一時
窓辺に置いた椅子に腰掛け今日も帰って来ない彼を想う。
怪我はしていないだろうか。
何かに迷っていないだろうか。
また、怖がっていないだろうか。
私に出来ることはない。だから、ただ祈る。神に。いるはずもない神に。
雪がちらつき始めている。
王都での仕事を終えて、彼は帰宅の途についていた。
与えられた小さな村を擁する土地。そこの管理人としての役割。税収を取るという在り方にはいまだに慣れない。根っからの軍人なのだと、これまでの生涯を想って苦笑を浮かべた。
リーゼリアを娶って、既に一年余りの時間が過ぎていた。王都から離れた場所に領地を頂き、そこに屋敷を建てそこで暮らすようになった。とはいっても、与えられている役割はほとんど変わらないから、滅多に屋敷に帰ることはない。それでも妻に寂しい思いはさせたくないので、出来る限り帰るように努力している。
屋敷にはアリシャを招き暮らしてもらっている。ローザンヌにも警護のために常駐してもらっている。侍女としてミリアを身請けした。ほかの使用人に関してはリーゼリアに全て任せた。好いようにしろと言い添えて。
おかげで家に帰ると非常に肩身の狭いを思いをさせられるようになってしまったが、それでもファグナリスに文句はなかった。
せめて彼女が幸いに生きられるならば、多少の無理は聞いてやるつもりだったのだから。
屋敷に辿り着くと、門にアキエナの従者が佇んでいた。
「・・・久方ぶりだな、ファグナリス殿」
「ああ。アキエナが来てるんだな。穴倉から出たか。珍しい」
「今の季節はアキエナ様にとっても過ごし易いからな。偶には友人と会いたくなったのだろう」
「そうか。それは重畳」
「・・・私はな、ファグナリス殿。貴殿が妻を娶ってくれて良かったと想っている」
「余計な気苦労をしたくないから?」
「有り体に言えばそうだ」
「・・・。あなたは中に入られないので?」
「・・・居心地が悪くてな」
「後で何か温かい物を届けさせる」
「かたじけない」
小さく会釈する大男の脇をすり抜け、ファグナリスは屋敷に足を踏み入れた。侍従に上着を預け、妻の部屋に向かう。そこに彼女たちが集まっていると聞いたからだ。
「入るぞ」
形だけのノックをして、部屋に足を踏み入れる。そこには、ほのぼのとした雰囲気を纏った女たちがいた。その全ての視線がファグナリスに向けられる。そのことに僅かに怖気付きながら、ゆっくりとリーゼリアに近付く。
「あなた。お帰りになったのなら、侍従に申し付けてくれればよかったのに」
「そしたら、お前から出向くだろう。そんな手間かけさせたくない」
身重の妻に妙なことをさせたくはない。今日は比較的顔色が良いが、いつ急変するか解からない。懐妊し、腹が目立ち始めるころになってから急激にリーゼリアは体調を崩し始めた。学校で勉強し、臨床経験もあり、医学に精通しているアリシャが言うには、特に異常はないとのことだった。単純に体力の問題だろうと。
「加減はどうだ? リーゼ」
「最近はそれほど悪くないと思うの。アリシャはあんまり良い顔をしないけど、散歩だって出来るのよ?」
「・・・あまりアリシャに迷惑をかけるなよ・・・。悪いな、アリシャ」
「ん? いいの、兄様。義姉様だって偶には運動しないといけないんだから。寝たきりではよくないし」
何かを押し隠すような笑みを浮かべるアリシャから、リーゼリアの具合が芳しくないことを察しながら、ファグナリスは笑みを浮かべ、リーゼリアの額に軽くキスをして立ち上がった。
「自室に戻る」
「ここにいてくれないの?」
「仕事があるんだ。それを片付けたら戻ってくるから」
そう、と小さく頷くリーゼリアから視線を外し、ファグナリスは踵を返し部屋の外に出た。




