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第14話 

「それで、俺は今後どうなるんだ? 実家は何も言ってこないが……このまま退学で領にもどされるのか?」


 これだけの騒動を起こしてしまったのだ。今は王都にあるパラダイン家の別宅で謹慎しているが、そのまま自領に送還されて廃嫡ということも十分に考えられた。


「なにを馬鹿なことをおっしゃるのやら」


 だが、そんな懸念は、目の前のうら若き女騎士によって一刀両断にされた。

 驚きに思わず目を見開いたクラウスは、至極単純な言葉で聞き返した。


「違うのか?」

「ありえないですね」


 アーデルハイドは断言する。聞けば、すでに方針は決まっているという。


「学院でしか出来ないことなんですから、退学なんてとんでもないことですよ。学院に居残るためには、土下座でも何でもしてもらいますよ」

「俺は何をさせられるんだよ!」

「そもそも、何で私に聞くんです!? 自分のことでしょうに」

「自分のことだからといって勝手に振る舞った結果がこれだ。だから相談してるんじゃないか」


 アーデルハイドのクラウスを見る目がすっと細められた。

 値踏みするように一瞥したあと、彼女はクラウスに対する評価を何段階か引き上げた。失敗を経験することで、殻を破るきっかけを掴んだらしい。


「ふーん、どうやら反省してるのは本当のようですね」

「で、どうなんだ?」

「どうするかっですって? そんなの、やり返すに決まってるでしょう。私たちはけんかを売られたんですよ!?」

「えっ!? やり返す? 何を?」


 クラウスはきょとんとした顔になったのを受けて、アーデルハイドは猛然とたたみ掛けた。


「だから! あの人たちは自分たちの個人的な諍いに、私たちを巻き込んできたでしょう。それも罪をこちらに擦り付ける形で! ちゃんと話し聞いてました?」

「んっ!? さっきの話は俺をつるし上げてただけのような気がしたんだが……」


(評価を見直したとたんにこれですか!? いままで何を聞いていたのよ!)

 

 灼熱した感情が爆発寸前にまで昂ぶるのをアーデルハイドは感じた。

 脳筋はやっぱり脳筋のままだった!

 内面の激流は怒声となって、間抜け面をさらすクラウスにむかって、力の限りでぶつけられた。


「罠にはめられたこと、まだ気付いていなかったんですか!? どんだけお人好しなんですか!」


 クラウスのとぼけた反応は、自らに迫っていた窮地をいまだ軽く考えてすぎている証左である。あまりに危機意識が足りていなかった。

 このままではふたたび罠にはまるのも時間の問題であろう。

 ここで完全に意識改革できなければ、利用されて使い捨てにされるだけの未来が待っている。

 アーデルハイドが必死になるもの、至極当然のことといえよう。


「ローデリヒ殿下とシャルロット様の逢瀬を知ったオフィーリア様が、婚約者のあなたを利用してシャルロットを亡き者にしようと画策した、という陰謀なんです、これは! いわば、『離間の計』! 親しい間柄にあるもの同士の仲を引き裂き、お互いに傷つけ合わせようとするものです。あなたたちはまんまとその策に嵌ったんです! オットー様が介入してくれなかったら、取り返しのないことになってたんじゃないですか!?」

「……あいつが婚約破棄を勧めてきたのは、そんな意図があったのか!?」

「そう! オットー様はローデリヒ殿下の友人だし、火の粉が飛んでくるのを嫌ったんでしょう。それにおそらくシャルロット様とも通じていますよ」

「通じているって、えっ?」

「こっちはそういう意味ではありません、勘違いしないで! たぶん、オフィーリア様から身を守るための頭脳(ブレーン)といったところでしょう。クラウス様が考えているよりずっと(したた)かなんですよ、あの子は!」

「…………」

「言いましたよね!? これは公爵令嬢と男爵令嬢の争いだって! まともに闘って男爵令嬢に勝ち目があるとでも思ってたんですか!? それこそ夢物語だわ」

「……信じられん」

「これが現実です! きれいな外見の下では醜い思惑が渦巻いている。これが宮廷であり、社交界の裏の姿! いまのクラウス様ではすぐに飲み込まれて終わりでしょうね」

「社交界って……おそろしいところなんだな」

「何を他人事みたいに……! 宮廷という場所は魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する煉獄にも喩えられる場所! これからのあなたの戦場です! 覚悟しておくことですね」

