9話
「あたい達の両親の行方は掴めぬままですか?」
「ええ、あの馬鹿達もしかしたら海外かもね」
「どうして毒を盛ったか理由分かりますか?」
「もちろんよ」
「聞かせて頂いても?」
「もちろん。あなたには聞く権利があるわ」
落ち着いたらでいいので、連絡ください。
蕾さんに一言だけメッセージを送った。
俺は自室の隅で膝を三角に曲げ、壁を背もたれにして静かに天井を見上げた。時刻は午後2時前。
カーテンを閉めて、薄暗い空間には俺一人だ。
俺たちはあの後、家について解散となった。
俺は車椅子のしおりんを病院に送ってから帰路につき、今はこうして引きこもっていた。
その時、しおりんとは一言の会話をしていない。
母と美咲先生が何やら話しているが、今は興味がない。
「しおりんか蕾さん、どちらか選ぶなんて難しいなぁ」
2人ともとても魅力的だ。
俺に好意を抱いているのは素直に嬉しい。
それ故、とても悩む選択肢だ。
選択肢は2つ。これはギャルゲーではない。
択が出てセーブ。
その攻略対象のエンディングを見て、別のヒロインのルート攻略はできない。
これは現実だ。
訓練でもリハーサルでもない。
「……………………」
悩んでも仕方ないが、ゲームをプレイしたり、アニメを見る気力は起きない。
コンコン。
不意に扉のノックが響いた。
「まもりん入るよー」
「……………………」
俺は答えない。
ガチャ。
勝手にドアが開く。桜花姉が入室してきた。
「……………………」
「……………………」
トットット。
スト。
無言で俺の隣であぐらをかいた。
「女の子のそんな姿恥ずかしくない?」
「今は身内だけだからいーの」
黒のダメージジーンズに白いTシャツ。膝が出ているが、まぁいっか。桜花姉相手に興奮しないし
「………………………」
「………………………」
お互い無言になる。
「用事は?」
「特にないよ」
「じゃあなんで来たのさ」
「落ち込んでる相手の様子見に来ちゃダメなの?」
「………………………」
「………………………」
シンと静まり返る室内。
チチチと小鳥のさえずりが聞こえる。
「今回の件さ、あたしが一番の戦犯者なんだよね」
「そんなことないだろ」
桜花姉を見つめる。
「あるよ。あたしが白旗あげなかったらこんなことにはなってなかったでしょ?」
「でもあの状況で、黙ってる訳にもいかなかっただろ」
「まぁ、どちらにせよ、いずれは話さなきゃいけなかったし。まもりんも伯母さんと美咲先生に二股男なんて不名誉なレッテル貼られなくてすんだでしょ」
「俺のことはいいんだよ」
「自己犠牲の精神良くないよ」
ビシッと指をさされる。
「自己犠牲なんて美しいものじゃないよ。単純に蕾さんが心配だったから」
「巻き込んだのは、あたしたちだし、まもりん1人のせいじゃないよ。今もこうして蕾さんのことで落ち込んでるわけだし」
そう言って前髪を流す。
「俺さ、蕾さんとしおりんどっち選んだ方がいいかな?」
「それはあたしが決めることじゃない」
キッパリ言い切られた。
「どちらを選ぶかはこれからゆっくり考えれば良いんじゃない?高校卒業までここにいるんでしょ?」
「それは、まぁ……」
「今は小休止なんだよ。2人といっぱい過ごして、いっぱい笑って、いっぱい泣くの。それからどちらかを選べばいい。その時の選択に2人は反対しないと思うよ」
「………………そうだね」
「うん、よろしい。今は休みな。お姉ちゃんのお節介はここまで」
そういい、桜花姉は立ち上がる。
栗色の髪が、ファサと揺れる。
見上げると無い胸が、少しだけ大きく感じた。
「今エロいこと考えたでしょ?」
「ソンナコトナイヨ」
「まぁ、いいや。元気になったらリビングにおいで」
トットット、ガチャリ。
それだけ告げて去っていった。
階下に降りる足音が徐々に小さくなるのを耳で受け止めながらうずくまる。
その気はなかったが、俺の意識は夢の中へと落ちていった。
村の家屋がゴオゴオと燃えていた。
全てを焼き払わんとする炎。上がる黒い煙。
「わああああああああ!」
「きゃあああああああ!」
夜の静けさは村の人々の悲鳴で破られていた。
何十人もの侍と数十匹の犬、猿、キジが村人たちを襲う。
「何故だ!何故我らを襲う!?」
1人の侍と合間見えるのは頭に大きな2本の角。いかつい顔つき。筋骨隆々の鬼だった。
「何を言う盗っ人!我らの国の宝を奪ったのは貴様らだろう!?」
「それは違う!この島の宝はここの先祖が残していったものだ!」
「戯言を抜かすな!その宝は信長様の物だ!」
「違う!」
「ええい、うるさい!皆の衆!こいつを黙らせろ!」
号令で侍達が鬼を囲む。
犬、猿、キジは構わず村人を襲い続けていた。
「貴様らああああ!」
鬼が棍棒を振るう。
それに応戦する侍達。
ブルルル。
俺の意識はスマホのバイブ音で覚醒した。
自動で点灯する画面「甘蜜」のレイサのロック画面、そこにアプリからメッセージが届いた通知だった。
「さっきはごめんね、私も落ち着いたらから都合良かったらカーテン開けて」
それを見て俺はダッと立ち上がり、部屋のカーテンを開けた。
電線に羽を休める小鳥、舞い散る桜。
そして薄紅色のフリルの下着姿の蕾さんだった。
「わあああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああ!!!」
前にもやったなぁ、このやり取り。
なんてしみじみする余裕なんてない。
「ごめんなさい!」
シャー!
