どちらにしろめんどう
とりあえず害意はないようだし、サーニャさんも無事だったので、そろそろ宿に帰ることにする。
「あの……厚かましいとは分かっているのですが、お願い事がありまして…」
さて帰ろうと思ったタイミングで、ヴェントゥスさんが改まった様子でそう切り出してきた。
「なんです?」
「……ポーション類を、譲っては頂けないでしょうか。現在品薄状態でして…」
確かに、この呪い騒ぎでポーション類は買い占めを受けているみたいだから、ヴェントゥスさんが言っていることは本当なのだろう。
「別に構いませんよ。普通に流通しているものですけど」
「それで大丈夫です」
ならとりあえず……10ダースくらいあればいいかな?
「こ、これは…」
「少ない?もっと出す?」
「いえっ!?大丈夫ですっ!」
「そう。なら、どうぞ」
これで私の手持ちはほとんど無くなってしまった訳だけど……まぁ無限収納庫で調合は出来るので、問題は無い。材料は……少し心もとないけど。以前ここでの治療でポーションいっぱい作ったからね。また今度採取しとかないとなぁ…
「本当にありがとうございます……」
「ちゃんと使ってくださいね。じゃあ帰りましょうか」
「はい……心配かけてすいませんでした」
「もういいですよ」
ただの早とちりだったんだもんなぁ……
「あ、御二方が泊まっている宿の近くにも通路がありますので、そちらを使ってください」
……ほんとこの隔離部屋の通路って、どこまで広がってるんだろうね。ちょっと怖いよ。
ヴェントゥスさんの案内で通路を進むと、本当に宿の裏手に出ることが出来た。少し空は白み出している。
「あ、そうだ。ヴェントゥスさん」
くるっと振り返り、通路にいるヴェントゥスさんに話しかける。
「はい、なんでしょうか?」
「……治療に尽力してくれたこと、感謝します。それが無ければ、本当に手遅れになっていました」
これは本当のこと。根本的な治療は出来なかったとしても、龍としての強力な治癒魔法を行使してくれた。それは延命治療でしか無かったけれど、私が助けるまでの時間を稼いでくれたのだ。
「そんなことは……」
「私が言うんです。誇っていいですよ」
「…神龍様」
「…それとですね、その呼び方やめてください」
「……え?」
何故そんなこと言うのか分からないみたいな表情を浮かべるけれど…私は、そんな遠い関係になりたくは無いんだ。
「名前で。マリーナと呼んでください」
「でもそれは……」
「正体を隠している手前、誰かに聞かれると困るんですよ」
聞かれてもあだ名とかだって流してくれたらいいんだけどね……そうそう上手くはいかないだろうから。
「……では、マリーナ様でも?」
「それでいいです」
…これで私のことを様付けで呼ぶ存在が増えてしまった。どちらにしろ聞かれたら答えるのめんどくさいな……まぁ、いいか。
「それでは…あぁ、そうだ。これを」
思い出したかのようにヴェントゥスさんが取り出したのは……一つの指輪だった。それを私に手渡してきた。
「これは?」
「それをあの治療院の誰かに見せてください。そうすれば、私と直ぐに会うことが出来ます」
……こんなもの持ってるって、もしかしなくてもヴェントゥスさんって結構治療院で高い地位にいるんじゃあ……?
「院長してるくらいですよ」
くらいじゃないでしょ、それ。
「では、失礼します」
「ええ、また」
通路の奥にヴェントゥスさんが消えていく。地面にある出入口はパタンと閉じ、完全に同化して分からなくなった。
「とりあえず部屋に戻りましょうか。もう出入口は空いてないでしょうし、転移しますよ」
「はい」
サーニャさんと手を繋ぎ、直接宿の部屋へと転移する。
「…この方は?」
転移してそうそう、サーニャさんがベットで眠るレジーナさんに気付いた。まぁ当然か。サーニャさん寝るベットだし。
「今回の騒動の原因…に、取り憑かれた存在、でしょうか」
「原因……取り憑かれた?」
サーニャさんに一連のことを説明する。するとサーニャさんさんが悲しげに顔をゆがめた。
……そっか。少し境遇が似てるからか。同じところに住む人から虐げられたこととか。
「それで、どうするのです…?」
「ひとまずはこの人…レジーナさんが起きてからですね」
その後どうしたいのかを本人に聞きたい。村というか…住んでいた所に帰ることは多分できないだろうけど。出来る限りのサポートはするつもりだ。
「天人族は人族とあまり変わりませんからね。翼も隠せますし。街で普通に生活することも出来るでしょう」
あ、翼隠せるのね。
……ハク。他に情報は?
『魔力量は人族よりも多いです。なので、必然的に人間よりも長く生きます。ただ、それでも10数年ほどです。なので寿命は人間とほぼ変わりません』
なるほどね。
寿命は魔力量に比例する。多ければ多いほど寿命が延びるんだよね。だから魔力量が多いエルフとかは長寿になるって訳だ。
「人族として生きるか。はたまた天人族として生きるか…」
まぁ、どちらを選ぼうともそれを応援するけどね。
「とりあえず軽く寝ましょうか」
「そうですね…はい」
もう早朝と言っていい時間帯ではあるけれど、とりあえずレジーナさんが起きるまでは眠ることにする。
という訳で、レジーナさんが起きたら起こして、ハク。
『はい』
ハクを目覚ましがわりにセットし、私はサーニャさんと添い寝して瞳を閉じた。
……だって、サーニャさんのベット、レジーナさんが使ってるからね。仕方ない。