報復 その5
城の唐突な爆発に、城下の人間は混乱をきたした。今、この国で何が起こっているのか、彼らには理解できず・・・いや、そもそも理解できる人間などというものはいなかった。ミーアを抱えたアベルも衛兵に誘導され、外にからがら逃げ出したようなもので、瞬く間に破壊されていく城を城下から眺めていることしか出来なかった。
・・・まるで、それはこの世の終わりのような光景だった。幾つもの魔力光が夜空を照らし上げ、流れ弾のように飛んでくるそれが、家屋を根こそぎ破壊した。兵たちに武装させ、民の避難誘導に当たらせたことの正しさに、アベルは安堵していた。
もし、あんな場所に兵を向けていたら、いったいどれほどの被害を被っていたか解からない。
それも、いつの間にか、止んだ。激しい戦いに終わりが告げられたのかとも思ったが、それはただの小休止に過ぎなかったことを、次の光景でアベルは確信させられた。
夜空よりも濃い、黒い焔が城を焼き尽くすように広がった。次に先程とは比べ物にならない破壊が、襲ってきた。
「・・・終わりだ」
「?」
「世界の終わりだ・・・」
民の誰かが呟いた言葉が耳朶を打った。・・・なるほど言い得て妙だなと、不謹慎だろうが、アベルは笑みを浮かべていた。
確かにあれは、世界の終わりのような光景だ。
焼き尽くされる、住み慣れた街。
何十年とかけて作り上げてきたものが、たった一夜で崩壊していく様は、ある意味で痛快だった。
「アベルっ!」
「ケービット?・・・無事だったか」
「当たり前だ。・・・それより、お前、兄ちゃんと姉ちゃんを見なかったか? ローザンヌもだ」
「・・・いないのか?」
「いない。少なくとも避難してる様子はない!」
「・・・じゃあ、あそこ・・・か?」
見上げる先、壊れ行く居城の中。黒い焔が蠢き、ありとあらゆるものを飲み込んでいく・・・その中に、兄と姉がいる。
・・・それにアベルは違和感を覚えなかった。いるだろう、と思えた。
「・・・どうする?」
「部隊を率いて、中に入るしかないな。・・・深くまで入る必要はない。危険を感じたらすぐに引き返せ」
「お前は?」
「・・・俺も行くよ。民に王の姿を見せなきゃいけない。このまま手を拱いている姿を見せるわけにはいかないだろ」
「了解した。近衛で固めるぞ。いいな?」
「ああ」
曖昧に頷いて、アベルはミーアを地面に降ろした。不安そうにしている少女を、近くにいた侍女に預け、アベルはケービットの後を追って、歩き出した。
兄様の体が燃えているようだった。
アリシャから見たファグナリスは、焔の化身のようだった。・・・事実は違う。体を限界まで駆動させているせいで、魔力の循環が狂っているのだ。そのせいで、体温が異常な上昇をしている。特に腕の辺りは顕著で、半ば消し炭のようになっているのを、無理矢理繋ぎ止めているような状態になっていた。
次のことを一切考えずに、戦っているのが、手に取るように解かる。こんなことが出来るようになっているのも、先の『英雄』の力を貪ったせいだ。
ファグナリスは、アメティスタの能力を応用して使っている。元々の魔力の質のせいで、『魔人』となることは出来ないが、その一歩手前の状態まで自分を持っていくことが出来るようになってしまっていた。今の状態は、その結果だ。
運動能力の向上は特段珍しい技術ではないが、それを何十段階も超えた力の使い方をしているせいで、体が悲鳴を上げているのをファグナリスは無視していた。
・・・かくいうアリシャも無傷ではない。裂傷、火傷は数知れず、左足は足首から先が燃えカスとなってしまって、再生もままならない。受ける傷の量があまりにも多すぎて、体を健全な状態に保つことが不可能になっていた。
「そこまで、私が憎いの?」
「・・・」
ファグナリスが、アリシャの問いかけに答えることはない。代わりに、目視の聞かない刃が襲い掛かってくる。
それを服と皮膚を僅かに裂かせる程度に被害を抑えて、距離をとる。
風を操り、塵芥を巻き上げ、姿を隠そうとしたが、それすら切り裂いてファグナリスは迫ってくる。
「織り込み済み。弾け飛べ」
城壁を崩し、ファグナリスの頭上にレンガの雨を降らせる。僅かにファグナリスの歩みが止まり、その間隙に合わせて、アリシャはファグナリスの足元を弾き飛ばした。
とにかく距離をとりたかった。
アリシャのその目論見はうまくいった。地団太を踏んだファグナリスにレンガが降り注ぎ、一時的にその姿を隠した。
アリシャにはその一瞬で充分だった。
ファグナリスがレンガを切り壊し、這い出てきたころにはその体を遠く、安全圏と呼ばれるところまでアリシャは移動していた。
「・・・ちっ。小休止のつもりか・・・」
目眩を感じ、ファグナリスは近くの瓦礫に手を突いたが、その瓦礫はすぐに溶解してしまい、ファグナリスは僅かにバランスを崩してしまう結果となってしまい、それに彼は苦笑を浮かべた。




