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オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜  作者: 相竹 空区


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24/27

24話 ジョイント


 夜も街は眠らない。

 太陽の光が無くとも、文明の利器が夜を照らす。

 だがそれでも、闇の中に人は居る。

 うしろ暗く、表には出せないような生業を持っている者などは。


「ひっひぃ!やめ──」

「だったら吐けって言ってるだろ!」


 少女ひとりにボコボコにされて、胸倉を掴まれ情けなくも慈悲を乞うてはいるものの。


「わかんねぇんだよ!?あのヤクはメチャ貴重で高いから、俺らみたいな安物売ってるプッシャーには降りてこねえって!」

「じゃあ誰なら売ってる!?どうされたら痛いかって、僕は知ってるからな!」

「分かった分かった!こういうのはデカいバックが付いてるとこが売んだよ!」

「それは何処!」

「ここらの地区だとクラブ……とか?」


 ヘラヘラと笑う売人を殴り倒し、ブリンクは安堵でため息をひとつ。


「よし……ようやく当たりだった」


 ブリンクが今日、こうして売人を尋問(・・)したのはこれが最初ではない。

 何人もこうして情報を引き出そうとし、どれもハズレで焦っていたのだが。

 スマホで周辺のクラブを検索するブリンクは安堵していた。

 それでも緊張感はどうしても拭えずに、ゴーグルの下の眼差しは鋭いもの。

 

「って、この地区にクラブ幾つもあるし……!」


 慌ててスマホで各クラブの評判を調べて……首を傾げた。


「ネットで分かったら苦労しないよね……」


 ここで一旦停止かと、もしくは片っ端から襲撃するかと僅かに思い始めた頃……ブリンクのスマホにメッセージが届いた。

 このスマホに連絡をする人間などせいぜい2人。

 そのうちひとりが入院しているのなら、送ってくるのはひとりだけ。


「ルミナスルミナスルミナス……!やったね助かる!」


 こうして尋問ツアーをする前に、メッセージを送っておいたルミナスからの情報提供。

 普段のルミナスからは考えられない短文で送られてきた場所の上には、ブリンクが送った懇願に近い押しの強いメッセージが残っている。

 

「よし、よし……!ここから1番近いのは……」


 地図アプリと見比べて、確かめた場所は現在地からも近かった。

 焦りも多い中ではあるが、希望が見えてブリンクの表情も明るくなる。


「たぶん今日が一斉摘発の日……ルミナスには中々連絡付かないし、これはホント大変かも」


 ともあれ本番はこれから。

 力を入れる方向を理解して、ブリンクは跳ぶ。

 普段は中々飛ばない夜の街は、やはり普段とは違う感覚を与えるもの。

 いけない事をしている背徳感、危険であると理解しているからこそのスリル、それの裏返しとなる攻撃性。

 それに加えて今のブリンクには不確かな時間制限が存在するのだ。


「手遅れになる前に、叔父さんに薬を届ける……!」


 だからこそ、今日のブリンクは少々過激な手段を厭わない。

 目的のクラブの前に到着し、入る方法を悩む必要もなく忍び込む事を選択した。

 裏口から、テレポートを駆使して警備を倒し、特筆する事もないようなアッサリとした侵入だ。


「うるさ……こんなの何が楽しいんだろう」


 激しい照明の明滅と、内臓を揺らす重低音。

 クラブの中に潜入したブリンクが最初に感じ取ったのはそれだった。

 それ以外は人混みばかりで、個々人が読み取れる事もなく、大きく人の坩堝といった様相。

 とにかくその中から、このクラブの責任者を探そうとすれば大変だっただろうが……ブリンクには、真っ先に目についたものがあった。


「偉い人は全部を見下ろす高い場所に居るものでしょ。あそこかな」


 全てを見下ろす玉座のように、吹き抜けの2階部分にはVIP用のエリアがあった。

 そこへ渡る為の階段には、スーツを着た体格の良いガードマンが威圧的に検問をしているのだから、一見すると忍び込むなど難しいように思えるが。

 

