日常 その2
エリアル邸を後にしたファグナリスはのんびりとした足取りで王都を散策する。一応、目的地を設定しており、時間に合わせて移動する。それはあたかも行軍のようであり、そこには如何ともしがたい軍人としての癖が見え隠れしていた。
ローザンヌはそれを見て、職業病ですね、といつも呆れたように言ってくる。解かってはいるのだが、ファグナリスにしても直しようがない癖なので、今ではローザンヌの言葉も軽やかに聞き流している。
予測時間通りに到着した目的地である王都自慢の噴水のある公園には、ファグナリスよりも先に到着していたローザンヌとマリウスがいた。二人が揃って立っていると、周囲の目が自然とその絵画のような美男美女である彼らに集中する。特にマリウスに、男女両方の視線が向かうのだ。
「早いね、二人とも」
「遅いですよ」
不満気に言う珍しい私服姿のローザンヌに、ファグナリスは深々と頭を下げる。その様子を、マリウスはくすくすと笑いながら眺めている。いつもの光景だ。
「でも、ローザンヌ。君だって、ついたのは今さっきじゃないか。僕が一番早かったわけだし」
「それは言わないお約束ですよ。こういうのは、先に着いた女が男に文句を言うべき場面ではないでしょうか?」
「・・・本の読みすぎじゃないかい? 最近はなんだっけ、えっと・・・ほら。恋愛物に嵌ってるそうだね」
「はい。『姫君の冷笑』という本なんですが・・・読みますか? 面白いですよ?」
「う~ん? 僕はいいかな。遠慮しとくよ」
「俺は読めない」
「教えてあげますよ。手取り足取り。なんなら朗読してあげましょうか?」
「機会があったらお願いするよ」
「そうですか・・・」
至極残念そうにローザンヌは呟いた。一度、朗読をお願いしたことがあるのだが、チョイスされた本の内容の酷さに、ファグナリスはしばらくの間悪夢に悩まされたことがあって以来、ローザンヌのチョイスした本には触れないようにしているのだった。
もう二度と、肛門が裂かれるような夢は見たくない。そこに物が入るように人間は出来ていないと叫びながら目覚めるのは勘弁だった。
あの時のミリアの哀れむような視線が忘れられない・・・
「こんなところで立ち話もなんだから、移動しようか」
「そうですね」
マリウスの提案に従い、ファグナリスたちは少し離れた場所にある隠れ家のような飲み屋に入った。
いつも通り主人に金を払い、個室に入る。
「さて。では報告してもらおうか」
「では私から。現在、教会に目立った動きはありません。恐ろしいほど静かですが、想定の範囲内ですね。あと、ベルゼアムの残党が残っているのではないかと邪推している司祭が何人かいて、秘密裏に捜索隊を結成しようとしているところもありますが、所詮、過激派のマイノリティです。軽く殴って脅しつけてやれば黙るでしょう」
「・・・もうやったでしょ、それ」
「ええ、まぁ。軽く小突いたら泣いてしまったので、困りましたけど」
「・・・」
きっと右か左の腕の骨が粉砕されたんだろう。それは泣く。ローザンヌはこの数年間で、本性を露呈した。彼女の大剣には重力排除の加護などなく、彼女は自らの腕力だけで大剣を振り回していた。そんな腕で殴られたら、そりゃあ骨の一本や二本は粉々になる。
「僕の方は今のところ問題なしかな。新しい魔術式が完成したから試してみたいけど、演習場って借りられるのかな? 出来れば実験は秘密裏に行いたい。彼女たちも同伴させたいしね」
「今の時期なら、幾つか空いてると思う。場所が決まったらそっちに連絡するよ」
「お願いね」
「・・・今のところ、問題はなし。テニキアスにも動きはないみたいだしね」
「ケービットはどうしました?」
「訓練って名目で偵察に行ってる。明後日には戻るんじゃないかな?」
「タストリアの方かい?」
「ああ。陛下が無茶を言う前に下準備をしようと思ってね」
最近、隣国のタストリア王国の動きが慌しくなっており、ミエルハンス皇国は警戒を強めていた。一応同盟を組んではいるが、それも十年も前のもので、実質忘れ去られかけているようなものだ。近年、タストリア王もその体調が思わしくないというのも理由の一つだろう。
王の世代交代の時期は他国に狙われやすいというのもある。牽制目的に越境演習をするぐらいはするかもしれないが、こちらに本格的に動く前に引くのが常である。あくまでも牽制であり、パフォーマンスだ。
「どれくらいだと思う?」
「さぁ・・・直接見たことはないけど、二、三ヶ月ってところじゃないかな。前回の訪問の時は、従医が王宮に軟禁されていたし」
「無事に終わるといいのだけどね」
「うん。まぁ、即位式の日に駆り出されるだろうけどさ」
「戦闘がなければそれでいいんだよ」
「そうですね。ケービットは物足りないと思いますが」
「そうだねぇ・・・しばらく盗賊狩りもしてないしね。フラストレーションが溜まっているかもね」
「そう都合よく盗賊なんて出てこないよ。せっかく、ベルゼアムの影響も薄くなってきたのに。いまさら出てこられても困る。・・・格闘大会でもしようか? 『王の剣』で」
「ああ、それいいですね。賞金はどうしましょう?」
「それはファグナリスのポケットマネーから出すんじゃないかな? 報奨金、結構溜まってるんじゃない?」
「・・・出すにしてもせめてこの三人で折半にしてくれないか・・・? さすがに俺もきついんだけど」
財布事情を考え、真っ青になりながらファグナリスは呻くように言った。その様子にマリウスは微笑を浮かべた。
「冗談だよ。お祭りだから、優勝者にちょっとしたお小遣いを上げて、あとは適当に宴会して終わろう。もちろん、その分のお金は僕も出すしね」
「それならいいんだけど。じゃあ、これも一応計画しておこうか」
話が一段落ついたところでようやく、三人は運ばれてきていた酒の注がれたグラスを持って、乾杯を交わした。




