陥落
弟は前にもまして頑張るようになった。が、最近その姿を見ない。兄様は、何も言わないが、かなり忙しそうだった。弟が関わっていることのせいらしい。
・・・帰ってきたら折檻しよう。うん。
ぐったりと椅子に座り込むファグナリスの姿を眺めながら、ローザンヌは彼に頼まれていた書類を書き終えた。
ここ連日の会議に、個人的なカスペルとの会談。それはほとんど昼夜の別なく続けられていたし、城下には懸念材料が溢れかえっており、その対処にも追われていた。
大元は先日に処理を終えたが、まだ枝葉が残っており憲兵では処理できない案件を『王の剣』が担当せざるを得なかったのだ。
ファグナリスはそれを信頼できる人員を集めて、自ら指揮を執り行っていた。ローザンヌもまた、その一件に関わっていた。
今回の書類もその関係だった。
「ファグナリス、書類終わりましたよ」
「あぁ、ありがとう」
疲れた笑みを浮かべて、最近ようやく読めるようになってきた書類にざっと目を通した。
「・・・ごめん。今回の件、助かったよ」
「いえ、いいんです。あれは必要なことですし」
「本来なら、俺が始末をつけるはずだったんだから。余計な手間をかけた」
「構わないです。あなたのためなら、私は何でもします」
「・・・それを含めて、申し訳なく思ってるんだ」
出来るなら、ローザンヌにその役割を回したくなかったというのが、ファグナリスの本音である。
ただ、彼女だけが特別というわけではない。他の皆に対しても同じことをファグナリスは思っていたが、口に出すのはローザンヌに対してだけだった。
「ファグナリス、必要なことです。あなただけが負担を受け持つ必要はありません」
「・・・カスペルのところに行ってくる」
「――解りました。留守番してますね。お気をつけて」
「うん」
息を吐き出して、ファグナリスはゆっくりと部屋をでた。
「うむ。御苦労」
「は」
報告を受けたカスペルは、書類を一瞥し、深く息を吐き出した。彼にも色濃い疲労が見えていた。最近の王陛下は、あまり政治に関わりを持とうとせずもっぱら後宮に入り浸っている。そのせいで、政治に関してはカスペルを含めた一部の貴族が受け持っているのが実情だ。
『王の剣』も、実のところファグナリスの私兵部隊と化している。それに異を唱える人間は、いなかった。
「・・・さて。ファグナリス、あの件、考えてくれたかな?」
「リーゼリア様との結婚の件なら、お断りしたはずです。釣り合いがとれない。娼婦の子と貴族が結婚など・・・」
「我々は繋がりを深くしなければならないと思うのだよ。手っ取り早い手段が、家族となることだ。リーゼリアも君との結婚ならば、諸手を挙げて賛成する。・・・あの娘の気持ち、君は知っているはずだ」
「だからと言って、大貴族であるエリアル家の子女の相手が下民であってはいけないでしょう」
何度も言っていることである。にも関わらず、カスペルは何度も同じことをファグナリスに要請した。
カスペルが欲しているのは、ファグナリスの武力である。それをより自由に使うこと、そしてそれを自分に向けられるのを防ぎたいのだ。
それだけ、今のファグナリスを危険視する貴族が多いということでもある。
その主な理由は、大規模破壊魔術である。その実験データも術式も彼は公開しておらず、完全に秘匿している。
そのデータを盗もうとした輩もいたにはいたが、皆、帰ってくることはなかった。
ファグナリスがその気になれば王都は陥落する、そのように思われているのだ。
カスペルもまた、その危惧を抱いている一人だ。アベルはエリアル家の跡継ぎとして地位を確立しており、アリシャもファグナリスの息のかかった学院に移動していた。それもカスペルが気付かない内に、だ。
その行動だけでもファグナリスに反意があると思われてもおかしくない。
カスペルはただ安心を得たいだけとも言える。
「ファグナリス、君は君の価値を理解していないんじゃないかい? 君の持つ武力は、いまや一国を左右する可能性すらある。君により重要な位置についてもらいたいと思っている者もいる。それは、君も覚えがあるんじゃないかい?」
「見合いの話なら確かに出ています。正規軍の移籍の話も貰っていますが・・・全てお断りしています。興味がありませんので」
今の立ち位置が一番動きやすく、気に入っている。
「爵位が欲しくはないのかい?」
静かに、ファグナリスは首を左右に振った。そんなものを貰ったところで、何かの役にたつとは思えないのだ。
「話は以上ですか? ないのなら、仕事に戻ります」
「・・・ファグナリス、君はもう少し歩み寄ることをした方がいいんじゃないかな?」
「努力します」
踵を返し、カスペルから見えないところで深々とため息をついた。




