8トマトの汁物
先日、蒸籠で買った蒸し直した饅頭だって、おやつにした使用人から絶賛だった。
初めは普段、使用人と口も利かないコウが厨房の使用人を呼び止めたから怪訝そうな顔をされた。
大きな蒸籠を突き出してそのまま逃げようとしたところに、世話役の爺やに注意をされたのだ。
「坊ちゃん、ただ突き出したのでは、わかりませんよ」
「あ…う…その…皆のおやつに…していい…」
「していい?」
「あの…みんなで食べて!おいしいから!」
世話役に静かに威圧されて、コウは少し大きな声を張った。
厨房の使用人は蒸籠の蓋を開けて、饅頭、餃子、シュウマイ、小籠包が並んでいるのを見て、目をぱちくりとさせた。
大きさが違い、数がまちまち、使用人全員に均等に分けようとすると不平が出てきそうだ。
厨房の使用人が困っているのを見て世話役の爺やがふむと言って、ひげを撫でた。
「坊ちゃん、せっかくだから、坊ちゃんが蒸し直してもらえませんか?」
「え?自分が?」
「いいから」
世話役の爺やに言われるまま、コウは厨房のかまどの前に椅子を置き、蒸籠の様子を見ていた。
厨房の使用人たちはコウの存在があってもなくても、蒸籠の様子を気にしているし、きびきびと働いている。
温め直した頃を見計らって、厨房の使用人が蒸籠を下ろし、ふたを開ければいい香りが広がった。
世話役の爺やが厨房の使用人に言って、饅頭を3分の1に切り分け、大きいシュウマイを半分にさせた。
そして、コウに蒸籠を持たせて使用人の休憩室に連れて行ったのである。
コウが入ってきたことに使用人たちは度肝を抜かれた。
今まで目も合わない、まともに口をきいたことのない坊ちゃんが何をしに来たと言わんばかりだ。
「坊ちゃんが、皆を労って差し入れを持ってきてくれたんだ」
世話役の爺やの言葉に一斉に蒸籠に集まってきた。
「1人1個ずつだ」
使用人たちは手づかみでそれぞれの口に運んだ。
口々に出てくる「美味い」「おいしい」にコウの目元が潤んだ。
「さて、1個余りましたな。坊ちゃんもお取りなさい」
「えっと…自分は…」
使用人たちがおいしそうにもぐもぐしながら、躊躇するコウの姿を捕えた。
「いただきます…」
そう言って、残っていた饅頭を口に運んだのだった。
「坊ちゃん、ありがとうございます」
「美味かったすよ!」
「残りの仕事も頑張れそうだ」
そう口々に言って、それぞれの仕事に戻っていったのだった。
温かい饅頭を食べて、コウは腹はもちろん、足りない何かが満たされた。
それから、コウは毎日定食屋に顔を出した。
基本は夜来るが、昼来るときはコウが休みの時だという。
そして、4日の営業日で1日だけ昼も夜も顔を出すのだ。
「5回で先払い銀貨1枚分だから、わかりやすいと思って」
とコウには論理が通じる言い訳をした。
トマトと豆腐を和えたものや冷ややっこにさいの目切りをしたトマトとごま油をかけたものとコウは随分とトマトと豆腐が気に入っているようだ。
豆腐はともかく、トマトは季節ものだ。
次の入荷は来年の初夏になるだろうか、アンズはそんなことを考えたときには、コウが常連になって1か月経っていた。
その日は昼営業にも夜営業にもコウは姿を見せなかった。
「トマト…今日を逃すと来年になるのに…」
ポツリとアンズは呟いた。
もうあまりいいトマトはないから、今日は汁物がトマトと卵と豆腐を使ったものだ。
そのせいか今日は主菜がピリ辛ネギのチャーシューとよだれ鶏、副菜を少し重くして、きんぴら、茄子の味噌炒め、キノコの和え物だ。
季節が少しだけ寒くなったから、寒い時期の食材が見えるようになった。
「そろそろ、暖簾と提灯下ろしてくるね」
アンズがそう言って店先に出るとそこにいたのはコウだった。
「コウさん!いらっしゃいませ」
「やあ、アンズさん。まだいいですか?」
「ええ、もちろん。お好きな席へどうぞ。暖簾と提灯を外してから伺いますね」
陽が落ちるとすっかり空気が冷たく感じるようになった。
だが、定食屋の中は変わらず温かい。




