日常 その3
自室でうつらうつらと船を漕いでいたら、窓の外に人の気配を感じ、眠気を飛ばされたファグナリスはゆっくりと身体を起こした。隣で寝ているミリアを気遣ったのだ。
「悪いな、ファグ坊」
窓を開ければ、悪びれてすらいないケービットがしゃがみこむように窓枠に立っていた。
「正面から来たら?」
ケービットのことだから、屋根から落ちるということはないだろうが、万が一ということがある。ケガをされてはたまったものではない。
「お前さんよ、ここに正面から入ったらマダムに金取られちまうだろうが。こんなとこで寝泊まりしやがって。なめてんのか?」
「俺にツケればいいだろ」
それぐらいの金はあるのだ。あまりアリシャやアベルに金をかけることがなくなったので、実際もて余しているのが現状なのである。
「アホ。まずは仕事だろが」
「うん。で、どうだった?」
「あぁ。タストリアに動きはないが、テニキアスがキナ臭い動きをしてやがる」
「・・・こっちに来るか?」
「いや、あの動きはこっちに攻めてくる感じじゃない」
「タストリアを攻めると思うか?」
「ピリピリしてる時期に攻めるとは思えねぇな。牽制だと思うぜ?」
「・・・だろうね」
攻撃を仕掛けるにしても、越境し、病の王にプレッシャーをかけるぐらいが関の山だろうが、しかし動いているのはテニキアス王国連合である。彼らはけして一枚岩ではない。今を好機と見て、ある程度の犠牲を出してでも攻撃を仕掛けようと考える王がいないとも限らない。
「うん。ちょうどいいや。越境してくるなら、利用させてもらおう」
「あん? 何するつもりだ?」
「威嚇だよ、威嚇。マリウスが新型の実験をしたいって言ってたんだ」
「・・・成る程。で、俺はどうすりゃいいんだ?」
「見晴らしの良い場所で、テニキアスが進軍してきそうなとこに陣取って欲しい。あ、勿論、こっちの姿が見えないようにね。二小隊預ける。明日にでも向かって欲しい。マリウスを連れてね」
「了解」
「部屋を用意するから、ゆっくり休んでくれ」
ファグナリスの言葉にケービットは苦笑を浮かべた。それを尻目にファグナリスは慌ただしく身支度を整えた。
「どこに行くんだ?」
「アキエナ様のところ」
一言で言い捨て、廊下を歩いていた下働きの少女に部屋を用意するよう言い付け、金と小遣いをやった。
アキエナは、マリウスと共に魔術研究を行っている少女だ。薄桃色の髪に金の瞳を持ち、ある病に冒されている。魔力肥大症と呼ばれるそれは、莫大な魔力の影響でかなり高い体温になってしまうというもので、下手をしたら、真冬に熱中症で死んでしまうということすらある。
そのため、彼女は常に薄着で、自身の周りに冷却魔術を展開しているし、日中は外に出ず、涼しい地下に隠っていることが多い。
ただ、それには例外がある。
ファグナリスが居るときだ。彼とアキエナの魔力の相性はかなり良く、彼を介在することにより症状を緩和することが出来るのだ。ただ、何故そんなことが出来るのかははっきりと解っておらず、マリウスが研究中である。
「フー! 久しぶりだね!」
「はい。アキエナ様。御息災で何よりです」
「また、そんな言い方をして。私に壁を作らないでよ。寂しいよ?」
「しかし、アキエナ様は、ベルゼアムの王女殿下で在らせられます」
「もう亡くなった国のだよ? もし、そんなことを言うのなら、私こそが臣下の礼をとらないと」
ファグナリスの前にアキエナが膝まずく素振りを見せたため、ファグナリスは慌ててその身体を抱き付くように止めた。
「解った、解ったから止めてくれ」
「よろしい。ん~、らくちんだぁ。リラックスリラックスぅ♪」
常時魔術を展開をし続けるのは、かなりの労力を伴う。幾ら無尽蔵に近い魔力を持っていようとも、だ。
「・・・で、どうしたの? 用事があって来たんでしょ?」
椅子に腰かけたファグナリスの膝の上に、アキエナが座り、全身余すことなく密着するようにしなだれかかる。
この格好が一番楽なのだというのが、アキエナの言である。
もはや、何も言う気がないファグナリスはなされるがまま現状を受け止めている。
「新しい魔術の実験に付き合って欲しいんだ」
「ん。いいよ~」
「・・・そんなにあっさり決めていいのか?」
「だって、フーが一緒にいるんでしょ? なら、別にいいよ」
「ちょっと遠出になるんだけど」
「別にいいってば。しつこいよ!」
アキエナは頬を膨らませて、ファグナリスの二の腕を鬱血するほど強く捻った。
「いた、痛い! やめ、ごめんなさい!」
「ん。よろしい。で、いつ出るの?」
「出来ればすぐにでも出たいんだけど・・・」
「解った。じゃあ行こ」
軽いノリのままアキエナは立ち上がり、ファグナリスの手を引いた。
しかし、その前に巨大な影が立ち塞がった。
「姫様、何処へ?」
それはベルゼアムの近衛の長であった騎士で、アキエナの守役であった男だ。そして、かなりファグナリスをかなり毛嫌いしていたりする。
それが解っているからこそ、ファグナリスは深くため息をついた。
読んでくれてる方、ありがとうございます。感想や御指摘があれば、ありがたいです。




