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陥落 その5

「ケービット、領主は!?」

「あぁ!? ここの兵士に任した!」

「そうか・・・じゃあ、何で武器持ってないんだ?」

前方を走るケービットは手ぶらだった。彼が武器を手放すなど考えられなかったからこその疑問である。それにケービットはばつが悪そうに答えた。

「ぶっ壊された」

「は?」

信じられないことだが、事実らしい。領主を逃がす際に出会った黒の男との戦闘は苛烈を極めた。何せ、黒の男の攻撃は一切受けることが出来ないらしく、狭い廊下での戦闘であったことも災いした。攻撃を限定されたケービットは、いいようにあしらわれてしまった。

槍を斬り飛ばされ、領主が逃げ切ったのを確認して、からがら逃走したのだということだった。

ケービットほどの使い手を追い詰めたというなら、それは間違いなく恐るべき能力だ。

「何にせよ、潮時だ。とっとずらかるぞ」

殲滅が任務ではない以上、ケービットのいうことはもっともである。アベルに反対意見はなかった。

護衛対象がいる以上、危険を冒すわけにはいかない。

群がってくる敵兵を切り捨てながら、アベルたちは、脱出した。


「・・・逃げ切られたか」

悪態をつくゼアムを横目に撤退を終えた兵士に混じりながら、黒の男は王都に向かっていく影をぼんやりと眺めた。

「くそっ! 何で深追いしちゃダメなんだよ!?」

アールキエの命令では深追いを禁じられており、その点に関してはゼアムも逆らうつもりはないようで大人しく地団駄を踏んでいる。

だが、すぐにそれも止まる。敵兵が、馬を駆けて近付いてきているのだ。

それらは精兵ではなく、領主の私兵だったが、今のゼアムに必要なのは憂さ晴らしのできる相手であるから、それらはかなり都合がよかった。

「追ってくるのを殺すなとは言われてないよな?」

「あぁ」

にやりと笑みを浮かべ、ゼアムは兵に戦闘体勢を取らせた。


無事に王都にたどり着き、アベルは深々と息を吐き出した。ようやく緊張が解れ、肩から力が抜けたような気分だった。

「大丈夫?」

ニウリエラの問い掛けに力のない笑みで答えると、城門が開き、ファグナリスを戦闘にした部隊がアベルたちを出迎えた。

「ありがとう、アベル。あなたのお陰で無事にたどり着けました。・・・また、お願いをすることがあるかも知れないけれど・・・私を守ってくれますか?」

「もちろんです。俺の持つ全力であなたを守ります!!」

ニウリエラに力強く返事を返し、アベルはゆっくりと彼女から離れた。王城まで案内するのはファグナリスたちの役目だったからだ。

・・・そのファグナリスだったが、ニウリエラの姿を目にした途端、その表情を凍り付かせていた。

傍らにいたローザンヌもまた同じ。

ニウリエラだけが、余裕の笑みを浮かべていた。

「ニウリル・・・」

殺したはずの人間が生きてまた現れた。そう思えるほど、ニウリエラはニウリルに似通っていた。

「ファグナリス様。以前はお世話になりました。そこのあなたも。よくも殺してくれましたね。おかげで直接出向くことになってしまいましたよ」

あえて隠す必要などないとでも言うようにあっさりとニウリエラは言い放った。それは国賓である今の身分に対し、ファグナリスが何も出来ないと知っているからこその余裕だった。

「さぁ、案内してください。この国の心臓部に」


結果だけを簡潔に語ろう。

ニウリエラの寄越した情報により、ミエルハンス皇国はその版図を拡大することになった。的確な情報提供により、その際、ミエルハンス皇国はほとんど損害を出すこともなかった。ニウリエラは結果的に王の信頼を勝ち得ることになった。

ニウリエラはそれなりの土地と屋敷を与えられた。最終的にはオルナント王国を再興する約束すら取り付けたのだ。その彼女の身辺を護衛するという名目でアベルが彼女の屋敷に常駐することになった。ファグナリスからしてみれば、人質をとられたようなものである。しかし、それ以降彼女は目立った動きをしていない。・・・表向きは。

ミエルハンス皇国は、静かに荒れ始めていた。それは、各地で小さな叛乱が起きるという、本来ならばあってはならない事から始まる。その制圧に、ファグナリスたちは駆り出され王都を離れることが多くなった。

それはニウリエラが自由に動くことを許すことと同意であった。

「・・・ファグナリス。考えてくれたか?」

アベルが消え、静かになった屋敷でカスペルとファグナリスは向かい合っていた。

今、ファグナリスには「実質的な」後ろ盾ではなく、「本当の」後ろ盾を欲するようになっていた。このままいけば、『王の剣』は使い潰されてしまう。そんな状況に陥れられていた。事あるごとにニウリエラは王に意見を求められ、その都度、ファグナリスたちを名指しで指名した。諍いは小さなものだったが、それが幾度も続けば兵は疲弊する。

最早、それは極致にあった。ともすれば、次で致命的な損害を出しかねない。

ファグナリスにはそれを避ける義務があった。

「以前からのお話、お受けします」

「そうか。・・・では取り急ぎ準備にかかろう」

「はい」

思うことは色々とあるが、これだけで大貴族の後ろ盾が得られるのならば安いものだ。本当は、こんなやり方は好みではなかったが、手段を選ぶ余裕なぞ、今はないのだ。

「・・・ファグナリス様!」

カスペルが出て行ってすぐ、ばたばたとあわただしい足音が響き、ドアが開けられた。そこには、頬を高潮させたリーゼリアが立っていた。ファグナリスは彼女に向けて笑みを浮かべる。

「あの・・・お父様の言っていたことは、本当ですか?」

「うん。本当だ。俺なんかで申し訳ないが、俺は君を娶ることになった」

「いえ、いいえ! 嬉しいです。本当に、嬉しい・・・」

ぽろぽろと真珠のような涙を流すリーゼリアに近付き、そっとその涙を拭い取る。

「政治に使わせて、ごめん」

「そんなことはありませんっ。私は、あなたとなら。あなたでなきゃ、嫌でした・・・っ!」

「そう言ってもらえると、俺も嬉しい」

心の重荷が少しだけ軽くなる。ほんの、少しだけだが。

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