6話
ジリリリリリリ!
目覚まし時計の電子音がけたたましく響く。
モゾモゾと、布団に潜ったまま手探りでそれを探す。
しかし、それは見つからない。
というか俺、目覚ましセットしたっけ?
ぼんやりとした意識を窓に向ける。
カーテンの隙間から、差し込める陽はまだ登っていないのか、真っ暗だ。
スマホで時間を確認する。
「うーん……」
午前5時を指していた。
一年中桜が咲き乱れるので、感覚は狂うが今はまだ12月。
この時期の時間帯はまだ太陽は登っていない。
「お姉ちゃん起きて!」
窓を挟んだお隣の家からは、蕾さんの声が聞こえてくる。
どうやら美咲先生を起こしているようだ。
「あと30分!?ご飯冷めちゃうよ!」
こんな時間なのにもう朝ごはんの準備してるのかぁ、偉いなぁ。
姉妹以前に母親みたいだ。
「守くーん!ごめんね!これから起こること覚悟して!」
シャー!向こうのカーテンが開かれる声がした。
次の瞬間に昨日から「明日になればわかる」の意味を理解した。
「死にたいやつは死ねぇ!生きたいやつは生きろぉ!
生と死は当然の権利だぁぁぁぁ!
生きてきた意味は死ぬ間際に考えろ!
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
大音量でデスメタルのシャウトが轟いた。
「ぎゃあああああああ!」
思わず耳を塞ぐ。
だが手で抑えただけでは、このシャウトは防ぎきれない。
「ウッヒョオオオオオオオ!!!やっぱりアガるぅぅぅぅぅ!」
美咲先生のテンション高い叫びがこだました。
「はいはい!わかったからまずは、洗顔!そしてご飯食べて!」
「はーい!」
もしかして、毎日この調子なのか?
「守くーん」
「はーい……」
蕾さんの呼ぶ声でカーテンを開ける。
空はまだ闇が支配していた。
街灯がかろうじて光を放っていた。
向かいの蕾さんは朝早いだろうに、黒煙色の髪は寝癖ひとつない。
まだまだ眠い……。
目頭を擦る。
「ごめんね、起こしちゃって」
「もしかして、毎日この調子ですか?」
申し訳なさそうに、両手のひらをパンと合わせる。
「ごめんね、あんな姉で」
「いや、苦労してますね……」
「あはは……」
乾いた笑み。
ガチャ。
不意に俺の部屋のドアが開いた。
「蕾さーん、朝ごはん……」
眠そうな桜花姉。
栗色のくせっ毛がいつもより跳ねてるように感じられた。
服装は水色と白のチェック柄のパジャマだ。
それだけ告げて窓へと向かっていく。
「うん、用意出来てるよ。守君の分もあるよ?」
上目遣いで問いかけてくる。
「いや、流石にご馳走になるには……」
「まもりん甘えときな。条件なの、毎朝こんな調子で起こされるから、お詫びとして朝食あたしの分も用意してって」
寝ぼけているのか、ボソボソと呟くように告げる。
「そういう事。今日になったら理解できる。わかったでしょ?」
「そういうことなら、いただきます」
ギシ。
屋根を伝って蕾さんの部屋へと上がる。
昨日は拒否られたのに、今回はすんなり入れて貰えた。
彼女の部屋は、水色、ピンク、オレンジ色と色様々なカラーボックスが所狭しと設置されていて、その中には、熊やうさぎのぬいぐるみ。
さらには「霊力魔法少女ヒナコ」のフィギュア。
「甘い蜜にはご注意を」という実写映画化もされた人気作品の主人公、レイサのフィギュア。
この部屋から蕾さんはアニオタだとわかる。
とぼとぼと歩きながらそれらを見やる。
「失望した?」
