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アンズの小鉢料理帖~時々、定食屋常連観察日記  作者: 皆見アリー


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22 梨の甘露煮

シキのお茶会について饅頭屋のおばちゃんに話したら、二つ返事で了解してもらえた。

「紙問屋の奥様の内輪のお茶会ね。甘いのとしょっぱいのとなると…そうだねぇ」

「出回る食材も切り替わる時期だから…初物と名残を合わせるのがいいかしら?」

「なにか考えているかい?」

「うん、トマトが出ている時期に…とおっしゃっていたから、トマトと豆腐の和え物、もしくはお口直しを兼ねたトマトと卵の汁物。トマトを汁物にするなら、干し豆腐の和え物、キノコの佃煮、さつまいもの甘露煮、キンピラみたいな辛めの小鉢も考えてもいいかなって」

アンズが考えている副菜をあげれば、ふむふむと饅頭屋のおばちゃんは考えた。

「だったら、栗の季節にはちょっと早いから、饅頭は小豆餡と白あん、普通の小籠包はどうだい?あと一品あってもいいと思うけど、奥様方のお腹の具合次第かね?」

「うん、いいと思う。シキさんにも報告して、相談してみるね。おばさん、皮づくり一緒にしていい?」

おずおずとアンズが聞けばおばちゃんは深く頷く。

「あんたに美味しい饅頭の皮の作り方教えてやるよ。覚えたら紙問屋にいる未婚の娘たちにも教えておやり。良い縁談のきっかけになるから。それにあんたの子にもだよ」

思いがけないことを言われてアンズは顔を赤くする。

結婚すると言うことは、そう…子供だっていつできたっておかしくない。

「もう、おばさんったら…まだ先よ」

「先だけど、もうすぐのことだよ。アンズちゃんだって、4つ5つの時には定食屋を担う立派な看板娘だったんだから。10年も経たないうちに娘と一緒に饅頭を作ることになるよ」

アンズは嬉しそうにこくりと頷いた。


コウの母親シキはアンズが提案した料理を聞いて、さっそく予定を組み始めた。

今日から14日後に開催と決めたのであった。

もう一品追加するかどうかに関しては、シキも悩んだが、アンズの提案した梨の甘露煮とお茶を用意することで落ち着いた。

「お茶会最後に甘いさっぱりしたものと少し渋めのお茶はいかがでしょう?」

「甘露煮は甘くしすぎないようできる?」

「はい。梨の自然な甘さを生かしますね」

アンズの提案にシキは嬉しそうに目を細めた。

梨の甘露煮であればお腹がいっぱいでも食べられるし、最後に甘いものが出てくれば少し物足りなくても十分満足させてくれる。


お茶会前日の夜、コウが申し訳なさそうに言った。

「明日のお茶会、母に自分も手伝いに行くと言ったところ、男子禁制と言われてしまいまして。アンズさんとお母さんとおばさんに押し付けてしまうのですが」

「大丈夫ですよ。お茶会の料理やお茶を考えるのも楽しかったですし、おばさんから美味しいお饅頭の皮の作り方教わったんです」

「そうですか…母が羨ましいです…」

コウの言葉にアンズはキョトンとする。

「…アンズさんが作った饅頭を食べられるなんて…自分はまだ食べてないのに…」

恥ずかしそうにコウは視線を逸らしたが、アンズはそんな仕草もなんだか嬉しくなった。

「今度作りますね」

「楽しみにしてます、では」

「またお待ちしてます」

コウを見送ってアンズは後何度コウに「またお待ちしてます」というのだろうと考えた。



お茶会当日、シキが連れてきたのは総勢14名にもなる女性たちだ。

年齢はシキと同世代からアンズと同世代までどういう関係なのかはさっぱりだが、シキは「内輪のお茶会」と言ったのだ。

であれば、内輪のお茶会らしく、気楽に楽しんでもらえるよう、裏方に徹するのがアンズの役割だろうと思った。

「アンズちゃん、今日はよろしくね」

「はい、ようこそいらっしゃいませ」

通いなれたシキはともかく、連れてこられた女性たちは古いぼろい定食屋に足を踏み入れるのを躊躇した。

見たところ良いところの奥様、お嬢様なのかもしれない。


しかし、店内からふんわりとただよってきた甘い湯気の香りにさそわれた。

店内は清潔で、質素ながら落ち着いた空間だ。

古いボロいのが気にならないどころか、落ち着く空間の一種の演出のようにも感じられた。

店の中央に準備された卓には生成りの大きな布がかけられており、その中央にはえんじ色の細長い布が卓がかけられていた。

お皿と箸、匙、お茶用の湯飲みが2個、各席の前に用意されている。

女性たちは普段行くお茶屋さんとよく似た形式にふっと肩から力が抜けたのであった。

そして、普段通り思い思いの席に着く。

そして、シキの合図で料理を順番に出し、内輪のお茶会が始まったのだ。

シキが「アンズちゃん」と呼びかけるため、女性たちも用があればアンズを呼び止めるようになった。

どれもこれも大したことではなかった。

布巾を貸してほしい、少し薄めのお茶が欲しいなど。

そして、アンズの小鉢もおばちゃんのお饅頭も女たちはそれぞれ一口食べて、「美味しい」を口にした。

「美味しい」を口にして、中にはどんな調味料を作っているかを聞く女性もいる。

アンズが普段使っている調味料はごく一般的なものだ。

「もう、皆さん、そんなに詰め寄ったらアンズちゃんが困っちゃうじゃない?」

「でも、この美味しい秘訣を知りたいのよ」

「それはね、愛よ、愛。アンズちゃんの愛情がたーっぷり入っているもの。ね!アンズちゃん」

「え!?」

シキに話を振られて、全員に注目されてアンズは流石にびっくりしてしまった。

「愛…と言っていいかわかりませんが…美味しいと言われると嬉しいので、美味しいものを作ろうって思ってます」

「それが愛よ、アンズちゃん」

「はい…」

女性たちと言葉を交わすアンズを見て、おばちゃんはシイカに視線を向ける。

シイカがアンズの姿を見て、嬉しそうにしているのを見ておばちゃんはシイカに言った。

「あの子はちゃんと奥様衆にも可愛がられるよ、シイちゃん」

「ええ…よかった…」



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