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時間 その2

時間は、ファグナリスが一方的な要求を述べ立てている時間に遡る。ローザンヌは、与えられた部屋でゆっくりとくつろいでいた。ミーアのための遊具も用意されていたが、慌てて用意したのだろう。部屋の景観とまったくあっていなかった。

そのことに、ローザンヌは微笑ましい気分になった。

このまま何事も起こらずに、時が過ぎて欲しいと切に願うほど。ただ、それを願う神がいないことを、彼女は知っていたから、その願いを口にすることはなかった。もし、それが何かの気紛れで叶えられたとしても、おそらく・・・そこにファグナリスはいないだろう。そのことは、考えるまでもなく彼女には解かっていることだ。ファグナリスは、いつかきっとその平穏を憎む。仮初であれば、それを授受するだろうが、女神が関わっていると知ればその限りではない。

・・・けれど、時々、思うことがある。

彼は、本当に女神を憎んでいるのだろうか、と。

女神の話をする時、深い憎悪と憤怒の合間に、ほんの少しだけ。本当に少しだけ、親しげで、優しい光のようなものが、ローザンヌにはかいま見えた。

それは誰の感情なのだろうか。彼のものだろうか。それとも『彼』のものなのだろうか。どちらが真でどちらが偽であるということはないだろう。『彼ら』は総て本人なのだ。全でありながら、幾つもの個を抱え、それら総てが『彼』という総体となっている。その中の誰かの感情に引きずられることは、ないとは言い切れない。

彼自身、そのことを解かっているはずなのだろうけど。


「それを制御しようとも、支配しようとも思っていない。・・・それぞれの思いがあるはずでしょうに」


だから、果たして『私』を必要に思ってくれているのが、大切に思ってくれているのが、本当にファグナリスなのか、解からない。『彼ら』を背負う前の彼が、本当に存在していて、子供がいたことを喜んでくれたのか、ローザンヌには解からなかった。

・・・それを確かめようとも思いはしない。

それを確かめた時、果たして真に自分という存在を愛してくれるのか、怖かったから。

物思いに耽っていたため、ミーアに指摘されるまでノックの音に気付かなかった。


「はい、どうぞ」


「・・・あれ?」


顔を出したのは、ファグナリスの妹。ローザンヌから見れば義理の妹にあたる女性だった。・・・アリシャはこの部屋にローザンヌがいることにも疑問を抱いたが、それよりも遊具に埋められたこの部屋の惨状にこそ疑問を抱いた。


「えぇっと・・・ここは、兄様の部屋、ですよね?・・・なんでここに、あなたが?」


「・・・ファグナリスとは会った?」


「いえ・・・まだ。もういい時間だから、ここにいると思ったんだけど・・・」


「残念ですね。まだ、ファグナリスは帰ってませんよ。久しぶりに弟に会ったから、世間話でもしてるんじゃないでしょうか」


「・・・アベルのやつ。早くお話なんて切り上げてしまえばいいのに・・・」


「そう言わないであげてください。積もる話もあるでしょうに」


「ところで・・・なんで、あなたがここにいるんですか? ここは兄の部屋でしょう? それに・・・その子供は・・・」


いつの間にかローザンヌの近くに寄っていたミーアを見て、アリシャは疑問符を浮かべた。


「・・・この子は、ファグナリスと私の子供です。アリシャさんの、姪ですよ」


「・・・。え? 兄様の、こ、ども?」


意味が解からないとアリシャは目を丸くして、まじまじとローザンヌとミーアを見据えた。しばらく頭の整理がつかなかったのか、黙り込んでしまったが、回復してしまえば普段通りだった。笑みを浮かべて、ミーアとを目を合わせて、アリシャは自己紹介をした。人見知りをする性質のミーアはそれにろくな返答も返せなかった。

ただ、アリシャがそれを気にすることはなかった。




「本当に、兄様は何も言ってくれない。私がどれだけ我慢してるのかも、解かってくれない。・・・それを責めるつもりはないけど・・・」


「ああ、確かにそういうところありますよね」


他愛のない世間話に移行した会話は比較的穏やかなものだった。ノックの音が響いたのはそんな時だった。頼んでいたお茶のセットが届いたのだろうと、ローザンヌはあたりをつけた。おそらく、まだファグナリスは戻ってこないだろう、とも。


「私が取りに行くから、ローザンヌさんは待っててください」


侍女に中まで運ばせず、アリシャは手ずから押し車を押して、可愛らしく盛り付けられたお菓子の乗った食器をテーブルの上に並べ、同じようにお茶を注ぎ並べた。


「ミーアちゃんは、ミルクね。お砂糖を少し多めで・・・ローザンヌさんは?」


「私も砂糖を多めにしてくれますか? 甘い方が好きなので」


「いいですよ~」


てきぱきと準備を終え、ふ、とアリシャは一息ついた。


「アベルは、私が退屈しないようによく気を払ってくれる。別に、そこまで気を使わなくていいと思うけど、こういう時は助かるわ」


「私がここにいた時は、こんなのありませんでしたね、そういえば」


「確かに、これも兄様がいなくなってから、用意されるようになったものだから・・・そもそも兄様がいなくなるまで、半ば戦争状態だったから、こういった小物に気を払う余裕がなかった、というのもあるんだろうけど・・・」


確かにその通りですね、と答えようとして、ローザンヌは動きを止めた。流れ込んできたお茶に、奇妙な違和感を覚えたのだ。不安に駆られ、視線を移すとミーアが血を吐いている姿が目に飛び込んできた。慌てて立ち上がろうとして、ローザンヌもまた倒れてしまう。

身体が動かない。

ミーアに伸ばそうとした手が、無様に床を掻く。

数秒とかからず、ローザンヌの意識はなくなり、ピクリとも動かなくなった。


「・・・ミーアちゃんのは、少し量が足りなかったかな? まぁ、いいよね。・・・酷いよ、兄様、勝手に子供なんて作って・・・でも、だから帰ってこなかったんだろうけど・・・」

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