「よっ──と」

「!?なんだ!」


 テレポートを使えば何処へだって入っていける。

 突然VIPエリアに現れた珍客に、驚く者や懐に手を伸ばす者。

 反応の違いはあれどもブリンクに対する敵意には違いなかった。


「ここの偉い人って誰?」

「オーナーは私だが。いくらなんでも無礼じゃないかね、ブリンクさん」


 ブリンクの質問に答えたのは、ソファに腰掛けた身なりの良い男。

 高いスーツに高い腕時計、身に付けた物の価値で判断するならば相当な権力者だろうか。

 その資金源に目を瞑れば、だが。


「僕の事知ってるんだ。結構有名になれたのかな」

「テレビに新聞、ネットまで……貴女の話題は絶えませんよ。ブリンク──無法者か、正義の味方か。能力者に正義はあるのか?なんてね」

「知ってるなら分かるでしょ、言う事聞いた方が良いよ」

「おおっと、これは怖い。まるで悪人のセリフではありませんかブリンクさん。ヒーローの貴女が──ああ間違えた。これでは犯罪者のブリンクだ。と言う事はまさか……善良な一市民である私が、ヒーローモドキに脅されているのですか?これはいけない」

「ペラペラ話長いなあ……!」


 話が長い、というのは今日のブリンクにとっては神経を逆撫でする。

 時間に追われているというのに、長々と話されては堪ったものではない。

 怒りに任せて一歩踏み出せば、護衛の黒服達が銃を構えた。

 オーナーはニタリと口の端を吊り上げ、勝ち誇ったように笑う。


「今日、一斉摘発があるとか……残念ながら、ここには何もありませんよ。ただ丁度良いタイミングでしたね。こうして貴女を──」

「だからうるさい……!」


 ブリンクの姿が消える。

 銃を構えた黒服達もテレポートである事は分かったが、何処に移動したのかが分からない。

 元が小柄なブリンクだ、更に屈めば薄暗い中では見えづらい。

 だが、鳴り響く重低音に混じり、フライドチキンを折ったような音と悲鳴がが聞こえた事で、その場の緊張感は一気に高まった。


「ぎぃっ!?」

「があっ」

「脚が!?」

「おい何してるガキ相手に手こずってんじゃ──」


 オーナーの視界に映る黒服が、照明の明滅と共に倒れてゆく。

 少女の細腕から放たれる拳ひとつで、大の大人の膝が逆に折れ曲がり、顎が90度曲がり、肩が背中に回っている。

 予想だにしていなかったのだ。

 ヒーロー(能力者)が手加減無しで暴れ回ると、こうも簡単に人体が破壊されてゆくなど。


「──ひっ」


 恐怖に駆られたオーナーが、ハンドガンを手にやたらめったらに撃ちまくる。

 しかし倒れるのは黒服ばかり。

 上司に撃たれて倒れ伏した黒服の、苦悶の声と血が口から漏れる。

 激しい音響にも関わらず、それら人が壊れる音はよく聞こえた。


「クソッ……なんでこんな!」


 階段を下り、オーナーは逃げ出した。

 フロアに突入し、人混みを掻き分け逃げ出そうとして。

 スピーカーの前の客達は、銃声に気付かず踊っているものだから、逃走の妨げになっている。


「退け!道を開けろ!私は──この店のオーナーで……成功者なんだぞ!?クソが退けえ!」


 ハンドガンを天井に向けて数発発砲。

 それで道を開けようとしたのだが、思惑通りに人が逃げ始めた時、後頭部を蹴られて倒れ伏したオーナーは、背中を酷く踏み躙られて逃げ遅れるばかりだった。


「何故、こんな……」

「もう誰も居ないよ。だから薬の場所教えてよ」


 高級スーツは踏み跡だらけ、腕時計も割れてしまった。

 そんな中でも徐々に近付く背後から聞こえた声に、銃を向けるくらいは出来た……のだが。


「な──!?」

「教えてよ、早く」


 いつの間にかブリンクは目の前に居て、銃を握った腕を両手で掴んでいるのだ。

 そしてその力を徐々に強くして……


