#1 二つの契り
※この回がカイルの過去編です。
事の始まりは今から半年前、ソルガルド南部の草原地帯での出来事である。
「今日もいつも通りだな~。」
野原で仰向けに寝そべり、口に麦を一本咥えながらカイルが呟いた。
風で麦わら帽子が飛んでいく。
それを拾ってくれたのは、養父のモーリスだった。
「おいカイル、これ飛んできたぞ~」
「ありがと、モーリスおじさん!」
「どういたしまして。」
男は優しく微笑んだ。しかし、抑えていたのかいきなり咳が出てきた。
ひどい咳だ。
「大丈夫?おじさん。」
「これくらい平気さ!まだ農作業が山程残ってる!」
「いやいいよ、今日はおじさんの分も俺がやるからさ!」
「何言ってるんだ、私だって無理に仕事してるわけじゃ…」
少年の目の前でいきなり父親が倒れた。
「おじさん?!おじさん!」
頬を叩いても起きる様子はない。
カイルは多少うろたえたが、とりあえず男をベッドまで運んだ。
少年の体はすでに鍛えてあったので、それくらいのことは訳無かった。
モーリスの容態は酷かった。
医者を呼ぼうにもこんな田舎では来るのに時間がかかる。
第一、農民であるカイルに連絡魔法のやり方など分かるわけもない。
彼は薬を買ってくることにした。
家の前の道を少し北上したところに怪しげな市があった。
闇市だということが少年にも分かるほどに明ら様なのである。
どの店もボロボロだが、一件だけとても新しそうなガラス張りの店があった。
カイルは震えながらその店に入った。
「ごめんくださーい…」
店の中は見た目と違ってとても広かった。果が見えないほどに。
突然目の前に現れたのは、奇妙でスリムなスーツの男だった。
髪はオールバックで、とても目付きが悪い。
心の奥底に何を抱いているのか分かったものではなかった。
「いらっしゃいませ、本日は何をお探しで?」
「薬をください、病気系の状態異常を直すやつで。」
「そういうのもありますが、もっと良いものがありますよ。」
「もっと良いもの?」
「その通り!状態異常の回復薬はかなり効果な上に1回使えばそれで終わりです。
しかし、契約さえ結んでいただければ金輪際あなたのお父さんは
病に冒されることがなくなるでしょう。」
「なんで、おじさんの事知ってるの?」
「…大人というのは子どもの顔を見れば分かるものですよ。」
少し口が滑ったのをかき消すように男は笑った。
しかし、その笑顔は本当に繕ったものなのか疑うほど自然だった。
「分かった、モーリスおじさんが病気に苦しまないなら何でも良いや!」
「本当によろしいのですね?」
「うん!」
「それでは、お手を。」
スーツの男は手を差し伸べた。
手の周りからは紫色の炎が出ている。
二人ハ握手ヲシタ…
シテシマッ…・・
真っ白な景色の中、少しずつ意識が取り戻される。
気づけばカイルは自分の家の部屋にいた。
そしてハッとした。
「モーリスおじさん!」
走って部屋から飛び出した。
父親ノ寝室ニアッタノハ父親ノ形ヲシタ石像ダッタ…
少年の脈は加速していった。
汗が止まらなかった。
訳が分からなかった。
カイルは家の戸を開け、ただひたすら歩いた。
石になったモーリスを見たくなかった。
(違う…俺はこんなこと望んでたんじゃない…!)
白い曇り空が鉛色の曇天に変わる。
次第に雨が降り出し、雨は黒く染まっていった。
気づけば、カイルの足元一帯にはところどころ暗黒色の水たまりができていた。
それらが、少年の目の前に向かって収束する。
一連の騒動のせいか、不思議と何も驚かなかった。
彼の目は半開きで、生気が宿っていなかった。
黒い液体が集まり切ると黒炎が立ち、剣の形に成った。
カイルは、地面に横たわる黒剣を眺めていた。
さっきまで半開きだった目は、今では大きく空いている。
何に惹かれたのか、少年はそれを拾った。
「おい、そこのガキ。」
何処からともなく声がする。妙に低くドスの効いた声だった。
「誰だ?何処にいるんだ?」
少年には訳が分からなかった。
「ここだよここ、目ェ付いてんのか?!」
もう一度、手に持った剣を見ると口がついていることに気づいた。
しかも3つもある。
「うわっ!」
彼は驚いて剣から手を離した。
「痛ッ!」
「ごめん…」
「謝るくらいなら、いきなり放り投げんじゃねぇ!俺のハンサムな顔に傷がつくだろ!」
「ハンサム…?(笑)」
「笑うな!って、そんな事はいい…お前、悪魔と契約したろ?」
「悪魔…?契約…?」
身の回りの意味不明なことの連続のせいで、カイルの頭の中では竜巻が吹き荒れていた。
「あっ!そういえば、見たこともない服の怪しい男と契約結んだよ。
でも、そのせいでモーリスおじさんは石に…」
「そいつだよ…悪魔ってのは。」
「何だって?!」
「一応、半分は同じ種族なんだ。勘で分かるってもんよ。
そこでだ、お前に一つ提案がある。」
「何?」
3つの口がニヤリと笑った。
「お前、そのモーリスっておっさんを助けたいんだろ?
それにはその呪いをかけた悪魔の血も必要だ。
俺がその悪魔を食ってやるから、俺と契約しろ。」
カイルは少し目をつぶった。モーリスとの記憶が呼び覚される。
よく作ってくれたシチューの味、寝る前の読み聞かせ、一緒に耕した畑…
「分かった。悪魔との契約でこんな目に遭ったんだ。
””悪魔には悪魔を”ってな。
それにお前は腹黒くなさそうだ。」
「見た目は真っ黒だがな(笑)
じゃあ、話は決まりだな。手ぇ出せ。」
少年は右腕を差し出した。
すると剣の刀身に生えた3つの口が同時に手に齧りつき、血が地面に滴る。
一瞬、少年の眉間に皺が寄った。
次第に手から流れる赤い血が黒く染まっていく。
カイルの表情には、決意が固まっていた。その瞳はとても凛々しかった。
(もうあんあ失敗はしない…!待ってて、モーリスおじさん!)
訳分かんない土地名とか固有名詞出てますけど、大体は後から説明あるので
ご心配いりません。




