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懐かしい香り

 マリーナが別行動を始めた頃。サーニャは再会した父に連れられ、1つの寂れた小屋へと辿り着いていた。


「ここが、お父さんが過ごしている所ですか?」


「ああ。元は放棄された小屋だったが、修繕して有難く使わせて貰っている」


 大分古い見た目をした小屋ではあるが、言葉通り所々に補強した跡が見受けられた。その様子から雨風は十全に凌げる筈だとサーニャは感じる。

 小屋の中へ入れば、小さなベッドとテーブルが一つずつ。そして竈に掛けられたままの鍋が視界に映る。


「今日はもう遅い。サーニャも疲れただろう? 食事は用意するから、少し休んでいなさい」


「…はい」


 言われた通り、椅子に腰かけて父親の背中を見つめる。マリーナが無意味に適当な森へ飛ばしたとは思っていなかったが、まさか父親と同じ場所に飛ばしたとは思ってもみなかった。


「ところで、今更だが何故此処に?」


 テーブルへ木のボウルに装ったスープを並べながら、サーニャの父親が口を開く。その疑問に対し、どう答えるべきかサーニャは少し頭を悩ませた。


「その、実は……」


 言い難そうに吃りながらも、サーニャは自らの魔法に不安を抱えていた事。それをどうにかしたいと知人に稽古をつけて貰った事。そして──マリーナに強制荒療治を課された事を包み隠さず告げた。


「……そうか」


 それまで静かに聞き手に徹していたサーニャの父親は、一言それだけを口にして何とも言えない表情を浮かべた。

 その様子を見て、更にサーニャが身を縮める。


「で、でも! 転移した場所に結界を張って下さっていたりとか、転移して暫くは何処かから見守って下さっていたりとか!」


「あぁ違う違う。何もあの方に思うところがあった訳では無い」


「そ、そうですか…」


「しかし…見たところ結界は上手く纏えている様だし、他に何が不安だったのだ?」


「あっ…そ、れは…」


 サーニャが初めて魔法を暴走させた時、サーニャの父はその場には居らず、サーニャを含めた他の者も口を噤んだ為に、サーニャが魔法を暴走させたという過去自体を知らなかった。

 今まで黙っていた事を謝りながらも、サーニャがその当時の様子を嘘偽り無く告げる。当然幾らかの叱責を覚悟していたサーニャだったが、父の口から出てきた言葉は謝罪だった。


「今まで気付いてやれず、済まなかった」


「ち、違います! お父さんは悪くなくて、わたしが勝手に…」


「それでも、父親として気付いてやるべきだった。過去は変えられないが……サーニャさえ良ければ、わたしが今回のサーニャの実戦を補助させては貰えないか?」


「え? そ、それは願ってもない事ですけど…」


 何故その様な申し出をするのか、サーニャが小首を傾げる。その反応を見て、サーニャの父が苦笑を浮かべた。


「父親らしい事を、ようやく出来ると思ったからな」


 そう言って優しく穏やかに微笑を浮かべる父に、サーニャは何も言葉が浮かばなかった。


「さぁ、冷めてしまう。早く食べよう」


「あ、は、はい!」


 慌てて木のボウルにスプーンを突っ込んでスープを掬う。零さぬように口へと運べば、優しい塩気と野菜の旨味がサーニャの味覚を満たした。

 スープは少し冷めていたが、サーニャはとても温かくなる気がした。



 ◆ ◆ ◆



 片付けまでして貰う訳にはいかないとサーニャが主張した為、サーニャの父は暇を持て余していた。


「…そうだ。寝床を失念していたな」


 元々一人で住んでいた場所の為、小さなベッドしか用意していない。

 サーニャとマリーナならば二人一緒に寝れる程の大きさではあるが、流石に大人と一緒に寝るだけの余裕は無い。


「どうしましたか?」


 腕を組んで悩んでいると、片付けを終えたサーニャが手を拭きながら父を呼んだ。


「あぁ、今日寝る場所をどうしようかと思ってな」


「成程…でしたらわたしは寝袋でも十分です。幸い持ち物の中にありますから」


 そう言って腰に着けたポーチを指差す。これはサーニャの為にマリーナが自重無しに作ったマジックポーチだ。渡された時は流石に断ろうと思ったが、結局押し切られて使っている。


「だが父親としてそれは許せない。わたしは床で寝るから、サーニャはベッドを使いなさい」


「え、でも…」


「今は、親の顔を立たせておくれ」


 父から穏やかな口調でそう言われて、サーニャは口を噤んで何も言えなくなる。

 おずおずと促されるままにベッドへと腰掛ければ、ぎしりと木が軋む音と共に少し固めの感触が返ってきた。

 そのままゴロリと寝転がれば、懐かしい父の香りがサーニャを包み思わず目を細める。


「おやすみ、サーニャ」


「おやすみなさい…」


 優しく頭を撫でられ、サーニャの目がトロンと溶けて意識が微睡みに沈む。

 その様子を見届けてから、サーニャの父は床に布を敷いて寝転がり、同じく瞼を下ろして眠りに着いた。





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