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始動

静かに眠る彼の横顔を見る。

一年。たった一年で、彼は大きく変化した。風貌も性格も。ただ、別人のように変わった訳じゃない。元々、素地があった部分が助長された結果、変わってしまったように見えるだけだ。それは、傍にいたからこそ解ることで、彼の弟であるアベル辺りは理解出来ないだろう。単純に兄の変貌に困惑するはずだ。

今、ローザンヌとファグナリスはミエルハンス皇国から西の方へ、かなり離れた場所にいる。

この辺りは教会の影響力が強い中小国が乱立している。小競り合いが頻発するような場所だが、教会が上手く仲裁し表面上は平穏を維持している。

彼らが欲しているのは、無償の労働力だ。自国の力が弱いため、それを補うものが必要だったのだ。ちなみに労働力の輸出も当然のように行われている。

ベルゼアムの国民も、多くが教会の手よって、この国々に売り払われた。かなりの安価で、下手をすれば最下級、底辺にいる民でも購入出来た程だ。大量に入荷出来たことが、主な理由である。

ファグナリスが、この辺りを彷徨くようになり、小競り合いの頻度がはねあがった。

教会でも把握できない理由から、彼らは争った。中には何故戦いを始めたのか理解できない王もいただろう。

その戦いの最中には常にファグナリスとその隷下の部隊の姿があった。変幻自在に姿を変え、立場を変え、主張を変えて、ありとあらゆる場所に彼らはいた。

今もまたそうだ。

ファグナリスは、今までせっせとばらまいていた工作の結果を確認するために、ある国に立ち入っていた。

そこでは、内乱の火種が燻っていた。

貧富の格差がピークに達しようとしていたこの国に、ファグナリスは近付いた。貧困に喘ぐ民に希望を与え、搾取する王公貴族には更なる欲望を与えた。

結果として、火種は火薬庫に引火した。

その爆発の見学に来たのだ。


「・・・ファグナリス、時間ですよ」


そっと揺すると、ファグナリスはすぐに目を覚ました。最近ファグナリスは眠ることが多くなった。時間を見付けると、目を閉じて動かなくなる。そうなれば、すぐに静かな寝息が聞こえ始める。

