9 仲良くしようよ
朝、いつものように登校した昂大は、教室の扉を開ける。
大きなあくびをしながら自席に座ると、ぼんやりと黒板を眺めた。
(なんか……頭がぼんやりするな)
目を瞑り、拳で額を軽く突く。昨晩は雪のことを考えていて、よく眠れなかった。それにしても、やけに頭がぼんやりとする。
視界が揺らぎ、甘い香りが鼻をくすぐる。気づけば顔が火照っている。
――――――なんだ。何か変だ。
「えっ」
昂大は、周囲に人が一人もいないことに気づく。
そんなことはあり得ない。今日は平日で、土日ではない。それならこの時間に誰も教室にいないのはおかしい。
がたっと机を揺らし、勢いよく立ち上がる。
なぜ席に座るまで気づかなかったのか。考えてみれば、登校してから誰の姿も見ていないような気がする。
尋常ではない状況に、再び頭を抱える。
妙な眠気と、高鳴る鼓動。学校全体の空気感が違う。まるで別の場所にいるようだ。
そんな状況の中で――――――ゆっくりと教室の扉が開かれていく。
「あ。いた」
教室に入ってきたのは、五組のクラスメイトの一人だった。
爽やかな笑みを湛え、昂大に近づいていく。
「見つけた!」
「いた!!」
「待て、俺が行く!!」
「私が!!」
生徒たちが雪崩のように教室に入り込んでくる――――――。
皆、表情に何の曇りもない。いつも通り、普段通りの自然体だった。
しかし、人波は昂大に向かって次々と迫って来る。
全員の腕が伸び、昂大を捕まえようと迫って来る。
「……は」
殺気も敵意も感じられない表情と矛盾した強引な動きに、昂大の反応が遅れてしまう。
逃げようとした時には手遅れで、為すすべなく取り押さえられてしまった。
「お、重いって……っ」
圧し掛かられ、もみくちゃにされていく――――――。
すると一転、生徒たちの顔から笑みが消え、青筋が立った。
「俺が捕まえたんだ!!!」
「離せ!! 俺や!!」
「はあ!? 私だけど!」
「最初に触れたのはウチなんやけど!!」
やがて、生徒たちは乱闘し始める。
男子も女子も、胸倉を掴み、拳を振るい、蹴りを繰り出し――――――挙句の果てには本や箒などを持ち、攻撃し合っている。
「な……んだ、これ」
まさに混沌だった。理性もない、優しさの欠片もない、動物的本能のような暴力と怒り。
昂大はこの理解できない状況を、ただ茫然と見続けることしかできなかった。
やがて一人の男子生徒が本で殴られて意識を失った。
血が、床に飛び散っている。
だが混沌は止まらない。ますますエスカレートしていく――――――。
「何……してんだ」
昂大の時間がようやく動き出す。腹の底から怒りが湧き、大きな声を上げる。
「やめろ!!!」
昂大の叫びに、ピタリと喧騒が収まった。
――――――パン。パン。パン。
教室の外で、誰かが手を叩いた。その人物は堂々と教室に入って来ると、昂大に近づいていく。
「みんな……駄目だよ。喧嘩しちゃ」
教室に入って来たのは、まっさらな笑みを浮かべた雪だった。教室に飛び散った赤い血を眺め、慈愛に満ちた表情で怪我人にハンカチを手渡す。
「ほらみんな、仲良くして。ね?」
雪の言葉に、生徒たちは一斉に武器を下ろし、雪の傍に寄る。
「ご、ごめんなさい……」
「喧嘩したのは、その」
「違うんです! 嫌わないで……」
生徒たちは膝をつき、涙を流し、雪に謝罪する。
その異常な光景を前に、昂大の背筋に悪寒が奔った。
「なんだよ……これ」
怯える昂大を一瞥した雪は、満足そうに微笑むと、小さく言い放つ。
「じゃあ早く、昂大君を捕まえて」
ギロリ。
昂大に向け、一斉に視線が向けられる。今度は正確な動きと統率されたチームワークが発揮され、昂大は雪の前で跪いて拘束された。
「驚いた? これが私の臨起だよ」
「ち、ちからって……」
「臨起。へえ、臨起のことも、君は教えられてないんだ」
雪は体を抱えるように腕を組む。
「ほんと……虫唾が奔るよ」
雪の怒りに呼応するように、昂大の頭に痛みが襲う。
気を失った昂大を見た雪は、生徒たちに笑みを向ける。
「ありがとうみんな。じゃ、運んでね」




