表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜  作者: 相竹 空区


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/27

23話 フラッシュバック


 レイモンドが最後にドラッグを使ってから、1週間が経とうとしている。

 こんなにも長く使わないのは初めての事だったが、離脱症状もなく、レイモンドはいたって普通の日常を……鬱屈した日常を送っていた。

 

「ただいま……」


 ペンキで汚れたパーカーで帰宅して、出迎えるのは暗い部屋。

 やはり叔父さんは忙しくしており、家を空ける事が多くなった。

 たまには帰っているのだろう、洗濯物は山積みで、レイモンドはそれらを洗濯機へと放り込む。

 そうして色とりどりのペンキで汚れたパーカーは……放り込む訳にはいかないので、溜め息混じりに脱ぎ捨て浴槽に放った。


「こんな感じだったっけ、僕って」


 楽しいブリンクはもはや遠くなり、生活は全てをレイモンドが占めている。

 家ではひとり孤独だというのに、学校ではひとりにさせてはくれないのだ。

 笑いものにされ、暴力に晒される。

 このような扱いに、ずっと耐えてきた生活ではあったものの、一度鬱屈したものを晴らすような、そんな良い状態を知ってしまうと感じ方も変わるもの。


「頑張るって、なんだよ」

 

 パーカーを洗う気力も湧かず、叔父さんの洗濯物だけ洗ってリビングへ。

 テレビをつけども、やっているニュースは他人事で、いつかのようにレイモンドの心を奮い立たせてはくれない。

 無気力に水を飲み、ふと暗闇に光るものが目に留まる。

 ランプを点灯させる固定電話は、メッセージが残されている事を示していた。


「なんだろう、珍しい……叔父さん、ちゃんと家賃払ってるよね」


 ともあれ受話器を取って内容を確認しようとボタンを押せば、聞こえてきたのは知らない声。

 言葉を選ぶような、やけに慎重で真剣な声。

 それが聞こえた時点で、レイモンドは背筋が凍るような思いで続く言葉に耳を傾ける。


『あー、レイモンド君。私は君の叔父さんの同僚だ、警察官だよ。君の叔父さんについて……その、仕事中に撃たれてね。今病院なんだ、治療を受けている。このメッセージを聞いたら、来てくれないかな。場所は──』


 レイモンドは場所を聞くなり受話器を放り投げ、パーカーとリュックサックを手に家を飛び出した。

 走りながらパーカーを着て、鍵を閉めたかなどは気にせずに、息が切れても全力で走って地下鉄に乗り……頭が不安でいっぱいのレイモンドは、気が付いたら病院に到着していた。


(大丈夫、叔父さんなら大丈夫……叔父さんが撃たれた?今日僕がブリンクになっていれば防げたりしたんじゃ……)


 受付で場所を聞き、叔父さんの居る所へ向かおうとしている最中も、不安は後悔に変わり、さらに自責へと変化してゆく。

 やけに長い白い廊下を進み、そこが重篤な患者が居る場所だと察した時、ただでさえ青白いレイモンドの顔は更に青白く血の気が失せてしまった。


「こ、ここだ……」


 何かの間違いか、ここを通るだけであって欲しいと願っていても、現実は無慈悲に叔父さんの状態を突き付けてくる。

 

「行かないと、行かないと……」


 病室の扉を前に立ちすくみ、ひとりごとを呟くレイモンドを通り過ぎてゆく医師や看護師も見咎めるような事はしない。

 誰しもその扉の向こうに痛ましい状態の家族が居るとなれば、それを確かめるのに多大な勇気が必要だろう。

 扉を開けるだけの勇気を出して、現実を受け止める覚悟をしなくては開けられない。


「っ、っ──!」


 レイモンドは意を決して扉を開けようと、そう思った時には──既に扉は開いていた。

 開けたのはレイモンドではない。

 向こう側から、病室から開かれたもの。

 だが当然、開けたのは元気な姿の叔父さんなどではなく、そこに立つのは女性だった。

 扉の前に立つレイモンドを見て、内心の不信感や道を塞いで部屋の前に立っている不信感を隠さずに、怪訝な顔をしている。


「……何か?」


 その言葉だけでレイモンドは完全に萎縮して、声が出なくなってしまう。

 どうしても、そうなってしまうのだ。

 どれだけ時間が経とうとも、精神の根源的な部分に刻み込まれてしまったから。


「あ、あぅ……」

「あの、部屋をお間違えでは?」

「あって、合ってます……その、お母さん……」


 ただ、それでも。

 お母さんと、そのひと言を発するのにレイモンドは人生でも最高の勇気を絞り出した。

 ただそれでも、言われた相手は自らを母と呼ぶ何者かへの警戒を解く事はなく……むしろ、不意にそれは爆発的な嫌悪に変わる。


「──っ!近付かないで!なんでここに居るの気持ち悪い!」

「あの、僕は……」

「ちょっと!コイツを絶対に病室に入れないでよ!?」


 周囲から向けられる視線が、目の前の母から向けられる嫌悪がレイモンドに突き刺さる。

 やはりレイモンドはレイモンドなのだ。

 ブリンクならば自分を持てたかもしれないが、今ここに居るのは何も言えずに声にならない声しか出せず、ただ立っているだけで精一杯なレイモンド。

 浴びせ掛けられる心無い言葉を、全て受け止め傷付く事以外に何も出来ない存在だった。


「消えろ!犯罪者!お前みたいなのが……!このっ!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 レイモンドは逃げ出した。

 恐れが限界に達して……少し前までは僅かにでも存在していた母に会って認めてもらう、許してもらうという幻想すら打ち砕かれて。


(駄目だった……僕は僕のままなんだ、何も変わってない!あの薬がなきゃ、僕は何も良くなれない!ずっと悪いままで……!)

