17 お見合い
春、温かくなり始めたときにアンズは母シイカから見合いの話を持ち込まれた。
「お見合い?」
シイカは静かにうなずいた。
「相手は紙問屋の若旦那ですって」
「…!?紙問屋の若旦那って…!うちよりもずっとずっと大きなお店で、使用人もたくさんいて…」
紙問屋の若旦那と言えば希代の放蕩息子という噂が先に出てくると思えば、アンズは思い浮かばなかったらしい。
「そうはいっても、お相手探しの一環だというし、会って気に入らなければ断ってもいいっていうのよ」
「でも…」
突然のことで戸惑っているのだろうけど、アンズは口ごもる。
「誰か好きな人でもいるの?」
「…そう言うわけじゃないけど…」
一瞬の間をおいて答えるアンズにシイカはその一瞬で誰のことを考えていたか察するのだ。
「相手から断られることもあるし、これからお見合い増えるだろうから、練習がてらにちょうどいいんじゃない?」
「うん…お見合い増えるの?」
母の言葉が信じられず、アンズは問い返す。
「よい年なんだから、そりゃあ増えるわよ。そういうものだもの」
母の言う「そういうもの」がアンズにはよくわからないけど、これから増えるお見合いの練習というのはなんとなくアンズに府が落ちた。
定食屋で話すのと勝手が違うだろうから、話す練習と思ったお見合いだったのに、出てきた相手にアンズは言葉を失ってしまった。
紙問屋の若旦那とのお見合いは仲人さんに「普段着でどうぞ」と言われたものの、アンズの普段着と言えば定食屋の前掛け姿である。
改めて普段着ている服を見れば、襟や袖、裾は擦り切れているし、前掛けをしていても油じみができている個所も多い。
流石にお見合いには着ていけない。
と言うわけで、一着ちょっといい服を買った。
アンズがお見合いと言うことは近所の年の近い仲良くしている女の子たちがお嫁入してもおかしくない頃だ。
そう言った場にも帯や襟を変えることで着られるように深みのある若葉色の一着だ。
色を見て小物に選んだのはそら豆のような淡い緑の襟と赤いトマトのような髪飾りである。
母シイカは薄い茶色の服で同系色の帯や小物でまとめていた。
仲人さんが迎えに来てくれて、連れたってやってきたのはアンズが今まで足を踏み入れたことのない高級な茶屋である。
1階は男女の逢引きにも使える場所であるが、2階に案内されれば完全に隔離された静かな部屋がいくつも並んでいた。
「…母ちゃん…帰りたい…」
扉の前で怖気づくアンズにシイカは困った顔をし、仲人さんはおやおやと言った。
「ここまでいらっしゃったのですから、あと一歩でいいのですよ」
そう言って案内された先からは聞きなれた声が聞こえてきた。
「…父ちゃん?」
「アンズ、シイちゃん。先に案内してもらったんだ」
役人の制服を着た父親であるシュレンが茶を片手にアンズとシイカを振り返った。
「帰らなくてよかったわね、アンズ。来られてよかった、シュウちゃん」
「抜け出してきたんだ…帰ったらあちこちから小言食らうだろうが、気にしなくていい」
小言を食らわせるのはお妃様達と父ちゃんにまかれてしまった帝国の影たちだろう。
父ちゃんがここにいることにも驚いたが、それ以上に驚いたのは父ちゃんと談笑をしていた相手方の両親だ。
静かに座っていた相手も席を立ち、アンズを見つめている。