「がっ!?うぎぃっ!?」


 手首ごと、雑巾を絞るように捻じ回す。

 骨も筋肉もズタズタで、ハンドガンを取り落とすのも無理ない事だった。


「悪い物は、没収だね」


 こうして格好付けてハンドガンを奪ってみても、素人のブリンクに分解なんて器用な事は出来やしない。

 代わりに、膂力に任せてスライドを引き剥がし、不可逆な分解(・・)をしてみせた。


「君の身体でも同じ事が出来るから」

「お、お前ヒーローだろ!?」

「君が言ったんでしょ、ヒーローモドキの偽善者だって」

「おい待て……何する気だよおい!」

「薬の場所を僕に教えたくなるような事」

「分かった分かった!クソッ!なんでこんなイカレたガキに……」

「イカレたガキは早く薬の場所を知りたいよ。だから早く!」


 裏社会の住人を脅し付け、十分な効果がある程度にはブリンクには脅威がある。

 テレポートを含む暴力に、それを扱う衝動的で未熟な精神。

 それらを刺激してしまえば、大人の損得では想定出来ない行動に及んでしまう実感と経験が、短い時間で存分に与えられた事だろう。

 この短時間で何本もの骨を折り、そうして手に入れた場所の情報にブリンクは満足げだ。


「こ、これで良いだろ……?な?」

「悪人は、退治しないと」

「おい待て……止めろやめ──っ」


 拳に生木を割るような感覚を残して、ブリンクはクラブを後にした。

 テレポートで郊外へ。

 違法薬物の集配拠点へと。


「よし……ヒーローと警察より早く着いた」


 薄暗い倉庫街、そこには夜間だというのにトラックや警備の人間が複数居る不自然な一角が存在した。

 摘発に遭わないように逃した禁製品をかき集め、一時的に保管しようと人と物の動きが活発なのだ。

 ブリンクは、そんな様子を近くの倉庫の屋根から伺っていた。


「僕はとにかく薬を取ってきて、叔父さんのとこまで持って行けばいい……後はヒーローがなんとかする」


 集中すべき事に集中し、ブリンクは目当てのドラッグが何処にあるのかを探しにテレポート。

 人目を避けて、様々な荷物が集められた棚へと到着した。


「こんな時にルミナスが居たら……駄目だ、持ち去った事がバレるんだった」


 とにかくここに全てを集めたのだろう、何処からか運ばれてきた荷物にはカーペットやぬいぐるみといった、ドラッグを隠す包装用の品物から、白い粉まで多種多様。

 荷物に隠れて中身を漁れども、目的の青白い光は中々見つからないままだった。


「少し、少し考えよう……あの薬は貴重で数が少ないって言ってた。なら他とは違う場所に置くのかも?」


 と、より効率的な捜索について考え始めた時、ブリンクのスマホが振動し始め、耳に付けたインカムで受け取る。

 やはり、連絡してくる者はひとりだった。


『やっほ〜何してるの〜?』

「良い事……さっきはありがとう」

『まぁ〜正直ヤバいっぽい?感じするけどねぇ。ローエーだし。でも辞める〜って言ってた友達が必死になってるなら、一肌脱ぐくらいしたい気持ちがあるってもんですよぉ』

「それは……その、ごめん。危険な事させて」

『やるって決めたのはウチだからねぇ、気にしないで〜。それに、1番危険な場所に居るのはそっちなんでしょ〜?』

「え?ええっ……と?」

『誤魔化すの下手っぴ!何処居るのか分から──あ〜、ケイが呼んでる。ウチ行くねぇ、それじゃ〜』

「それじゃあ……待って!今からその、悪人の本拠地に行く感じ?」

『そだよ〜来る?』


 遊びにでも誘うような言葉ではあるが、その質問には力になってくれるのか、という言外の意味が含まれる事くらいはブリンクも理解している。

 その上で、どのように返事をするか悩み……絞り出した答えは当たり障りのないもの。


「行けたら、行くよ」

『はいは〜い、待ってるねぇ。ウチも、たぶんケイも!』

 