 

 無力感は身体からも力を奪い、思わずへたり込みそうになったレイモンドは手近なソファに倒れ込むようにして座った。

 涙が溢れて呼吸が浅く、身体を起こす事すら難しい。

 ままならない身体感覚に囚われて、レイモンドの精神は自責の中に沈んでゆく。


「ぼ、僕が……僕のせいじゃ、僕のせいで……」


 元々あったものに加え、打ち砕かれた自信や願いが負の方向へと向かわせた。


「馬鹿みたいだ……僕は僕なんだから、何したって駄目なんだよ」


 膝を抱えて自嘲して、自己否定を反芻する。

 自分に言い聞かせるように、存在こそが罪だと刷り込むように。

 そのうち口を開く事すら煩わしくなり、己の膝ばかりを眺めていた。


「ええ、分かっています。私ですよ?すぐに到着出来ますから」


 不意に、耳に届いた聞きなれた声にレイモンドはチラリとそちらを見やる。

 つい先日見た、背の高い黒髪の女性が電話をしながら歩いていた。


(あ……姉さん)


 つい先程裏切られたばかりだというのに、期待からだろうか。

 レイモンドは顔を上げ、彼女を見た。


「ええ、それでは。はあ……ここ電話して良い場所だったのかしら」


 見て、何もしなかった。

 気付いてくれないかと、そんな受け身な期待ばかりをしていた。

 そうして通り過ぎる一瞬、ほんの一瞬だけ目が合った。


「……?」


 だが、ほんの一瞬横目で見ただけで、それは個人に向けるものではなく、背景を見る視線。

 ただ自分を見ている何者かに怪訝な視線を送り、足早に立ち去る。

 レイモンドに示した反応といえば、その程度だった。


「は、はは……僕なんて」


 彼女はレイモンドの姉のエレインではなく、ヒーローのケイナインだ。

 そのマスクを着けていない姿というだけの事。

 レイモンドに、母や姉などは存在しなかった。


「レイモンド君かな?」


 と、続け様にレイモンドの前へと現れたのは警察官。

 その声は電話で聞いたものと同じだった。


「そうです、けど。僕が居ても何もないですよ……」

「ああ、その……すまないね。さっき病室で何があったか聞いたんだ。でも君の叔父さんから何かあったら頼むと言われていてね、彼の状態について話しておこうかと」

「叔父さんは……どんな状態なんですか」

「包み隠さず言えば、良くない。銃や、色々で身体のあちこちが傷付いて内臓もやられている」


 正直な言葉を、レイモンドは然程の驚きもなく受け止められた。

 元々覚悟して、更に落ち込んでいたところだ。

 本人ですら不思議な程に、ありのままを理解する。


「……駄目そう、ですか」

「彼はタフな男だし、医者も全力で──」


 その言葉には憐憫と慰めしかなかった。

 嘘を吐かない誠実さはあるが、それがあるからこそ深く理解してしまう。

 レイモンドはもう限界だった。

 再び逃げて走り出し、トイレに飛び込み個室に入る。

 そうして衝動的にリュックサックの中からドラッグの……最後のひとつを取り出した。


「はあ、はあ……!」


 バイアルを握り締め、祈るように手を合わせるレイモンドは彼にとっての奇跡に縋る。

 

「これが……コレがあれば全部上手くいくのに……!なんでこれしかないの……僕にはもっと必要なのに……!」


 鬱屈したレイモンドの人生に差した光が、指の間からも青白く漏れていた。

 到底まともとは言えない、そんな有様。

 ただ、やはりコレのみがレイモンドの前途を照らすのだろう。

 天啓の如く、降りてきた。

 

「──叔父さんに使おう。僕の怪我も、ロッティのお母さんも治ってたし、使わないと死んじゃうなら使った方が良い。その為には病室に忍び込まないと……なら薬が2つは要るよね?なら何処かから持ってこないと。これなら人助けだよね?」


 自己正当化の為の、理由付けが。


「うん。これは今使って……そうだ、摘発があるって言ってたし、ルミナスに聞けば場所教えてくれるかも?うんうん!薬を集めれば、全部上手くいくじゃんっ!」


 全てを解決する天啓は、ラインをひとつ踏み越えるもの。

 行為はとうに問題ではなく、理由さえあればなんだって出来てしまった。


「よし。僕はまだヒーローだ……叔父さんを助ける……絶対に!」


 レイモンドの長い夜が今、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは…堕ちてしまったか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