのは、ここからどうやって生き延びるかのみ――アルベートは唾を呑んだ。
「ふむ。では、2つ目――『殺戮兵器』の製作計画のことはご存知ですか?」
「……ああ。いや、大臣たちが欲しいというから、設計図を売り払ってやっただけで……何をしているのかは、よく知らないが……」
「なるほど。では、『殺戮兵器』がどこで、どう使われることになっているのかは、ご存知でないと?」
「ああ。……本当に知らない」
アルベートが念を押して主張すると、ジュリオットは頷いて『わかりました』と答えた。その後、下唇に人差し指の腹を当てて、
「困ったな……国王主体で進めているものだと思って、大臣たちに尋問するかはギルくん達の判断に任せてしまったのに。面倒だが、城をひっくり返して製作中の記録を探す必要があるか。焼却処分されていないといいんだが……」
と呟いた。そして瞼を落とし、深めの吐息を1つ。開目後、ジュリオットは隣で拳銃を構える少年――ペレットに視線を流すと、
「ペレットくん、尋問は終了です。銃を下ろしてください」
「え? ほんとに見逃すんスか?」
「ええ。私は『全て嘘偽りなく答えろ』と言い、彼は本当にその通りにした。なので、私たちにはもう彼を殺す資格はないんですよ」
ふふ、と笑うジュリオットに、ペレットは愕然とする。同様に、アルベートも目を見開き、呆気にとられた。
確かに嘘偽りなく答えたが、本当に約束を守る気でいたとは。しかし、どうしてアルベートが嘘をついていないとわかった? そういう能力の持ち主なのか?
胸に湧き上がりそうになる希望を、アルベートは必死に押さえつけた。まだだ。相手は戦争屋インフェルノ。彼らの行動には、何か裏があるはずだ。
「……はぁ、なるほど。まぁ……別に良いっスけど」
不服そうな顔をしながら、何かを理解したのか拳銃を下ろすペレット。が、彼の紫の目はやはり、やや軽蔑したような冷たさを宿して、アルベートに向けられていた。傍目から見たアルベートは、それほどまでに無様らしかった。
「戦争屋インフェルノは、人の情のない狂人の集い――世間ではそんなふうに噂されているようですが、私とて悪魔ではありません。自分でした約束はきちんと守ります。ですからご安心ください、アルベートさん」
「は、はぁ……」
「ではペレットくん。引き上げましょう」
諦めを瞳にたたえて微笑み、長身痩躯をくるりと翻すジュリオット。彼は黒のマントを優雅に揺らして、扉の吹き飛んだ教会の出入り口へと歩みを進めていった。ペレットもその後を追っていく。
――何も、されない。何も仕掛けてこない。何故だ。裏があるのではないのか? どうして自分に背中を向けるのだ?
裏があると読んで逃げ出すべきか? それとも機嫌を損ねないように、彼らがいなくなるまでこのままでいるべきなのか?
考えてもわからずじまいだった。故に思考を放棄してしまうところが、アルベートが『愚王』と呼ばれている所以の1つだった。
「は、ぁ……」
遠くなっていく2人の背中を見つめ、殺していた息をこぼすアルベート。痛むほどに高鳴る胸を鷲掴み、汗を伝わせながら息を吸って、緊張する肺に、久しぶりの十分な空気を促した。
生きた心地がしない、とはこのことなのだろう。もう頭が真っ白で、何を喋っていたのかも思い出せない。
空気が冷たい。心臓が痛い。寒い。早く、早く安全なところに逃げて……ベッドで、そう羽毛の、暖かい羽毛の布団に包まって、すべて忘れて眠りにつこう。国の存亡など知ったことではない。城に生き残った者がいれば、それがなんとかしてくれるだろう。
そんなことを考えながら、口に溜まった唾を飲み込んだ――そのときだった。
「あぁ、1つ……忠告しておきますが」
突然、人が変わったように熱のない口調になったジュリオットが、床に膝をついたまますくんでいたアルベートを振り返った。
こちらを向く動きに合わせて、長い漆黒のマントが空を舞う。教会に差し込む月光が、彼の顔に影を作り、端正な顔立ちの凹凸をさらに強調した。
何よりも目を引く紺青の瞳が、より不気味な輝きを帯びて細められる。
「――私は嘘をつきません。たとえ心臓に釘を打ち込まれようと、四肢を獣に食いちぎられようと……何があっても、約束は絶対に守ります。……もう1度言いますが、殺さないと約束したのは私たち2人だけなので」
同時、アルベートは感じ取る。背後の、おぞましい何かの気配と血の匂いを。緩慢に振り返って捉えたのは、空間を切り裂く鉛色の一筋だった。
そのとき、走馬灯が駆け抜けた。20年ということを差し引いても、あまりに薄っぺらい記憶が思い起こされ、最後に、お手つきの女のすすり泣く顔が浮かぶ。
「あ……」
彼女の名前は、なんだっただろうか。そんなことをぼんやり思ったとき、アルベートの瞳に映っていたのは、
「お間違えのないよう、お気をつけください。――それでは、また来世」
「グッッッ、バァーーイ!!」
殺気に満ちて、爛々と輝く2つの琥珀色だった。
*
血飛沫が飛んだ瞬間、ペレットはおお、と目を見張った。紫の瞳に映るのは、吹き飛ぶ首と置いてけぼりにされた胴体。そして少女のように華奢な体躯で、身の丈よりも大きな鎌を軽々ふるった少年の姿であった。