 まるで遊びに行く約束のような、気の抜けた会話。

 とても犯罪組織への攻撃を行おうとしている者の会話ではない。

 

「もう少しでヒーローが来る……急いで薬を見つけないと!」


 ブリンクは周囲を見回す。

 見回して、人の多い場所……警備の厳しい場所を探す。

 今のように、簡単に探れてしまうような場所に目当ての物は無いだろうと考えて。


「もうバレてもいい……早く見つける事優先で!」


 ブリンクは跳ぶ。

 とにかく捜索する為に、人目を逸らしたいと考えて手近な人間を殴り飛ばす。


「なんだお前──がっ!?」

「ヒーローか!?」

「警告ナシかよ!?」


 騒ぎになれば人が集まる。

 一箇所に注意が向けば、別の場所を探りやすいだろうと考えて。

 

「そろそろ場所移動!」


 銃声が響き、周囲が俄かに騒がしくなり始めれば潮時。

 テレポートで離れた場所の捜索を始める。

 クリスマスプレゼントの包装を破くように、力任せに箱を暴いて目当てがないかと探して周った。


「何処にあるんだ……邪魔!」


 無秩序に暴れて人も物も壊して走る。

 怒声と銃声がブリンクを追い立てるが、テレポートがそれを見当違いな方向へと変えてしまう。

 ただひとりの素人に、能力があるからという一点によりいいように手に取られてしまう。


「何人居る!?」

「ひとりだよ、ひとり!テレポートしてんのよ!」

「ひとり!?ならとにかく銃持ってこい!弾幕で押し潰すぞ」


 だが、しかし。

 いかにテレポートがあれども、幾つも向けられた銃口から放たれる、これもまた無数の弾丸の全てを回避出来る訳ではない。

 ある程度頑丈なヒーロースーツ、そして常人よりは頑丈な身体。

 それらがあっても、ライフル弾はブリンクの肩や脇腹に突き刺さり鮮血を散らせる威力はあるのだ。


「ぐっ!ぁあ!?」


 走り、テレポートし、転がる。

 並べられた木箱と机の陰に飛び込んで、先客に向けて拳を振り上げた。


「うぁぁあ!」

「やめ、やめろ──!?」


 豪快に顔面殴り飛ばせば、やはり血が飛ぶ。

 しかしこの場に飛んだ血は、力んだブリンクの肩や脇腹から噴き出したものも相当量だ。

 目の前の敵を無力化──と呼ぶには些か乱暴な行為をし、生まれた意識の間隙に入り込んだ痛みに呻き、ブリンクは鮮血の垂れ流される傷を抑える。

 血が流れ、抑えた手が赤く染まる焦燥感に苛まれつつも、アドレナリンに後押しされた思考は周囲を見回し手当てに必要な何かを探させた。


「薬!僕はツイてる!」


 ブリンクが飛び込んだ場所。

 そここそまさに能力獲得ドラッグを置いていた場所。

 ヒーローが攻めてきた時の防衛用なのだろう、注射器すら用意されたこの場所を抑えられた事はまさに幸運。


「待て撃つな撃つな!商品が駄目になる!」

「撃ち方やめ!回り込んで確認しろ!」


 さらにそれが遮蔽物として最高の効果を発揮しているのなれば、更に幸運。

