第15話
謹慎が解けたクラウスは、今回の件における関係者すべてに謝罪して回った。
個人的な感情で、婚約破棄に到ったマルケス男爵令嬢のシャルロットには、特に深く頭を下げた。
当事者であるクラウス本人がマルケス男爵の屋敷まで出向き、直接シャルロットの父親であるマルケス家当主の前で頭を下げたのだ。単なる風評に感情的になってしまい、一方的に婚約を破棄したというのが、その理由であった。
それは、今後の宮廷での力関係に少なくない影響を及ぼしかねない行為であったが、誰もが影響の大きさを測りかねており、当面は何事もなかったように様子見を決め込んでいるようであった。
そのほか、自分の軽率な行為で恥をかかせてしまったと公爵令嬢のオフィーリアに頭を下げ、講堂に集まった者たちにもいらぬ手間をとらせてしまったと詫びた。
いつしかクラウスには『バッタ君』などという屈辱的と思える渾名がつけられていた。人々の間を飛び回り、ペコペコと頭を下げて回る姿を〝米搗き飛蝗〞になぞらえて揶揄されたものだったが、それも黙って受け入れた。
――ただ、重要なことが一点ある。関係者全員が、クラウスとシャルロットの婚約の解消自体は撤回しようとはしなかったことだ。要するに、この婚約自体が間違いの元であったと、誰もがうすうす感じていたのだろう。
もうひとつ人々の興味を引いたのは、クラウスが王太子ローデリヒにも頭を下げたことである。その理由は、傷つき落ち込んだシャルロットをローデリヒが慰め、彼女が立ち直るのに手を貸してくれたから、ということらしい。
このことに、ローデリヒの婚約者であるオフィーリアは表立っては何も言わなかったが、その心中は察して余りあるものがあった。
オフィーリアがシャルロットを忌避しているのは、いまや周知の事実であった。
シャルロット殺害を使嗾したのはオフィーリアであるとのうわさが根強くあり、クラウスが王太子に頭を下げたのはその意趣返しではないかとささやかれた。
事実、この婚約破棄騒動でクラウスの人望は地に落ちたわけであり、その原因とうわさされた人物を快く思うはずなどないのだから。
ただ、人々の思惑に反して、クラウスがそれ以降もオフィーリアに対して弁えた態度をとりつづけたので、そうしたうわさもだんだんと下火になっていった。
人望を失うに伴なって、クラウスの交友関係も減少の一途をたどり、それまで友人との付き合いに当てていた時間を、もてあますようになりはじめた。
クラウスは、空いた分の時間を、あらたな人脈の確保ではなく、おろそかにしていた勉学を取り戻すことにあてたために、さらに自分の周りから人が消えていくという悪循環に陥っていた。
没落していくクラウスをオフィーリアは視界から外し、いつしか存在感の薄れは学院全体にも及ぶようになった。彼は将来有望の地位から転落し、その他大勢の生徒の中に埋もれていった。
『――パラダイン辺境伯家も、もうおしまいだな』そんな風評がささやかれ出すのに、そう長い時間はかからなかった。
――彼らの目論見のままに――
半年後、教養課程が修了し、そのまま卒業する者と進級するものに分かれたのだが、そこで事件とも呼べる異変があった。クラウスが実家の辺境伯家の強い意向で、騎士科でも軍政科でもなく内政科に進級したのだ。
騎士科なら前線指揮官として、軍政科なら参謀または軍師として王国軍の中枢に重用されたであろう。この決定は、彼がその未来を失ってしまったことを意味しているのだ。
進級には選抜試験に合格する必要があり、クラウスが勉学の遅れを取り戻すのに必死になっていた理由がこれで判明したわけだが、この選択はもうひとつの可能性を暗示していた。
つまり、軍事で名を馳せるパラダイン本家からの指示は、クラウスが辺境伯の後継者から外れ、別の領主候補の補佐に回る可能性を示唆しているといえよう。
少なくとも、彼のまわりにいた連中はそう受け取った。
後ろ盾を失ったと判断した学院の連中が、クラウスからさらに離れていくのは、時間の問題であった。
……もっとも、それらもクラウスたちにとっては織り込み済みの動きであった。
彼の一見情けなく映る姿は、むしろ本当に信頼できる者を篩にかけるためのパフォーマンスであったのだ。
平身低頭するクラウスの姿から誠実さを読み取れる者こそ、彼らが真に必要とする人材であった。
――没落するクラウスを尻目に浮上してきたのが、彼の部下であることが明らかになったアーデルハイドであった。
自重することをやめた彼女は、貴族の間でも徐々に存在感を高めつつあったのだが、ある日、それを決定的にするとある出来事が起こった。
――始まりは、なんでもない学院の廊下でのすれ違い。
一般棟を歩いていたアーデルハイドは、前方からやって来る人物に目を留めた。
(あれは……)
それは、彼女がよく知る人物であった。