しかし、それはローザンヌの前だけでのことだ。

心を許してくれているのか、それとも単純に興味がないのか・・・願わくば前者であればいいとローザンヌは思っている。


「・・・あぁ。どんな様子だ?」


無精髭をそっと撫で付けながら、ファグナリスは挨拶をするような軽さで、ローザンヌに聞いた。

その一言には、幾千の血がまみれている。今も濡れ続けている。


「順調です。私たちの部下は優秀ですね。損耗は無しです。今は」


「そうか。ならいい」


素っ気なく頷き、ファグナリスは大きく身体を伸ばした。


「窓を開けてくれないか?」


「危ないですよ」


「予定通りならこの辺りはもう大丈夫だよ」


ローザンヌはため息をつき、ファグナリスが望んだ通りを分厚い木板が嵌め込まれていた窓を開け放った。

窓から見えるのは、まず煙。それから、路地の方に身なりのよい人間の死体。それが各所にまばらに散らばっている。

建物も、損壊しているものが多い。

ここでの戦闘は小康状態にあった。前線は王宮に向かって今も前進している。

とはいっても、王公貴族たちに自衛の手段はほとんどない。彼らの雇っていた少数の傭兵しか身近にず、戦奴としていた奴隷は反旗を翻している。

戦っているのは、一部の武闘派ぐらいだろう。彼らは王宮に立て籠って指揮を執っているはずだ。しかし、それを含めた「予定通り」だ。

戦況は順調に推移していることを、ファグナリスは確信した。


「・・・ん?」


窓から身を乗り出していたファグナリスは、自分たちが潜伏している民宿に向かってくる少数の武装集団を視界に納めた。その瞬間、部隊の中央にいた男が声を張り上げた。

ファグナリスはその様子を観察していた。

暇だったからだ。

そんなファグナリスに、彼らは矢を射かけてきた。狙いは正確で、ファグナリスの眉間に向かってきたが、それを軽く身体をずらして簡単に回避した。


「・・・だから、危ないと言ったじゃないですか」


「こんなのは危ない内に入らないよ。もっと危ない目にあってきたじゃないか。それよりも・・・この国のぼんくらの中でもまともなのがいたことに驚いてるよ、俺は」


「そうですね。私たちに勘づいたのは素晴らしいと思います。出来る限り表に出なかったはずなんですが・・・」


「うん。まだやり方が甘いのかもしれない。要改善、だ」


雑談に興じている内に、彼らは民宿に踏み込んできた。怒号が階下から聞こえるが、ファグナリスたちに慌てた様子はなく、ただローザンヌが肩を竦めたぐらいしか動きはなかった。

踏み込んできたのは、鎧を血にまみれさせた貴族の青年と、彼に忠誠を誓う五人の若い兵士だった。年の頃はファグナリスとそう変わらないだろうが、戦場の残酷さに慣れていないのが、闘志の中に僅かに覗く翳りが教えてくれた。

青年は、ファグナリスとローザンヌの若さに驚いていた。このような画策をするのはもっと中年に差し掛かっているような人物だと無意識に思っていたのだ。


「何か用だろうか? 随分と慌ただしく来られたようだが」


ファグナリスのその問い掛けに、青年は逸れかけた意識を戻した。


「貴様らが奴隷どもを煽動していることは解っている。今すぐにこの騒ぎを終息させろ!」


「そうすれば、命は助けてやる、と」


「・・・そうだ」


「無理だな。例え、俺が死んだところでこの騒ぎは収まらない。もうそういうところまで来てる。無駄なことはせず逃げることをお勧めするよ。あんたなら、野でも生きていけるだろ」


「祖国や家族を捨てろというのか!?」


「そういう道もあるさ」


「家族を、捨てられるわけがないだろう! 貴様を殺しても止まらないだと? それが事実かどうか、確かめてやる!」


鬼気迫る声を張り上げ、青年はファグナリスに飛び掛かった。同時に部下の五人も動く。三人が青年に続き、残り二人がローザンヌに駆け寄った。

ファグナリスは、突き込まれた剣を軽い動作で回避し、三人の内、左から向かってきた兵士に飛び掛かった。

振り上げられた剣が落とされるより早く間合いを詰め、剣を持つ手の肘を抑え込み、膝を踏み潰すように蹴り、バランスを崩したところを、別の兵士に向かって投げ飛ばす。そこまでが一呼吸。そのまま流れるようにまだ立っている兵士の腕を取り捻りあげ、剣を奪い喉を貫いた。


「な・・・」


青年の動揺を横目にファグナリスは、軽やかにまだ転がっている二人を、何気なく掃除でもするように切り捨てた。

ローザンヌの方も終わっていた。彼らは無惨にも頸骨をへし折られ息絶えていた。瞬く間の惨劇に青年の意識は凍り付いた。


「優秀であるってのも考えものだな。本当は、この国の行く末だってわかっていただろうに。・・・それでも家族は棄てられない、か・・・」


懐古するように呟いて、ファグナリスは青年に立つように促した。


「お前、俺の下に来ないか?」


「・・・!」


「もし、俺の部下になるなら、お前の家族を救ってやる」


「・・・これでもこの国に愛着があるんだ。例え屑が多くても、な。行く末が解っていても棄てられなかったんだ。今更どうしろと?」


「残念だ」


剣を構え、青年と相対する。すぐさま切りかからなかったのは、青年の名誉を守るためだった。気に入ったからこそ、貴族としての立場を尊重した。立会人はいないが決闘の栄誉を分け与えた。

青年が雄叫びを上げる。

ファグナリスはそれを向かい討った。



ここから、ファグナリスの名前が歴史の表舞台に現れ始める。

まずはここ。教会との戦いの狼煙が上がる小さな国の片隅で。

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