「相変わらず容赦がない。悪魔みたいな人ですね……」
演技がかった吐息をして、冷酷な仕打ちに肩をすくめるジュリオット。白々しくも我関せず、と言いたげな顔をして、彼は自分の革靴に目をやった。
国王の首から噴き出した、不健康な色の血がついている。汚い。帰ってよく洗わなければ――ジュリオットはメイクの下の隈に触れながら、『面倒が増えた』とわずらわしげに呟いた。
いっぽう大鎌を振るった少年は、国王の血を被った頭を不思議そうに傾けた。
「なんで? コイツが例の王様じゃないの? ジュリさんのさっきの台詞って、ウチに向けて出した『殺していいよ』って合図でしょ?」
「ええ、例の王様です。合図を出したのも確かです。が、解放されると信じていた彼が少し可哀想だったので……」
「えー、この後に及んでいい人ぶる!? 先に変な希望与えちゃったジュリさんのほうが悪魔でしょお! シャロちゃんは別に、作戦に従っただけだしぃ〜……」
そう言って少年――シャロは、両頬に握りこぶしを添えてきゅるんと瞳を潤ませる。いわゆるぶりっ子の典型的なポーズだった。
ジュリオットがやれば失笑ものだが、シャロがやると様になってしまうのだから、男という性別は不思議なものである。ジュリオットは顎を揉んだ。
「――さて。あとはギルさんを待つだけですが……」
と、そのとき。地下階段から、緑髪を束ねた男が勢いよく飛び出してきた。
「うぇーーい」
「えっ? ……ギル!?」
最後の階段を弾むように蹴り、空中をアクロバティックに舞って、軽快な音とともに着地するギル。その登場に驚く面々を眺め、暗闇に赤い瞳を輝かせると、彼は尖った歯を見せて満足気に笑った。
「けけ。びっくりしたか? 久しぶり、ジュリさんにペレット」
「うっス」
「ええ、非常に驚きました……というか貴方、どうしてズボンがボロボロなんです? 特に膝から下」
「あぁ、さっきちょっとな。自爆に挑戦してたんだよ。そしたら膝から下ぜーーんぶ焼け落ちちまって。ハァ……俺の能力、服が再生できねェことだけが難点だな。って、そんなことよりコレだコレ」
「自爆って」
呆れるジュリオット。その奇妙なものを見る眼差しを無視し、握りしめていた紙束を広げると、ギルは紙面を叩いてシワを伸ばした。そして、ジュリオットたちに向けて突き出す。
「おら、『殺戮兵器』の設計図」
「……」
それを目にした3人は目を瞬かせ、沈黙し、揃って1文字だけ発した。
「は?」
「いやいやいや。『は?』じゃねェよ『は?』じゃ。俺字ィ読めねーけど、設計図ってこれで合ってんだろ。兵器っぽい図形も載ってるし。城の撹乱に設計図の奪取までした功労者を、褒めるか労うかしたほうがいいんじゃねェの?」
「いえ、よく見つけられたなと思って……しかし、これは……」
ギルの突きつけた古っぽい紙面に、3人はずいと顔を寄せる。
「これが殺戮兵器? なんか、オモチャの設計図にしか見えないんだけど。ていうか、これどこの文字? こんな文字見たことないよ、現代の文字じゃないでしょ」
「……どうやらこれを書いたヒトは、『自動追尾式の人間型兵器』っていうのを想定してるみたいっスからね。基本はブリキの人形なんかと一緒なんで、オモチャに見えるのも仕方ないっスよ。……え? シャロさんこれ読めないんスか?」
「ハ!? えっ、なに、読めるしーこんなの簡単だしー」
喧嘩の予兆を見せながらも、興味深そうに設計図を見るシャロとペレット。
同い年の2人が意見を交わす様を、1人強張った顔で傍観していたジュリオットは、やりとりがひと段落する前に声を上げた。
「さて。目的のものは手に入れましたし、『処理班』も到着するころだと思うので、そろそろ拠点に帰りましょう。私、早く報告書を書かないと」
国王の死体を横目に、げっそりと肩を落とすジュリオット。それを受けてペレットも『あー、そうっスね』と気怠げに首を回し、
「じゃあ、退散しましょうか。教会の外に、俺が拠点と繋いだ『転移陣』があるんで、そこまで行きましょ」
「おっけー。ハァ~~疲れた~~!!」
「ホンットに……つか、やっとフラムの飯が食えるな。ここんとこピザばっかり食ってて……寝る前になんか作ってもらおーかな」
「貴方またいい加減な食事を摂って……」
「あ! ウチも作ってもらお! キャラメルがたーーっぷりかかったアラモードがいいな~」
和気あいあいと話す4人は、まるで憑き物が取れたかのように、年頃の青少年の顔をして教会を出る。
見上げた夜空には星が散りばめられ、周囲の森がたっぷりと銀の光を浴びていた。風は涼しく乾いており、秋の匂いを感じさせる。身体が血に濡れてさえいなければ、大層いい夜になっただろう。
もったいないが仕方ない。見とれるような夜にだって、すがすがしい朝にだって、ところ構わず血まみれになるのが自分たちの仕事なのだから。
などと、ささやかな自虐を抱えて。彼らは、いっさい振り返らず――血染めになった、ウェーデン城を後にした。




