傾国 その3
ゼアムは自分が何なのか理解出来ずにいた。剣を持っている自分自身が、曖昧だったからだ。子供の頃の自分は霞がかかっていて、本当に自分なのか解らない。
ただ、解っていることもある。自分はあの方のために剣を振るわなければならないということだ。
アールキエ様が見てくださっている。あの冷徹な視線に射抜かれているという事実が、ゼアムの身体を熱くさせる。
呼気が熱い。
戦いの熱狂に浮かされるように一歩二歩と足を進める。それは、止まることなく加速していった。
その彼の姿を怪訝そうに見据えながら、オルナントは先制の魔術攻撃を放った。それは開戦の狼煙だ。まず最初に魔術と矢を放ち合い前線の壁を削る。そのあと槍兵を進ませ、最後に重装騎兵で突撃。陣形云々はあるが、これがセオリーである。
オルナントはセオリーに乗っ取った攻撃を仕掛けた。しかし、アールキエの軍はほとんど動かなかった。
「ア、アアああア、ああああっ!!」
魔力弾が炸裂する瞬間、ゼアムが弾かれたように空に飛び上がった。無数に飛び交う魔力弾と矢の大半を切り捨てた。
そのまま、地面に着地したゼアムは雄叫びをあげながら、オルナント軍に雪崩れ込んでいった。
ゼアムの剣が振るわれる度、オルナントの兵は不気味なほど高く空にかちあげられた。
それ以外は、無惨だった。あるものは首を叩き潰され、あるものは上と下を分割された。運が良ければ手足の一本か二本で済んだが、慰めにもならないだろう。
「・・・驚いた。随分と上手くいったわね?」
「は。かなり相性が良かったようです。潜在魔力も高かったようで、理想的な個体だと学者どもが喜んでおりました」
「ふぅん。制御に少し難があるようだけど、充分ね。さて、あの子ばかりに任せず、動きましょうか」
「御意に。制圧する。全軍前へ!!」
カーラムの号令の下、アールキエの可愛い兵士たちは雄叫びを上げた。狂喜に彩られた軍は、オルナント軍を圧倒した。
勝敗は決した。誰もがそう考え、アールキエも欠伸混じりにそれを疑わず、どのように王族を処刑するか考えていた。
城壁の門が開かれるまでは。
それは、黒い男だった。長い黒髪に、黒の上下。全身を余すことなく黒で覆っており、その手に持つ剣も黒。刀身はまるで血でも通っているかのように脈動していた。
「・・・っ!?」
寒気のようなものを感じ、アールキエは僅かに眉根を寄せた。
危険であると、本能が警鐘を鳴らしている。そして、それはすぐに現実となった。
男が軽く剣を一降りしただけで、無数の兵士があっさりと肉塊に変わった。膂力ではない。同じようなものをアールキエは一度だけ目にしたことがあるが思い出せない。
僅かに苦悶している間に黒の男にゼアムが飛び掛かっていた。
トゥハンドソードが降り下ろされる。普通なら回避すべきその一撃を黒の男は迷うことなく迎え撃った。
バターでも斬るように刀身が両断されたが、ゼアムは獣のような動きでそれを回避した。距離を取り、相手の出方を窺うように二人とも動かなくなった。・・・否。黒の男の方は僅かに身体を揺らしている。ただ、それは牽制の動作ではなく、足元が覚束無いだけのようだった。
「カーラム。小隊を預けるわ。あの男を確保して。今なら捕まえられるわ」
「了解しました」
一礼し、カーラムの部隊が黒の男に襲いかかるのを一瞥し、アールキエは軍に城内への突入を指示した。
ゼアムによって体勢を崩されていた敵を制圧撃滅するのにさほどの時間はかからず、アールキエはほとんど待つことなく入城することが出来た。
後始末は至極簡単なものだった。オルナントの王が首と引き換えに一人娘の助命を願ったのでそれを許可し、それ以外の王族を即時処刑した。
オルナント王女は、アールキエ自らが保護し、ハレムに連れ帰ることにした。
逆に時間がかかったのが、黒の男であった。殺さずに捕らえろという命令が足枷になってしまったのは確かなのだが、それ以上に黒の男は強かった。
ただ、やはり実力者のみを集めた部隊に、カーラムとゼアムの二人を相手にしたのは分が悪かったようだ。その上、黒の男はかなり疲弊していた。
それもそのはずで、黒の男は戦が始まる直前まで幽閉されていたのだ。理由を、黒の男は語らなかった。オルナント王女も知らなかったし、アールキエもさほど興味を示さず、カーラムにそのまま預けてしまった。扱いは奴隷と一緒にするように言い添えて。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「あの男を処刑しなくても」
「・・・使えるわ。使えるなら使うべきよ。使えなかったら殺せばいいわ」
「確かに使えれば貴重な戦力になるでしょうが・・・」
使いこなせるのか、カーラムには自信がなかった。しかし、これは主の命令なのだから、彼にしても従わないわけにはいかない。
「自由に使いなさい。捨て駒にするなりなんなり。任せるわ。私はしばらく王女様の教育に専念するから。あの容姿なら幾らでも使い道があるもの」
鼻歌を歌いながら、アールキエはカーラムを置いて奥の間に引っ込んでしまった。
カーラムは小さくため息をついて、次の部隊運用の思索に没頭することにした。