「わかった。肝に銘じていくことにしよう」


 アーデルハイドは満足げにうなずいた。

 ようやく、本当にようやくクラウスの意識が変わったのが肌で感じられた。根気よく、時には感情的になりながらも、言を尽くして説得した甲斐があるというものだ。

 だが、これは第一歩である。本当の評価はこれからの行動と気構えによって下されるだろう。


「で、売られたけんかは買うとか言ってたな。そんな奴ら相手に……俺も気を引き締めていかねばならんな」

「そうですね、ただ、当然ながら戦い方は違うものになります。退治する敵が虎と鼠では、違う戦術が必要になるでしょう?」

「ああ、よく理解できる」

「ですが、基本的なことはけんかとなんら変わりません。やられたらやり返す。ただし倍返しで」

「……もうすっかり昔のお前に戻ってしまったようだな」

「あの騒動のせいで、もう猫を被る意味がなくなってしまいましたからね。これからは遠慮は捨てさせてもらうつもりです。クラウス様は、こんな私は嫌いですか?」

「いや?」


 クラウスはにやりと不敵な顔で笑った。


「――この上なく頼もしいよ! 昔の無敵だった頃のお前に戻ったのだな! ただ、その矛先は俺に向けてくれるなよ?」

「それは保障できかねますね。腑抜ければ何度でも吊るします」

「おっかねぇな。だが、お前はそれぐらいでちょうどいいのかもしれん。俺も学院に来てから、知らぬ間に余計なものに手を出しすぎていたようだな」


 その表情からは覇気が放たれ、眼光は輝きを取り戻した。

 それは怠惰の垢の下に隠れていた、戦士としての彼の素顔。

 多少荒療治となったが、結果的には、彼を腐れせそうになっていた不純物を拭い落とせたことを、ふたたび精悍さを取り戻した表情が物語っていた。


「ちなみにオフィーリア様がやった離間の計。別に珍しいものでもないですけど、あっさりそれにかかるのはどうかと思いますよ?

 もっとも、私がやろうとしているのも同じ策。狙いは侯爵令嬢のナターリエ様。時間をかけて彼女をこちらに引きこむつもりです。ただし、〝天網恢恢(てんもうかいかい)()にして漏らさず〞、やるにしても道を踏み外しては本末転倒ですからね」

「天網……なに?」

「〝天網恢恢疎にして漏らさず〞ですよ。クラウス様の頭のレベルに合わせるなら『どんなにうまく偽装した悪事も、必ずどこかでバレる』ってところですね。正々堂々! この原則だけは決して踏み外さないようにしてください。でなければ、天運は私たちに味方してくれなくなるでしょうから」

「お前が俺をどう思ってるかは別にして、言いたいことはわかった。あらためて肝に銘じよう」


 最終的には公爵令嬢オフィーリアを失墜させるべく策をめぐらせる。

 そのためにうっておく布石は山のようにある。

 しかも、こちらが手をうっていることを相手陣営に悟られてはいけない。


 雌伏の時は長く続き、その間は地道な活動に終始しなければならない。

 だが、いまのクラウスにはそれをやり遂げる意思と覚悟があった。


「とりあえず謹慎が解けたら、学院に戻って不始末の尻拭いと、今後のための布石をうってもらうことになるはずです。その前に、国の現状を知ってもらう必要もありますね、問題を直視する気概はありますか? まぁ、なくても知ってもらわなきゃいけないんですけど」


 クラウスの復活を見届けたアーデルハイドは、具体的な方針をクラウスと確認しあう。

 ほつれかけていた信頼関係は、ふたたび強固に結びなおされていた。


「ここまで恥をさらした、いまさらの話だ。どんなことでも受け入れるさ」

「わかりました。では説明しましょう」

「たのむ」

「――私が学院に入学するにあたり、勉学を収める以外に三つの役目を領主様から申し付かっていました。


 ひとつ、同学年に入学する、嫡男クラウス様のお目付け役。

 ふたつ、王都の情勢を調べる調査員としての役割。

 みっつ、有用な人材を見つけてパラダイン家に紹介するスカウト役。


 そのうち、お目付け役以外はうまくこなせていたと思います。クラウス様がシャルロット様や級友と遊び呆けている間、私はせっせと調べたことをまとめて報告を送っていました。今回の婚約破棄騒動も大騒ぎにならず粛々と手続きを済ませることが出来たのは、ご実家があらかじめ覚悟されていたからだと思います。クラウス様の学院での生活態度も欠かさず報告していましたから」

「……おい!」

「抗議ならあとでまとめて聞きます。今は話を続けます。

 王都を調べていくにつれて、なぜご領主様が私にそんな役目を与えたのかわかってきました。はっきり言ってこの国は根っこから腐ってきています」

「なに?」

「それを説明するのに、私よりもっと適切な人物がいます」


 アーデルハイドが合図すると、隣室で控えていたメイドが入ってきた。


「お呼びでしょうか」

「バエティカ様をこちらにお呼びしてくれますか」

「かしこまりました」

「バエティカ先生?」

「そう、学院を追放されたルーカス・バエティカ先生。私が確保した中でも最高の人材です」


 アーデルハイドは誇らしげに胸を張った。

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