 ブリンクは爛々と輝く笑顔で机の上から注射器とバイアルを引っ掴み、血に濡れた手で薬液を吸い上げピストンを押し込む。


「っ──あぁは!」


 ブリンクの身体に刻まれた銃創が、ボコボコと盛り上がり傷を埋めてゆく。

 最後に吐き出すようにして、弾頭を排出しながら。

 非人間的な治癒により、ブリンクは絶好調。

 追加の気付け(・・・)で舞い上がり、口角は月のような綺麗な弧を描く。


「良い、かなり良い……!これはやっぱり効く!叔父さんにも使えば絶対治る!」


 箱の中に手を伸ばし、1ケースを手にして中身を確認すれば、口の端も更に吊り上がる。

 青白い光を湛えたケースは間違いなく目当ての物。

 だがしかし、それの本来の持ち主だって迫っているのだ。


「よし……ショットガンだ。回り込んだら商品に傷付かないように、撃て」

「ウス」


 倉庫内にどう、と激しく空気を叩く音が響く。

 散弾は血に濡れた床にめり込み他は無く、無人の空間に発射残滓を撒き散らす。


「何処消えた!?おい探せ!それと何人かこっち来い!スーパーパワーをくれてやる」


 荒くれ者共はより激しい戦闘準備を行なって、であれば姿を消したブリンクは?

 もう既に、テレポートで倉庫を後にしていた。


「よし、よし……!上手くいった!この薬があれば叔父さんを助けられる!」


 ブリンクの目的はあくまでドラッグを手に入れる事。

 組織の壊滅などは眼中に無く、それは後からやって来るヒーローの仕事だ。

 ケースを抱えて、後の仕事はこれを使うだけ。


「行かなきゃ……間に合わなくなる前に──?」


 だったのだが。

 ブリンクは不意に目が眩み、空中でふらりと揺れて適当な倉庫の屋根に着地する。

 膝を突いて、立ち上がろうともがいてみても中々身体が起こせない。


「な、なんで……早く行かないと、いけないのに」


 無理もない事だ。

 それなりの量の血を流したのだから、傷は塞がっても貧血にはなる。

 先程までは無理矢理動いていたものが、ドラッグを手に入れた安堵によって気が緩んだのだろう。

 息を整え、ケースを掴み直して、ブリンクがゆっくりと立ち上がるその後方で、サイレンの音が聞こえ始めた。


「もう来てる……やっぱり、急いでよかった」


 サイレン、メガホンでの投降を呼び掛ける声、それへの返答となる銃声。

 つい先程まで居た場所で起きるそれを他人事にして、ブリンクはゆっくりと立ち上がる。

 大切にケースを抱き締めながら。


「僕は……逃げるんじゃなくて、叔父さんを助けに行かないとならないんだ。だから、ごめん……」


 ブリンクは跳ぶ。

 ヒーローが正義の為に戦う場所に背を向けて。

 真っ当とは言い難い手段を用いて、己の不安を取り払う為に。


◆◆◆


 病院内を少女が歩く。

 時刻は夜遅く、パーカーを目深に被って顔を隠しているとなれば、疑ってくれと言っているようなものだ。

 しかしそれでも捕まらないのは、人目とカメラを避けつつテレポートで移動しているから。

 

