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報復 その6

「・・・」


ケービットには解かったことがひとつある。

何と誰が戦っているか解からないが、とにかくここに自分以外の人間を連れてきてはいけないということ。こんなところにアベルを含めた・・・所謂『常人』というものがいたら、数秒で肉塊に変わってしまうだろう。

ミエルハンス最強の戦士と呼ばれているが、果たして、自分もどれだけこの戦いについていけるか解からない。一対一ならともかく、怪物が戦っている最中に割り込み、両方制するのは不可能ではないか・・・そんな考えすらある。

ここ数年で、教会の『英雄』と同等の力を手に入れたケービットだからこそ、ここの戦いに割り込めないことを強く痛感したのである。

それ以外の、アベルたちを守りながらここを進むことが出来るのか、解からない。・・・そうアベルに進言しようとしたところで、彼は剣を片手に立ち尽くす、ファグナリスを見つけた。


「・・・ファグナリス・・・」


「ケービット? なんでこんなところにいる。早く、避難しろよ・・・巻き込むぞ」


ファグナリスの周囲に、瓦礫はない。ただ、熱く煮立つように灼熱化した砂が広がっていた。


「兄ちゃん!?」


「近付くな、アベルっ!」


ケービットに肩を抑えられ、アベルは地団太を踏んでから、ケービットを睨み付けた。異様な兄を心配する弟を、ケービットは押さえつける。


「これ以上、近付いたら足がなくなるぞ」


顎をしゃくり、地面の惨状に気付かせてやると、アベルは顔を青褪めさせた。何の準備もなく、ここに踏み込めばどうなるか、すぐに理解したのだ。


「・・・何が」


「悪いな、家を壊しちまった。・・・それでさらに申し訳ないが・・・このまま全部壊れてしまうかもしれない。・・・向こうも本気みたいだしな」


光が瞬いたと思った瞬間、轟音が鳴り響いた。アベルはそれに目を開けていられなくなり、ただ、音だけを聞いていた。

ケービットだけが、その光景を瞬きせずに見ていた。

降り注いだのは雷電で、それはファグナリスを中心に周囲を根こそぎ破壊した。アベルたちに被害が出なかったのは、ファグナリスが黒の焔を壁のように作り出し、防いだからだ。


「・・・まぁ、お前を守る必要はなかったかな? ケービット」


「いや・・・助かった。・・・俺からも、ひとつ質問していいか?」


「いいよ」


「あれは、なんだ?」


「あれはな・・・『俺たち』の敵だ、ケービット。とはいっても、ただの影に過ぎないけどな。あんなのを殺したところで何の意味もない」


「・・・」


ファグナリスの顔は、焔い炙られどんな表情を浮かべているのか解からない。風が強く吹き荒び始めるのを見て取り、ゆっくりとファグナリスはそこから離れていく。


「アベル、そこから出なければ、少なくとも命は助かる。他のやつも心配するな。その壁を越えなければ、死ぬことはない。民の方は・・・まぁ、わざわざ踏み込んではこないだろうから、別にいいか」


独り言のように呟いて、ファグナリスは地面を蹴り上げる。

風が周囲のもの全てを巻き上げていく。それに便乗して、上へ上へと進んでいく。そこに、アリシャが待っていると、解かっていたから。


「兄様・・・ちまちま削りあうのはやめよう。こんなのじゃお互い上手くいかないから・・・」


「・・・」


「これで終わらせよう。・・・少し時間を貰えたみたいだから、私も全力を尽くすよ。ここが・・・私にとって一番都合のいい場所。ここで、兄様をばらばらにして、その肉片を吸い上げて、まとめて、食べる。きっと、兄様は、美味しいから・・・兄様が私の血肉になったら、私も死ぬ。・・・これで、ずっと一緒だよ、兄様・・・」


「・・・」


「何も返してくれないんだね、兄様・・・いいよ、しょうがない。あとでゆっくりお話しよう!」


凝縮された風が、放たれる。全方位から血に飢えた獣のように襲い掛かる。

本来なら不可視のはずの風は周囲を旋回する塵芥を巻き込んで、着色されてファグナリスに襲い掛かる。それは、回避など不可能な攻撃であったはずだが、ファグナリスを含める『英雄』にとってはそうではない。魔法で生み出された風・・・というよりはもはや嵐なのだが・・・それは、観える。

僅かに浮かぶ瓦礫や小石を足場にして、ファグナリスは一気にアリシャとの間合いを詰めていく。呼吸よりも、心音よりも速く、ただ、目の前の存在を駆逐するために。

飛び交う砂利すら凶器になる風の壁を越えていく。

近付いてくる兄の姿をうっとりと眺めながら、アリシャは腕を振るう。

限界まで近付いたファグナリスでは避けられないタイミングで、その攻撃は放たれた。血が風に混じって散っていく。ファグナリスの肉が弾き飛ばされて、空中で爆発するように粉々になる。


「終わり――っ!」


・・・鋭利な風の刃は、ファグナリスの脳天から全てを切り捨てるはずだった。堕ちていくその体を切り刻む、そのはずだった。


「・・・あは、」


「・・・」


「う、で・・・だけ・・・あに、さ、ま・・・」


左肩から先と、わき腹の肉を内臓が露出するほど切り裂いただけで、アリシャの攻撃は終わった。残った右腕に握られていた剣が、アリシャの中心を貫いていた。

ファグナリスの、肘から先が主人の酷使に耐えかねて、ぼろりと崩れ落ちた。それと同じくして、アリシャの体がゆっくりと落ちていく。中心に突き立てられた剣が、不意に爆発する。剣の中を循環していたファグナリスの魔力が、接続面から離れたため行き場を失って爆発したのだ。

それに巻き込まれ、アリシャの体が四散して風に呑まれて消え失せた。

両腕を失ったファグナリスは、それでもなんとか空中でバランスを取り、地面に着地することが出来たが、そこで気力を使い果たし、無様に倒れた。

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