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報復 その4

ファグナリスが見たのは、ローザンヌが敗れた場面だった。

地面に向かって落ちていく彼女を抱きとめる。切断された腕からとめどなく血が溢れ、無意識にファグナリスはその傷口を押さえた。


「・・・ファグナリス・・・ミーアは?」


「解毒して、アベルに預けたよ」


「無事なんですね・・・よかった」


安堵したように息をつくローザンヌから、ファグナリスは僅かに目を逸らした。

見ていられなかった。これ以上彼女を見ていたら、決意が鈍ってしまうから。腰からナイフを、彼女から見えないように抜いた。


「・・・ファグナリス。私は、逃げません。・・・今まで生かしてくれて、ありがとうございます」


「・・・そんなことを言わないでくれ。・・・くそ。なんで、逃げてくれなかった。なんで、俺を殺してくれなかった・・・! お前になら、お前だったら、殺されてもよかったのにっ! あの子を、守る選択を、なんでしてくれなかったっ!」


「そしたら、取られてしまうじゃないですか。私は、自分勝手ですよ。我が子よりも、あなたの方が大切なんです。大事なんです。誰にも取られたくない渡したくない・・・そして、この気持ちが、私のものなのか、『私』のものなのか、解からない・・・でも、いいんです。それが私の正直な気持ちですから。あなたの役に立つように死にたい。・・・・・・ああ、そうか。私は・・・」


・・・私は、誰かに傷つけられるあなたを見たくなかったんですね。だから今、深く、傷つけたい、刻み付けたいんだ。役に立たなくなって、守られるだけになるなんて耐えられない。そう。私のものを、傷つけていいのは、私だけ。・・・なんて自分勝手なんでしょう。


「ふふ、あははははっ! あは、あはは・・・なんて、醜い・・・」


彼の慟哭が聞こえる。漆黒に染まったナイフが私の胸を貫いていくのが見える。それは私ではなく、彼の心を深く深く貫いている。それが手に取るように解かる。彼と深く繋がっている。肉の繋がりよりも、それは深くて、濃くて・・・私は満たされる。

彼の心はぼろぼろで、きっとこの一言で、壊れる。


「・・・愛してます。誰よりも、深く。あなたを・・・」


「・・・っ! ・・・っ!!」


あははっ! 壊れた。壊れたっ!

非常になろうとしてがんばって、足掻いて、殺した人たちのことを考えて、受け入れて、恐ろしくて泣きはらしたくて、でも誰にもそれを見せられず、自分の内側に閉じ込めて、自分をぼろぼろに壊してきて、今、彼の心を、私が壊した。これで・・・もう、彼は私を忘れられない。一番深いところに、私はある。

崩れていく体を自覚しながら、私は微笑んでいた。

これ以上、壊せるものなら、壊してみろ。


・・・ああ・・・醜いなぁ




ローザンヌを貫いたナイフを放り投げる。それは、地面に着く前に蒸発し、雲散霧消した。あの瞬間しか、彼女を殺すチャンスがなかった。近くにミーアがいないこと、彼女が傷ついていること。それが自分の背中を後押しした。

どちらかでも欠けていたら、自分はずっと手を下すことを躊躇っていただろう。それが、自分の思い描く計画に必要不可欠なことだと解かっていながら、ずるずると後悔のように引き摺っていたはずだ。だから、嘆く必要はない。


「・・・アリシャ。お前のおかげで、次に進める。ありがとう」


「どういたしまして・・・って、言いたいんだけど。私、何かしたかな?」


近くまで寄ってきていた妹を見ることなく、ファグナリスは剣を抜く。


「ローザンヌを殺したのも、ミーアを、お前を炊き付けるための道具にしたのも、俺だ。だから、ミーアを殺そうとしたことは、責めないよ。・・・でも、彼女たちは、違う。・・・俺は、お前をどうしても、許せない。アリシャ・・・もし、お前が今回、何もしなかったら、俺は、お前をどうこうしようとは、思わなかったけど」


「・・・兄様」


「お前は、手を出したな。アベルに恨まれようと、この国が犠牲になろうと、知ったことじゃない」


「あに、」


アリシャの首筋を剣先が掠めていく。脅しではなく、間違いようのない殺意がこめられたそれに、アリシャは一瞬硬直し・・・すぐに笑みを浮かべた。


「私を殺すの、兄様」


「・・・殺すよ、アリシャ。でも、きっとこれは・・・ただの、八つ当たりだ。お前の死に、何の意味もありはしない。・・・だから、絶対に、無意味に、殺してやる」


汚泥に這い蹲るように、死ね。

吐き捨てるように言って、ファグナリスは全力でアリシャに斬りかかった。何の混じり気もない純粋な殺意。今までファグナリスが戦ってきた中で、終ぞ見せたことのなかったものが、自分に向けられているということを悟り、アリシャは哄笑し、それを受け止めた。

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