「ブリンクに疑いが向くのは良くない……慎重にやらなきゃ」


 そうして目指すのは集中治療室。

 撃たれて重体の叔父さんが眠る場所。

 このままでは死んでしまうかもしれない、そんな状態で眠る場所。


「きっと近くにお母さんが居るはず……隙を見て個室に忍び込まなきゃ」


 可能な限り素早く向かわなければならないと、疑われない範囲でテレポートを駆使して院内を突き進む。

 監視カメラの記録上は存在しない透明人間として、辿り着いた個室の前でブリンクは扉を何度もノックする。


「?はーい」

「──居た!」


 扉が開いて中から母が出て来る頃には、ブリンクは姿を消して遠くから様子を窺っていた。

 ノックは聞こえた筈なのに、誰も居ない奇妙な状況に怪訝な顔をするのも無理はない事。

 ただそれでも、扉を閉めて部屋に戻ってしまえば意味は無い。


「ああ……何度も繰り返したら怒って出て来るかな。その隙に忍び込んで薬を叔父さんに……」


 思い付いたのなら行動は早い。

 乱暴に何度もノックして、慌てて隠れればやはり部屋の中から不快さを顔に表した母が出て来る。

 廊下の左右を見渡して、誰も居ないと分かればやはり閉じて戻ってしまう。

 ならばと再び同じ事を繰り返せば、今度は怒りに満ちた顔で飛び出して来るのだからブリンクの策は上手くいったという事だ。


「よし!あとは薬さえ──」


 テレポートで部屋に飛び込めば、最初に視界に映るのはベッドの上で身動きの取れない叔父さんの姿。

 包帯や様々なチューブやコードに雁字搦めの姿は、とても痛々しいもの。

 一定間隔で鳴る電子音が心拍を記録して、人工呼吸器を付けた息苦しい呼吸音が無機質な部屋に溶けてゆく。


「叔父さん……僕がもっとヒーローに相応しい事が出来ていたら、こんな事にはならなかったのかな。遊んだりせずに、もっと……」


 ブリンクは思わず後退り、手にしたケースを強く握ってはたと我に返った。


「でも、助けるから。ヒーローなら、絶対にそうする」


 ブリンクはケースから1回分のドラッグを取り出し、途中で盗み取ってきた注射器を使って吸い上げる。

 針先にポツリと雫が灯り、準備は完了。


「大丈夫、だよね。きっと目を覚まして、傷も全部治るよね。僕がそうなんだから、きっとそう」


 不安げなブリンクの頭にあるのは先日聞いた、このドラッグを使用した人々のその後の事。

 昏睡や様々な副作用が残った人々と同じような事が、自らの行動によって起こるかもしれない。

 そのような不安がよぎり……だが、ブリンクは自らを作り上げた魔法の薬(・・・・)を信じる事を選んだ。

 悩んだ時間はごく僅か。

 自らの身をもって知った、良い事の一方へと傾いた。

 

「お願い……効いて」


 祈りと共に薬液を流し込み、青白い光が静脈を流れてゆく様子を静かに確かめる。

 自分と同じ変化が起きる筈だと、息を呑んで時を待つ。


「お願い……お願い!」


 いつまで経っても瞼は閉じたまま。

 身体にも目立った変化はない。

 ただ、横に置かれた心電図モニターは、変動する心拍を捉えている。

 少しずつ早くなり……そして不意に、ベッドの周囲に光が生まれた。


「な、なに!?」


 ブリンクや、その他点滴や心電図モニターを囲うように現れた光はドーム状に内と外を隔離して、恐る恐る手を伸ばしたブリンクをパチリと痺れるような感覚で拒絶した。


「これ、シールド?はは、叔父さんらしいな……」


 このように能力が発現したという事は、ブリンクの仕事は無事完了したという事。

 安堵と共に笑うブリンクは胸を撫で下ろしてホッとひと息。


「これで、たぶん解決だ。傷が治れば叔父さんはいつか目を覚ます。僕が助けたって……知られたいような、知られたくないような……」


 ともあれ全てはブリンクの思う通りに事が進んだ。

 到底通り抜けられそうにないシールドも、テレポートを使えば通り抜けられる。

 あとは来た時と同じように帰るだけ。

 

「僕はまだヒーローだった……これだけの薬があれば、きっと──」


 ブリンクはこの成果に満足している。

 叔父さんは助けられて、ドラッグも再び手に入れた。

 だが、周囲で起きている事自体には無関心だ。

 街では犯罪との戦いが繰り広げられており、叔父さんはその戦いの中で怪我を負った。

 全ての中心にあるのは、ブリンクが大切に抱えたドラッグ。

 これの出現がこの街の治安を悪化させ、その副次的な要因としてブリンクの存在が確かにある。


 それでも、ブリンクは自らの存在を省みる事は無いだろう。

 何故ならば、良いとはブリンクの事で、悪いとはレイモンドの事だから。

 しかし、その2つは不可分。

 こうしてドラッグに頼り良い夢を見たのなら……辛い現実が襲い来るもの……


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