足跡
・・・子供。
子供の笑い声が聞こえる。
誰だろう。この声は、誰だろう。二つ、聞こえる子供の声。・・・ああ、男の子と、女の子の声だ。楽しそうな声。遊んでいるのだろうか。仲良く、遊んでいるのだろう。
黒髪の男の子、六歳・・・ぐらいだろうか。もう一人は三歳か四歳か。どちらもぼやけて見えて、はっきりとは解からないけど。誰かに似ている気がする。誰だったかは、解からないけど。可愛い、可愛い子供たち。
遠くから眺めているだけで、幸せな気持ちになる。
けれどせめて。
せめて顔を見せておくれ。君の顔が、見たいんだ。近くで見たいんだ。もし、生まれていたら。ちゃんと生まれていたら・・・
「・・・」
手を伸ばした先には何もない。見たこともない天井だけが頭上に広がっていて、一瞬、現実感がなくなった。
体が思った以上にだるい。節々が痛いのは、動かしてこなかったせいか。
ただ、耳朶を打つ子供の声は今も聞こえる。
上体を起こし、ふと左右を見回すと、そこはカオスだった。
知らない豪奢なベッドに寝かされていた自分。その周囲には大小様々なぬいぐるみが散りばめられ、部屋の内装も小さい子供のためのような家具や小物で溢れていた。なぜこんな場所で寝かされていたのかまったくもって理解できず、眉をしかめた。
「・・・おとーたま?」
「・・・?」
周囲の状況に翻弄されていたため、その子供の接近に気付かなかった。金髪金瞳の小さな女の子。年のころは三歳か四歳ぐらい。どこか理髪的な瞳が印象的で、知っている誰かに似ているような気がした。
「ミーアさま? どうかされ・・・ああ!」
「・・・ミリアか?」
ミリアはファグナリスの問いかけに、苦笑のようなものを浮かべて頷いた。その間に女の子がベッドの上に上り、ファグナリスの顔をまじまじと至近距離まで近付いてきていた。苦笑を浮かべて、そっと女の子の頭を撫でる。そうして欲しそうな気がしたのだ。
「えへへ~」
どうやら正解だったようで、女の子は緩い笑みを浮かべてぐりぐりとファグナリスの胸板に体全体を押し付けるように抱きついてきた。
「この子は? どこの子だ? いや、それよりここはどこだ?」
「・・・ここは、あなたの部屋。正確にはあなたたち家族の寝室よ」
「あなたたち?」
「その子、あんたの娘だけど?」
「・・・誰との」
「ローザンヌ」
「・・・今はいつだ」
「あんたが眠りについてから四年ぐらい経ってる。混乱するのも解かるけど、その子・・・ミーアレスタ様はあんたの娘よ・・・ファグナリス王」
「俺が王だって? 冗談はよしてくれ」
「確かに戴冠はしていなし、実質的な領地がないから、王と呼ばれるのは変なんだけどね。そう思ってる輩はたくさんいる。少なくとも、あんたがのんびり寝ている間にそういう風に世界は変化したわ。・・・ま、詳しい説明はあとね。何か食べる? それとも何か飲む?」
「飯」
「うん。じゃあ、ちょっとミーア様と親子の愛情を確かめていなさい。すぐ戻ってくるから」
「うん」
寝起き直後のボーっとする頭は、考えることを放棄していた。
胸元にいる女の子を見ると、その大きな瞳を上に向けてファグナリスの顔を覗き込んでいた。見れば見るほどローザンヌに似ている。身に覚えがないかと問われれば、そんなことはない。かなりある。だから、あの時ローザンヌが妊娠していたとしても別におかしいことはない。
産まれた子が娘でなければ、混乱もそこまでひどくはなかったろう。
「おとーたま?」
「らしいよ。俺は、君のお父様。ミーアレスタ。君の名前?」
「みーあだよ。みーあ」
「そう。ミーア。良く出来ました。賢い子だね」
こつんと、額をあわせる。そこから探る。もし。この子にファグナリスの『英雄の力』が宿っているならば、早々に処理しなければならない。しかし、探っても、そこには何もなかった。『英雄』の片鱗すら見出せない。普通の、どこにでもいる子供だ。突出した才能も見出せない。本当にただの子供。
「俺の子供・・・」
『英雄』の力なんてものを持っていなかったら。知らなかった過去を、名前を、感情を、その全てを与えられていなかったら。特にこれといった取り柄のない平凡な少年は、平凡に成長して、平凡に結婚して、子を成していただろう。
戦乱を作り出すことなく、大きなものに巻かれるように生きていたはずだ。平凡な不満を口にしながら。
「・・・何故だ、ローザンヌ。何故この子は『娘』なんだ」
問いかけは、開いたドアの向こう側に向けられていた。そこには、緩やかなドレスを身にまとったローザンヌがいる。それを確信していたからこその問い掛けだった。
「・・・息子であったほうが良かったですか? また、『英雄』の刻印を植え付けたかったんですか? 私は、嫌です。そうやって『ファグナリス』が続いていくのに、耐えられない。苦しむことが解かっていながら、それを傍観したいとは思いません。だから、少しだけずるをしました」
「・・・女神の力を使ったのか」
「発育段階で手を加えました。それぐらいは簡単ですから。私の胎内で育っているなら、彼女に邪魔も影響されることもありません。他の方のは無理ですけど」
「ありがとう」
「・・・え?」
「俺の欲しかった、未来のひとつが、見れた・・・嬉しいよ」
「はい・・・」
「・・・そうだな。状況を聞いて、落ち着いたら、少し旅行でもしようか。・・・どうしても行きたいところがあるんだ」
「はい。楽しみにしています」
その時、ローザンヌはまさかファグナリスが本気でそんなことを言っているとは思っていなかった。寝ている間に変化した状況がそれを許してくれないはず・・・だったから。