カーテンを閉める。
トットット。
階段を上る足音。
誰だ?誰が来る?
桜花姉なら2回目だから、呆れられて終わりだろう。
母なら「クソバカ変態息子」と罵られて終わる。
俺が居眠りする前、美咲先生が来てたからもしまだ残ってたら…………。
うん、想像するのはよそう。
コンコン。
「まもりん入るよー」
「蕾!どうした!?」
桜花姉の声に安堵と同時に、向かいから美咲先生が心配した声調が耳に届いた。
「またやったのー?」
「お、おう……」
ゴンゴン!
窓を大きく叩く音。
「桜花姉開けて」
「自分で開けなさい」
ゴンゴンゴンゴン!
「変態!出てこい!」
怒声が響く。
シャッ。
ほんの少しだけカーテンを開く。
そこには般若がいた。
隙間に気づいたその存在は、親指で首に横線を描く。
そして指を逆さにして、自身の胸元まで落とす。
「桜花姉、今までありがとう!俺は元気でこの島から出ていくよ!」
ガシッ。
ダッと駆け出そうとしたが、桜花姉は俺の肩を強く握る。
「逃がすと思う?」
ニコォ……!
般若は二人いた。
俺の部屋。
部屋の中央で、正座をさせられている俺。
その目の前には鬼の形相で腕を組み、仁王立ちしている女性。
その左右に蕾さんと桜花姉。
「さて、本日の事案だが」
「ごめんなさいでしたー!」
「まだ何も言ってないだろう?何故謝る?さては身に覚えがあるのか?」
「いや……それは……」
「大丈夫だよ、守くん。下着見られるの2回目だから!」
蕾さーん!?
「ほう、下着を覗いたと。この変態二股男は」
「いや、それは不可抗力」
「私がメッセージ送ってすぐカーテン開けたってことは着替え中だってわかってのことだよね?」
「ほう、確信犯か」
蕾さああああああああん!?
「いや、その、メッセージ帰ってきたのが嬉しくてカーテン開けたらちょうど着替え中とは知らず……」
ぷっ。
「あははっ」
「蕾さん!?」
吹き出す黒煙色の髪の女性。
「わかってるよ、これは事故。わざとじゃないって」
うむ。と頷く先生。
「ということだ。教え子よ」
「はい、わかって貰えましたか?」
「微塵もわからん。この変態野郎!」
再び般若の形相。
なんで!?
なんで!?
「お姉ちゃん、許してあげて」
蕾さんが柔らかい笑みを浮かべて姉をステイする。
「守くん」
「はい」
「私、君に振り向いて貰えるように頑張るから」
ガッツポーズをする蕾さん。
「はい、ありがとうございます!」
「で・も♡」
優しい笑みに闇がかかる。
「下着を覗いたのはべ・つ♡」
「ということだ、我が教え子よ。いや、何も教えずに別れるのはあたいとしても心苦しい」
「待って!弁明を!」
こうして時間は過ぎていった。
「皆さんテレビ何見るんですか?」
「テキトーに流して新年になったらみんなでハッピーニューイヤーって言うだけよ」
蕾さんの問に、我が母が手をヒラヒラと揺らし緩ーく答える。
12月31日も残りわずか。
夕飯時、せっかくだからと、うちで咲倉姉妹もと叔母さんからの提案だ。
晩御飯準備はは言い出しっぺだからと彼女が担当。
蕾さんもお手伝いすると申し出たが、お客様だからとやんわり断っていた。
「じゃあさ、守くん」
「なんです?」
「Scho〇lD〇ys観ない?」
堂々とやばい作品を提案してきた。
まぁ、そこは俺も1人のオタクである。答えは当然……。
「いいっすねぇ!」
笑顔で親指をぐっと立てて賛同する。
「なにそれ?」
「アニメだよ」
桜花姉の問に即答する蕾さん。
「たまにはいいかもねー」
母も賛同。
掛かったな、アホめ。
俺は心の中でガッツポーズする。
多分蕾さんもそうだろう、目が合うとニヤリと口角をあげた。
「見るならテレビで見るな、せめてタブレット端末で見てくれ」
美咲先生が顔を青くして訴える。
まさか既に……!?
蕾さんにアイコンタクト。
バチッとウインクが返ってきた。
「どんな内容なの?」
桜花姉の問い。
「「普通の学園ラブコメだよ」」
俺たちは笑顔で答える。
「お前ら……」
美咲先生が静かに唸っていた。
ということで俺のサブのタブレットでAb〇maにて視聴開始。
始まって数秒後、しおりんからLI〇Eにてメッセージ。
「通話できる?」
とだけ飛んできた。
「ok」
俺はスタンプで返答。
すぐに着信が鳴った。
「おーっす、まもっちー」
「おーっす、しおりんー」
「お?その返答はとりあえず落ち着いたかな?」
「おう、心配かけてごめんな」
「けっけっけ、良いって。いつまでもウジウジしてるのは、まもりんには似合わん。ところで今何してる?」
「みんなでsc〇oolDa〇s見るところ」
「みんなってことは?」
しおりんが不思議そうに訊く。
「俺と蕾さんと桜花姉と母さんで」
「まもりん」
低くなる声音。
「うん?」
「せっかくだから同時視聴しようぜ☆」
「もちろんだぜ☆」
ということでしおりんと通話繋いだまま、スピーカーにしてみんなで観る事に。
程なくして、叔母さんが年越しそばを運んできてくれて伯母さんも混じえることに。
美咲先生はそばだけ頂き、足速に自宅へと帰っていった。
新年のカウントダウンと同時にあのシーンが流れる。
「どこが普通の学園ラブコメ!?」
「我が子が怖いわ」
「……………………」
うんうんこの反応いいねぇ。
こうして俺たちの年越しは幕を閉じた。




