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第31話 

 ――学院内にただよう、祭の準備に浮かれ気味の空気を切り裂くように、虚実とりまぜた情報をたずさえて、()()はやってきた。



 その日、黙示録に予言された終末の到来を告げる喇叭(ラッパ)のように、不吉な馬蹄を轟かせながら、一台の馬車が学院を訪れた。

 全体を黒く塗られたその馬車には窓がなく、まるで冥界からの使者を思わせた。


 水面下で蠢いていたさまざまな思惑が結晶化し、ついにその片鱗を(あらわ)し始めたようであった。()()の来訪は、まさにその兆しといえるだろう。


 今後宮廷は、権力の湧き出る水場を生息の場とする者たちの危険な狩場と化し、驪竜頷下(りりょうがんか)の珠を奪い合う修羅場と化すであろう。

 これあることを予想していた賢人たちは、このときのために慎重に築き上げてきた、幾重にも偽装された仕掛けのひとつに手をかけた。


 それは王太子ローデリヒを中心とした謀略の、最終局面を告げるものであった。



      *   *   *



 いつものようにナターリエが静かに補習を受けていると、見知った教師が無遠慮に教室内に入ってきた。

 彼は自らの礼節を欠いた態度に言及することなく、担当していた教師と二言三言交わした後、シャルロットのもとへ向かった。


 なにごとか耳打ちされたシャルロットは、「父が?」と呟くと、そのまま固まったように無反応になった。

 彼女がそんな態度をとる場合は、よほど興味がないか悪意を向けられたかのいずれかである。

 何を言われたのかナターリエのところまでは聞こえてこなかったが、いい話ではなかったことは間違いなさそうである。

 反応を返さないシャルロットの態度に業を煮やした教師の出す音量が徐々に上がりだし、内容がナターリエの耳にも届くようになって、ようやく彼女にも状況がつかめてきた。


 彼女のもとにもたらされた伝言は、父親であるマルケス男爵が倒れたというものらしく、『急いで屋敷に戻るように!』との説得を繰り返されていた。

 いまは意識がない状態であるという。

 奇妙なことに、突然の凶報にもシャルロットは表情ひとつ変えず、せかす教師と対照的に落ち着き払っているようにすら見えた。


 ……ナターリエはその光景に、なにか不自然な違和感を覚えた。


 当事者以外には、石像のように身を硬くした少女に、興奮した男が一方的にまくし立てているとしか見えない状況が続いていた。

 それは、補習を担当していた教師が二人に注意を呼びかけるまで続いた。

 結局、ほかの生徒の邪魔になるからということで退出を求められたシャルロットは、「では、私は自室に戻ります」と言い残して教室から出て行こうとした。

 最終的には、使いの者が待機しているという外来者用の会議室に向かうことになったようだが、彼女たちが教室を出て行った後も、ナターリエの違和感は決して消えることはなかった。


 意を決したナターリエは、渋い顔で二人が出て行った扉を見ていた教師に断りを入れ、自らの良心に則った行動をおこすべく立ち上がった。




 ……それからややあって、ナターリエが外来者用の会議室の前にやって来ると、室内から廊下に、怒号に近い大声が漏れてきた。


「具体的なことは私も聞かされていません。ただ、シャルロット様においては急ぎ屋敷に戻るようにと!」

「まず、侍女に状況を確認させます。迂闊に動き回れば、事態を悪化させないとも限りませんから」

「何を言ってるんです!? 馬車はもう用意されてます! 一刻も早くいらしてください!」


 漏れ聞こえる様子から、室内の緊迫した空気を察したナターリエは、ためらうことなく扉をノックした。


「――失礼します」

「だれだ!? いまは取り込み中だ! 後にしろ!」


 彼女の呼びかけは、それに数倍する怒声によって押し返された。


 苛立ちを含んだ声は、ナターリエが初めて耳にしたものであった。おそらく教師の言っていた〝使いの者〞が発したものであろう。

 突然やってきた闖入者(ちんにゅうしゃ)に対して、つい激情のままに怒りをぶつけてしまったのだろうが、いかんせん相手が悪かった。


「使者殿!? 彼女はシェーンバッハ侯爵のご息女ですよ?」


 教師の指摘に、男は軽く舌打ちした。さすがに失態を悟ったらしい。


 扉が開けられ、部屋から出てきた使者らしき男と正対したナターリエは、怒りを滲ませる男の顔を、侯爵令嬢の矜持をもって怯むことなく見返した。

 彼女はひとりで来たわけではなく、後方にはおどおどした様子の、侍女らしき少女が待機していた。


「後にしていただけませんか? いまは、本当に大切な話の途中なのです」


 使者は、侯爵令嬢を前にして最低限の礼節は守ったが、苛立ちを隠し切るところまではいかなかったようだ。

 目の前の、彼の邪魔をする腹立たしい令嬢は、しかし次の瞬間、彼の中で福音を告げる天使の姿に早変わりした。

 男越しにシャルロットに目配せしたナターリエは、わざわざこの場に足を運んだ理由を口にした。


「シャルロットさん。()()さんを連れてきましたわよ」


 〝アナ〞とはシャルロットの侍女の名前である。

 ナターリエが発した言葉はそれですべてであったが、効果は抜群だった。

 シャルロットは入ってきたその少女の姿に目を瞬かせたのち、かたくなだった態度を軟化させた。そして、彼女の同行を条件に、使者の用意した馬車で男爵家へと向かうことにようやく同意したのであった。


 あからさまにほっとした表情を見せた使者の態度に、ナターリエはちらりと不審の目を向けたが、口に出しては何も言わなかった。


 ――かわりに、非常事態であるにもかかわらず、使者の後を夢見るような足取りでふわふわと歩くシャルロットの後姿を、ナターリエはただ心配そうに見送ったのであった。

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