報復 その2
「ああ、これが戦うってことなんだ。知識では知っていたけど、実際に目の当たりにするのは、だいぶ違うみたい」
くすくすと笑いながら、腕を一振りするとカマイタチを伴った突風が巻き起こり、周囲をあっさりと切り刻む。軽く踏み込むだけで、周囲を揺らすことが出来る。空を歩くことも造作なく、おそらく火を生み出して周囲を焼き尽くすことも、水で洗い流すことも難しくはないだろうが、アリシャはそれを率先してやろうとは思っていない。
今やってしまうと、無防備なファグナリスを巻き込んでしまうことになる。それをアリシャは少しだけ恐れた。
その様子を見ながら、ローザンヌは荒い息を整える。アリシャの遊びのような攻撃をしのぐだけで精一杯だった。
だが、それよりもローザンヌを恐れさせたのは、その容姿だ。
頭の中の記録にある、最強の女神の姿を彷彿とさせるその姿は、彼女にとって恐怖の象徴である。しかし、それと同時に怒りの対象でもあり、それらの入り混じった感情がローザンヌの動きを僅かに抑制してしまう。近くにミーアがいるということも、もちろんある。
「これなら、兄様が来る前に終わりそう・・・良かった。これで、兄様は私のところに戻ってくる」
「・・・ファグナリスが本当に戻ってくると思いますか?」
「戻ってくる。だって、もう、余計なものがないんだもん。私しか残ってないんだから、私のところに戻ってくるのが普通でしょ?」
「・・・哀れですね」
ローザンヌの言葉に、アリシャは首を傾げた。
その姿は滑稽で、笑ってやりたかったけれど、ローザンヌはただ唇を噛み締めて大剣を上段に構え間合いを一気に詰めた。
呼気を吐き出しながら、刃を振り下ろす。何が起こったのかアリシャは見えなかったが、ローザンヌの刃がアリシャの身体に届く前に、大剣は不可視の壁に弾き飛ばされた。一拍遅れて攻撃されたことに気付いたアリシャは驚いたように目を見開いてから、体勢の崩れたローザンヌの身体を撫でるように腕を振る。
「くっ」
突風にまぎれたカマイタチがローザンヌの皮膚を浅く裂いていく。アリシャに遊んでいるつもりはないだろう。殺す気で攻撃を仕掛けているのが解かる。だが、その身体に戦闘経験がないためか、見当違いの方向に攻撃をしていたり、僅かに距離の届かない場所を終点にし、結果としてローザンヌは致命的なダメージを受けずに済んでいる。
・・・それも慣れてくれば別でしょうが。
今でも僅かずつではあるが、方向は修正され始めている。後、どれぐらいの余裕があるのかはわからないし、いつまでもてこずっている訳にもいかない。この破壊音にファグナリスが気付いていないということはないだろうが、それでも早くミーアを安全な場所に連れて行ってあげたかった。
なんにせよ、厄介なのはアリシャ自身ではなく、それを守る力だ。無意識の防御なのだろうが、あまりにも強力すぎる。最初の一撃を防がれたのは、おそらく、攻撃が来ることが解かっていたから。不意打ちではなかったから、防ごうと思えば・・・防御しなくては、と思えば出来た。
・・・なら、細かくフェイント混ぜて、全力の一撃を叩き込むべきでしょう。
緩く塚を握り、さっきよりも速く走る。その合間に周囲の瓦礫を弾き飛ばし、あるいは切り裂き、宙に浮かぶそれを足場に、上下左右に身体を走らせ、視線を切る。
「え、あれ? どこ・・・きゃっ」
まずは一撃。
「そこっ・・・違う?」
見当違いの方向を向いている間に、背後から。・・・固い感触が手に伝わってくる。失敗。すぐに弾かれた反動を利用して、違う足場に飛ぶ。
上下左右あらゆる方向から攻撃をしても、刃が通ることはない。その事実が解かったのか、アリシャは余裕を取り戻したようで、薄笑いを浮かべてゆったりとした動作でローザンヌを探すようになった。
「それを待ってました」
頭上から一声かけて、アリシャの真正面にローザンヌは降り立った。
「目の前に出るなんてっ」
肩に担いだ大検を振り下ろす。最小限の力で防げると解かっているアリシャは、防御から意識を外し、自分の攻撃に集中した。
・・・そして、それがローザンヌの目的だった。
まず、硬質な音が響き、防御がなされたことを確信してアリシャはローザンヌに向けて手を伸ばした。
「・・・え?」
「油断はよくありません」
伸ばした腕が切り飛ばされる様を、アリシャは自分の目に焼き付けられた。熱い、と一瞬思った直後には水が流れ出る感覚と、強烈な痛みが襲ってきた。悲鳴が漏れ、アリシャの頭の中が真っ白になる。それを見逃さず、太陽のような光を放つ刃を、逆袈裟に振り上げる。
アリシャの身体から、溢れるような血が流れ出し、不可視の足場から、アリシャの身体が落下していく。
ローザンヌは足場を蹴り上げて跳躍し、落ちることのない城の床に着地した。
「・・・終わり、です」
「うーん。どうだろ? 気が早いんじゃないかな?」
踵を返し、ミーアの元に向かおうとするローザンヌの背中に何かがしなだれかかった。
「・・・うそ」
肩から覗くように顔を出す金の瞳が、ゆっくりと細められた。