「なんでです?」
「アニメのフィギュア飾ってるから」
「いや、むしろ同じ趣味持ってて親近感湧きました」
ぎぃ。
廊下へ出る。
「え!?守君もアニメ好きなの!?」
「アニメ以外にもゲームもラノベも好きですよ」
「ほんと!?どんな作品好きなの!?」
声が弾む蕾さん。
「うーん、主にロボット作品が好きですけど、「甘蜜」の原作は全巻揃えてますし、「ヒナコ」はブルーレイ全部もってます」
「そうなの!?」
「はい」
トタトタトタと階段をおりる。
ガラッ。
居間の扉を開く。そこには既にご飯が用意されていた。
「おう、教え子、桜花ちゃん」
美咲先生が朝の挨拶を無視して、手にした箸と一緒に手を挙げて俺たちを迎える。
「まだ何も教わっていません」
紅色の髪にピンクのネグリジェに体を包み、もぐもぐと焼鮭を口へ運ぶ。
「はっはっは!冬休み終わったら覚えとけ!」
そういえば今年もあと数日か。
美咲先生の宣言を聞き流しつつ、そんなことを思う。
本日の朝食は、焼鮭に豆腐とワカメ、そしてネギの味噌汁。
ご飯の横には、パックの納豆の姿があった。
「「いただきまーす」」
俺と桜花姉は、揃って食事前の口上を述べる。
「おう、食え食え」
美咲先生が促す。
「お姉ちゃん、それ私のセリフ」
「はっはっは!細かいことは気にするな!」
「もう……」
大仰な美咲先生の態度に「はぁ」と彼女はため息をついた。
そんなこんなで午前10時前。
あの後、朝飯を頂いてから俺の部屋で蕾さんとオタクトークに花を咲かせていた。
桜花姉はリビングでテレビを見ていたようだ。
そして今、暖かな気候の元俺たち3人は島を歩いて病院へと向かっていた。
昨日、蕾さんが話していた友達のお見舞いだ。
「今日の占い結果どうだった?」
「うーん、かに座は良くも悪くもっていう無難な順位」
「いて座は?」
「うーん……」
蕾さんの問いに、桜花姉はこれを言っていいのかと悩むように唸る。
「教えてよー!」
「…………最下位だった………」
「えー!?不吉なこと起きなければ良いけど…………」
ちょっとショックとしょんぼりする蕾さん。
「しかも内容が、恋のライバル現る!だって」
「恋のライバル……」
後ろを歩いていた俺に蕾さんが視線を向ける。
振り向こときに黒煙色の髪がふわっとなびく。
「そんなわけないよねー」
「ねー!」
蕾さんは強がってるのか、ちょっとうわづいていた。
しかし桜花姉は気にしない。
「おとめ座は?」
「1位だった!」
「えー!?いいなぁ!」
「しかも運命の再会を果たす!だって」
「運命の再会」
再び蕾さんのが振り向く。
ちょっと不安気だ。
「まぁまず、まもりんのはずないよ。紫音ちゃんずっと入院してたんだし」
「だ、だよね……!」
桜花姉のフォロー。
「ところでさ」
占いの話に区切りがついたところで、俺は切り出した。
「昨日の喧嘩、2人は気にしてないのか?」
「喧嘩?」
「昨日の?」
2人は首を傾げる。
「ほら、鬼がどうこうっていう」
「あー、あれね」
「別にいつもの事だよ」
「「ねー」」
俺にとっては2人の仲が悪くなるんじゃないかと心配だったが、そうでもないらしい。
トットットと3人で歩く足音が響き、陽の光で作られた影たちは後ろに伸びている。
「けど、お互い謝ってないし、溝は埋まらないんじゃないか?」
「守君」
「はい」
「人間同士っていうのはね、100%歯車はガチっとハマらないの」
「はぁ……?」
歯車?なんの話だ?
