麗しき・・・
最近のことなのだが、兄がよく屋敷で寝泊まりするようになった。異母姉は大喜びしているが、俺はそれを不安に感じるのだ。
良くないことが起こっているような・・・
ここ最近、ファグナリスはエリアル邸で寝起きすることが多くなった。それというのも、約三ヶ月前、テニキアス王国連合の傘下にあったオルナントという国の王族が滅ぼされた。それだけなら内輪揉めとして気に求めなかったろうし、事実、その戦いの状況を知らされるまでカスペル以下、王宮の中心は気に求めなかった。しばらくテニキアス王国連合が大人しくなるとすら思っていたぐらいだ。
ファグナリスは違った。
この征伐に嫌な予感を覚えていた。あらかじめ放っておいた『草』からの報告でその詳細を知らされた瞬間、足元が崩れるかのような焦燥感を抱いた。それは寒気のような高揚感を伴っていた。すぐさまファグナリスは『王の剣』に準即時態勢を取るように命じ、幾つかの命令と訓練の指示をケービットに下した。
自らはマリウスとローザンヌを連れ、カスペルの下に向かい、事の詳細を報告し今に至る。カスペルと今後の行動について話し合ったが、不安材料が多く、否定的な結論に達することが多かった。
正直なところファグナリスは疲れていた。まだ動いていた方がマシと思えるぐらいの精神的な疲労感だ。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
「アベルか。・・・大したことないさ。最近会議ばかりでちょっと参ってるだけだからさ」
アベルから見れば、それは「ちょっと参ってる」というレベルではなかった。明らかにファグナリスは疲労困憊していた。顔色は悪いし、目の下には隈ができているし、声にも力がない。何より、その口からは無意識に弱音が漏れていた。
普段ならば、少なくともアベルやアリシャの前で弱音を吐くことなどしない。
「兄ちゃん、ミリアのとこに戻った方がいいよ。俺、送ってくからさ」
「そういうわけにもな・・・」
「親父には言っとく。もう休まなきゃダメだ。なんかよく解んないけど、上手くいってないんだろ? それ、きっと疲れてるからだ」
「・・・そうかもな・・・。解った。一旦戻る。カスペル様には俺が断ってくるから」
ため息混じりに小さくありがとな、と呟いてファグナリスはアベルの頭を軽く撫で、屋敷の中に入った。
アベルが入り口で待っていると、至短時間でファグナリスは戻ってきた。
「待ってたのか・・・」
「送るって言ったろ!?」
「そうだったな。じゃ、送ってもらおうかな?」
「任せろって!」
強い仕草で請け負って、アベルは先導して歩き始めた。
歓楽街はアベルにとっても懐かしい場所だった。ただ、エリアル家の子息という立場は、自然とここから足を遠退かせていた。
家格があるということは、それだけ己の行動に責任を持たなければならないということなのである。
「ここに来るのも久しぶりだ」
「仕方ないさ。お前には立場があるからな・・・」
「それは解ってるけどさ、やっぱりここが俺の育った場所で、俺たち家族の居場所なんだよな」
「・・・」
ファグナリスを責める気持ちはない。あの時兄に選択肢がなかったことを知っているし、幾度も死地に赴き戦ってきたことも理解している。
今だって、結局のところ自分たちのために軍に所属しているのだ。いわば、自分たち姉弟は、人質なのだ。カスペルは良い父親だが、大貴族の当主であり家にとって利益なるものを貪欲に求める部分がある。
その点、ファグナリスという手駒はかなり使い勝手が良い。
手元に姉弟を置き、生活を保証してやれば忠実に動き結果を叩き出す。失敗しても、ファグナリスがいるのは王の直属部隊である。今まで出した結果によりある程度の自由な行動を許されているような部隊だから、カスペルにダメージはない。
「兄ちゃん。俺も戦いたい」
「・・・まだ早い。もう少しでかくなってからな」
「兄ちゃんは、俺の歳にはもう戦場にいたじゃないか!」
「それはそれだよ。アベルと俺じゃ立ち位置が違うんだよ」
「俺は、もう守られる側じゃない! 俺は兄ちゃんより強い!」
「そうだな」
苦笑を浮かべ、ファグナリスはアベルの背中を軽く叩いた。
「痛っ!? 何すんだよ!?」
「焦るなよ。お前は、ゆっくりでいいんだ。俺みたく急ぐな」
「兄ちゃんは甘やかしすぎだっ!」
「もっと甘えていいんだぞ?」
「・・・っ!」
くすくすと笑うファグナリスから目をそらし、アベルは肩を怒らせて大股で歩く。
しばらく会話のないまま歩くと、すぐに懐かしい娼館が見えてきた。
その入り口の前には、掃除をしている下働きであろう少女がいた。ウェーブのかかった黒みの強い赤髪で、歳はアベルと同じぐらいだろうか。
その姿に、アベルは視線を奪われてしまった。
いきなり立ち止まった弟に怪訝な表情を浮かべ、その視線を追ったファグナリスは、納得した。
「アベル。少しよってくか?」
「へ? あ、えと・・・」
「ミリアとマダムに顔を見せてやってくれ。喜ぶ」
「あ、うん。そうしよっかな」
挙動不審なアベルに苦笑を浮かべ、ファグナリスは掃除をしている少女に声をかけた。




