エピローグ 1
新年の祝賀会。
皇帝シュレンは重臣たちのあと、長年御用達として貢献してくれた問屋、商家、職人連合への挨拶の場に姿を現す。
その姿は御簾の奥、皇帝の言葉はそこから側近を通じて彼らに伝えらえた。
直接姿を見ることも声を聞くこともかなわないが、彼らにむけられる祝辞には皇帝の万感の思いが込められていた。
この国の頂点にありながらも、皇帝はさながら一人で街歩きをしているかのように、都や地方に住まう人々の生活に寄り添っていた。
皇帝の姿を見られるのは10年もの長きに御用達の立場を守り切った問屋や商家、職人連合だけだった。
商売状況だけでなく、取引先や従業員との関係まであらゆるものを監査されたうえで守れる御用達の立場。
今年の新年の祝賀のあとには、20年の長きにわたり御用達でい続ける紙問屋が皇帝と謁見し、皇帝はその姿を見せ直接言葉をかけることになっている。
宮廷で正妃に支度を手伝ってもらっている皇帝シュレンはとにかく落ち着かない。
「どうしました?陛下」
「紙問屋の謁見…」
「はい…ああ…いつも通り堂々としていればいいのです」
「いつもどおり??」
いつもどおりがわからないと眉を八の字に下げる皇帝の頬に正妃はそっと頬を撫でた。
全くこの人は…と大きい溜息をつきたいのを正妃は我慢する。
市井の妻、皇帝の最愛との娘が宮廷御用達の紙問屋に嫁いだの前年の春の芽吹きのころ。
今回の謁見では娘が嫁いだ紙問屋の若旦那が現れるのだ、娘を伴って。
しかも、娘は妊娠5か月ほどで、先日も市井から戻ってきた皇帝の口から娘の体調が安定していると聞いている。
嫁いだとは言え、娘とは市井ではそれなりに顔を合わせている。
宮廷で皇帝として顔を合わせるのは今回が初めてのことだ。
想像するまでもなく、真面目だが気弱と聞いている娘婿は青い顔をしていることだろう。
一方で、娘は宮廷と言う場はともかく、シュレンに会うことにそんなに緊張していないのではなかろうかとツィーアは考える。
たぶん、娘よりも娘婿よりも2人の前で皇帝の顔をしなければいけないシュレンが一番緊張している。
正妃は市井にいるシュレンの最愛を思って、シュレンの両頬をぎゅっとつねった。
「うわ!ツィーアさん!」
「さあ、腑抜けた顔をしては重臣たちになめられます。貴方の娘にも娘婿にもこの国を統べるその姿を見せてらっしゃい」
「はい!」
シュレンは大きく深呼吸をして、新年の祝賀に向かうため、扉を大きく開けたのであった。
希代の放蕩息子として有名だった紙問屋の若旦那。
美味い飯で放蕩を辞めて、20年御用達を続ける家業の代表として皇帝への謁見にやってきた。
他の御用達とともに皇帝からの祝辞を受けるだけならまだしも、今回は紙問屋を代表して、皇帝との謁見をすることになっている。
他の御用達たちは神妙な顔で皇帝からの祝辞を受けたあと、宮廷から下賜される菓子を受け取り帰ってしまった。
中にはコウと同年か少し上の若旦那が来ている御用達もあったが、菓子を受け取るころには皆、緊張が解け、顔にも赤みが差していた。
なんなら菓子は使用人に預けて、このまま少し早いが、飲み行こうなどと声をかけあっている。
彼らはちらりとコウを見やって、「今度誘うわ」と声をかけただけであった。
コウの傍らには身重の妻がいる。
腹は若干大きくなり始めたころではあるが、酷かった悪阻が収まり、体調を見ながら厨房での料理もしてくれるようになった。
宮廷と言う場に来ても妻があまり緊張していないので、コウの震えも徐々に落ち着いてきたところだった。




