昏睡
教会が崩壊したという知らせが、アベルの耳に届いたのは事が終わってから、一ヶ月も経過したころだった。
「・・・は?」
「は、じゃねぇよ。お前の兄ちゃんが教会を潰しちまった。なんてことをしやがったんだか・・・今も、教会の残党狩りをしてるらしい。・・・地獄だとよ。少なくとも教会の信徒にとってはな。・・・俺らのお隣さんもいまやおおわらわだ。確か、教会と繋がってたよな?」
「ああ。王の選定と戴冠は教皇の役目だから・・・マリウスからの連絡が途絶えたからもしやとは思ったけど・・・」
ケービットはどこか不機嫌そうに眉をしかめ、虚空に目をやった。何を考えているのかは、大体解かる。きっと、こういう戦争を起こしているのだったら、自分も呼んでほしかったと思っているのだろう。しかし、いくらケービットの願いでも、アベルはそれを聞き入れてやることは出来ない。
この国にとって、ケービットは既に武の象徴なのだ。それをおいそれと手放すわけにはいかない。
「・・・兄ちゃんは、俺を・・・この国を攻めるだろうか・・・」
「・・・ああ、たぶんな。きっと、あいつは変わった。・・・報告書だ。吐き気がするような内容だぜ? 見るか?」
「ケービットは見たのか?」
「見たよ。吐き気がしたぜ。本当にあいつがやったのかってな。・・・強いぞ。容赦がない。あいつの作った軍隊は、狂ってる」
「・・・信じたくない」
ケービットから報告書を受け取りながら、アベルは呻くように言った。王としての責務は彼を否応なく大人にしたが、今突きつけられている問題には、彼の家族が絡んでいる。迷うことも、躊躇うこともあって当然である。
ただ・・・その感覚を今のファグナリスが持っているかが問題なのである。
「・・・なんにせよ、対策はねらねぇと。何かがあってからじゃ、どうにもならねぇんだぜ? 民のことを考えるのは王の義務だ。戦いたくないなら、そのための根回しをするしかねぇ」
「解かってるよ」
「ひとつ。報告しとくぜ。とりあえず、今の残党狩りでファグナリスは前線に出ていない。なんかあったみたいだな。・・・もしかしたら、あの王妃が何か知ってるかも知れねぇな」
「テニキアス王妃が・・・?・・・まさか。いくらなんでもそこまで解かるわけがない。あの人だって人間なんだから・・・」
ファグナリスは最後の戦闘が終わった直後から昏睡状態に陥った。こんこんと深い眠りに落ちて目覚めない。最初の三日は、イグナス以下軍幹部が混乱をきたしたが、当初より言い渡されていたファグナリスの指令があったためか、落ち着きを取り戻し、せっせと教会の残党と、まだ完全支配していない周辺国を潰しまわっている。
マリウスは一週間ほど眠り込むかもしれないと言ったが、予想はそれを裏切った。一ヶ月たってもファグナリスが目覚める気配はなかった。
その中でローザンヌだけが、その事実に動揺していなかった。ただ、人との関わりを完全に断ち、一言も発さなくなった。ファグナリスの傍で、寄り添うように存在していた。自分以外の何者も、彼の傍に近付けようともしなかった。
最初の三日。
それ以降、ファグナリスとローザンヌの姿を見るものはいなかった。
それは・・・とある理由から一年近くの時を持って破られたが、ファグナリスが目覚めることだけはなかった。ファグナリスだけは眠り続けていた。
ただただ、こんこんと。