「最高でも90%なの。必ずどこか噛み合いが悪い時があるの」
「はぁ……?」
「友達でも喧嘩は誰でもするでしょ?お互い謝っても謝らなくても元通り歯車が回れば、また問題なくその人とは付き合える。そういう人を真の友達だと思うの」
イマイチ理解が追いつかなくて、釈然としない。
「まもりん、つまりはね」
桜花姉が口を挟む。
「あたしは蕾さんのいい所を90%知ってる。逆に悪い所も10%知ってる。その10%を許せるか否かなんだよ」
「逆にいい所40%で悪い所60%だとすると、いい所はあるけど、悪い所が目立ってその人と付き合っているとモヤモヤする。そうすると人間関係上手くいかないの」
「人間関係を円滑に育むコツは、その悪い所を許せるかどうかなの。悪い所を許せない相手は申し訳ないけど、縁を切るのが1番ってこと」
うーむ、難しい話になったな。
「つまり、2人はお互いを許せる。だけど、許さない相手とはそれまでってこと?」
「端的に言えばそうだね。私達も動物で、人間という種なの。同じ種でも、趣味趣向、運動が得意、勉強が得意。個体ごとに様々な違いがあるでしょ?」
「そうだな」
桜花姉の問いに相槌をして蕾さんが続ける。
「つまりは、100%思考が合致する人はいない。その中で上手く付き合える相手を探すのが重要なの」
「ほぉ」
難しくて、理解が追いつかない。
「こんな話する間に着いちゃった」
桜花姉の言葉に俺は目の前の建物を見上げる。
鬼道島病院。灰色の建物で屋根にはソーラーパネルが設置されていた。
そう大きく記されていた。
「さ、入ろ!」
「おう」
桜花姉が入館を促す。
ウィーン。
自動ドアが開く。
「あら、桜花ちゃんと蕾ちゃん。いらっしゃい」
受付の看護師さんが2人を歓迎する。
そして俺の存在に気づくと、バッと身を乗り出した。
「あなたもしかして守君?」
「はい、そうですが、何故俺のことを?」
「なぜって水臭いわねぇ。突き指、捻挫その他もろもろの軽い怪我だけど、何度かお母さんと泣きながら受診しに来たでしょ?」
記憶を巡る。
あー、たしかにこの病院だったな。
思い出した。軽く怪我した時、母親がここに連れてきて先生に診てもらったっけ。
「その顔は思い出したね。紫音ちゃんも喜ぶわよ」
紫音ちゃん。その名前に微かだが記憶にある。確か……。
「まもりんと紫音ちゃん友達なの?」
「今記憶辿ってる」
「顔を見れば思い出すわ。きっと。思い出さなかったら、あんたのこと引っぱたくからね」
謎の脅し。
まぁ、その子に合えばわかるだろう。
多分。
「運命の再会を果たす。恋のライバル現る。そんなわけないよね」
蕾さんの不安げな言葉がチクリと疼いた。
ピンポーン。
エレベーターに上り、紫音ちゃんとやらの病棟に着く。
「朝露紫音さんと面会お願いいたします」
「はーい」
桜花姉が声をかけて、看護師さんが対応する。
「304号室へどうぞー」
「「「はーい」」」
俺たちの返事がシンクロした。
テクテクテク。
俺たちは桜花姉の隣に蕾さん。その後ろに俺というフォーメーションが完成していた。
薬品の香りが鼻を通る。
車椅子で移動のため看護師さんに押してもらう患者さん。
入院着に身を包み、早足で歩を進める男の子。
「お母さーん」
どうやら親がお見舞いに来ていたようだ。
そんな人たちを尻目に目的地の304号室に到着した。
「紫音ちゃーん、入るよー」
「どっぞー」
軽い返答が返ってきた。
ガチャ。
その病室は個室だった。
部屋の中心にベットが用意されており、背もたれが、70度くらい上がっていた。そこに1人の軽快そうな女性が横たわっていた。
桃色の髪に黄土色のキャスケットを被っている。髪はしばらく切っていないのだろう、長く伸びたそれはベットに木の根のように這っていた。
ぱっちりしたつり目で、髪が短ければ男と間違われそうな、中性的な顔立ち。
「お見舞いに来たよー」
「体調はどう?」
2人が思い思いに声をかける。
「いつもどおr……ゴホゴホッ」
咳き込んだ彼女。
「無茶しちゃダメだよ」
桜花姉は心配して駆け寄り、背中をさする
しかし、とうの本人は彼女ではなく、俺を捉えていた。
「紫色のコスモスが咲き乱れる畑で」
不意にその子が言葉を紡ぐ
「君の横顔に見惚れて」
俺は咄嗟に答えた
「「永遠の愛を誓う」」
思い出した。
俺この子知ってるー!




