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アンズの小鉢料理帖~時々、定食屋常連観察日記  作者: 皆見アリー


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おまけ

その日の就寝前の自由時間、紙問屋の使用人たちが初めて食べた宮廷のお菓子について感想を言い合っていた。

年に1回、新年の時にしか食べられない宮廷から御用達に下賜された菓子である。

紙問屋の主人たちは人が良くて、下賜された菓子を使用人、工場の職人にまで分けてくれるのだ。

今回は御用達20年目の特別な菓子だ。


「…でもさー、上品すぎて味がよくわかんなかったなー、宮廷の菓子」

普段食べられない高級だろう菓子に夢見心地だった使用人たちだが、この言葉で状況が一変した。

「若奥様の饅頭の方が美味い」

「おま、しー!不敬罪!」

流石に宮廷からのもらい物と手作りの饅頭を比較するのははばかられる。

全員で口を押え黙るが、その間思い出されるのは、宮廷の菓子ではなく、若奥様の饅頭の味である。

「若奥様の芋餡の饅頭美味いよなー」

「俺、フツーのあんこ」

「栗よ、栗!」

「白あんよ!」

こうなっては止まらなくなった。

甘い饅頭だけでなく、肉まんの具でも意見を交わし合う。

「若奥様、故郷のチーズをトマトと一緒に具にした饅頭作ってくれたんだ…」

そう言ったのは、乾いた荒地から出稼ぎに来ているまだ16歳になったばかりの青年だ。

「チーズは故郷の味だけど、トマトは俺にとって都の味で…合わせた饅頭マジで美味かった…」

しみじみとした言葉に一同目が潤む。


結論は全員一致だった。

「全部うまいけど、皮が美味すぎる」

宮廷からの菓子の味など忘れて、全員の口が饅頭を食べたくて仕方がなくなった。

「若奥様の饅頭食いてー!」

「それな!」

全員がまんじゅうを食べたいという欲求を抱えて眠る羽目になってしまった。


翌朝、小鉢用の副菜を作った後に、アンズはなにやら材料を集め出した。

厨房の使用人たちが目ざとくアンズの元にやってくる。

「若奥様、どうされました?」

「あ、昨日の夜、コウさんが饅頭を食べたいって言いだして…」

厨房の使用人はもちろん、厨房の近くを歩いていた使用人もピクリと耳を動かし、動きを止める。

「宮廷のお菓子を食べたら急に食べたくなったみたいで…甘いのがいいって言うから…中身は何がいいかしら?あんこを炊くには時間がかかるから…芋餡がいいかしら?」


昨夜、急にアンズの作った饅頭を食べたいといったコウ。

小豆を水につけとこうとしたが、「多分朝になれば忘れている」とコウは言った。

しかし、朝になってさらに饅頭欲が増したと朝一番、「おはよう」のあとに申し訳なさそうに告白されたのであった。

「アンズさんの饅頭が食べたいです」と。


使用人たちは大きく頷きあった後、いつもよりもキビキビ動き出した。

「お芋、貯蔵室から取ってきますね」

「少し予算がありますから、あんこと白あんを買ってきてもいいかと」

「全員分はないんですけど、おやつで買った白花豆の甘煮が少しあるんです!」

「栗の甘露煮…使っちゃっていいですよね!?」

「え…と、みんな急にどうしたの??」

アンズが目を丸くすれば、使用人たちが詰め寄ってきた。

「若旦那様と同じです」

「昨夜、若奥様の饅頭が食べたくなって」

「我慢しきれないんです!」

「あの…できればしょっぱいのも…!」

「チーズ入れてください!!できればトマトも…」

使用人たちの必死の訴えにアンズは軽やかに笑う。

「若奥様、乾燥させたトマトもありますし…」

「みんなで作りましょうか?」

厨房からいつもよりも大きな歓声が上がった。


その日のおやつは大きな蒸籠で蒸したたくさんのお饅頭が出された。

饅頭欲を満たされたのはコウや使用人や職人だけでなく、紙問屋の主人とその妻も、なぜか時間を見計らったようにやってきたアンズの両親含めた全員だった。

甘いのとしょっぱいの、1人2個ずつふかふか、ホカホカの饅頭を食べた全員の声が揃う。

「美味い!」

「美味しい」

饅頭を作ったアンズは嬉しそうに笑った。

一緒に皮を作り、餡を詰めた厨房の使用人たちも満足そうだ。


昨夜の上品な宮廷からの頂き物のお菓子より味のはっきりしたお饅頭。

コウも満たされて、目を細めほんわかしている。


アンズは少し呆れたように美味しそうに饅頭にかぶりつく父、皇帝シュレンを見やる。

毒見をしなければ食べ物を口にできない宮中の皇帝。

ふかふかでホカホカな饅頭をお妃さまや子どもたち、重臣たちと一緒に頬張ることは叶わない。


宮廷でふかふかでホカホカなお饅頭を食べてもらえる方法はないかとアンズは思った。


大順帝国は歴史書でシュレンの治世を「地を染める朱 天に順い 藍となる」としるされる。

朱は皇帝や皇帝の威光のこと。

皇帝もその権威も栄えようとも滅びようとも天の差配に順う

藍とは大順帝国で根付く華やかな文化、美味しい食事、身分の上下なく豊かに幸せにあることだ。


この国を統べる皇帝やお妃さまや子どもたちなのに、美味しいごはんが食べられないのは「藍」に反するんじゃないだろうか。


だからアンズは思う。

いつか、このふわふわでホカホカの美味しい饅頭を皇帝やお妃さまや子どもたちも一緒に食べられたらいいのに、と。


これにて一旦終わりです。

読んでくださりありがとうございました。


アンズちゃんとコウくんの美味しい幸せがいつまでも続きますように。

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