78 その縮図を一番理解しなければ、身分差恋愛なんか夢物語ですわよお猿さん達?
「市井でも婚約者のいる殿方へ不躾に体を密着なさる行為は無いと学友に伺いましたが……。チャンベラさんのお住まい地域では、その様な風習がおありなのかしら? まあ上位貴族のわたくしには到底理解出来ませんけれども」
悪女の退場は、それなりに不評を広めつつ品性は保持するのが鉄則。
そもそも身分差の恋を成就させたいのならば、婚約者を正当な理由を提示して穏便に婚約破棄をすれば良いだけのこと。
(沢山ヒントをばら撒いたのだから、とっとと実行して正ヒロイン・マイカが貴族家の養女になれば全部丸く収まるんだってば!! 早く気付きなさいよ色ボケ殿下!!)
「文化や風習を否定する気はございませんが、王立学院に入学なさった特待生の貴女なら、貴族の秩序や振る舞いが家格を守る常識であることも御存じの上……」
「…………さっきから私だけを悪く言って、本当はアルベルノ殿下の寵愛を受けられない当て付けじゃないですか」
「わたくしが悪意のある言い方?」
「だって!! 私が殿下にいっぱい愛されてるのに不満があって、妬んでるでしょう?! だから、こうやって皆んなの前で私を悪者扱いしたり、卑しい平民だって…………ッ」
「わたくしはエスメラルディ侯爵令嬢よ? 同学年の生徒達にポーションをせびってらして……。更には同じ市井出身であるにも関わらず、貴族家の殿方達に良くして頂いているからと言って、己の置かれた立場は急浮上なさいませんこと?」
「な、何言って…………ッ」
「神力が尽きて、慌てふためく貴女は随分と可愛らしかったわ。だって、ベレヌス神は良く人の形を視てらっしゃるもの」
「私のこと、平民出身の学が無い女だって言いたいんですか?! 私はこんなに頑張って、学院の高い水準の勉強にだってついて行くのに必死で! それを助けてくれる優しい人達がいるのが目障りなんでしょう?!!」
「ほらお聞きになりました? 殿下から施しを御与えにと、高い向上心が実を結ぶにも、望まれる方の悲痛な叫びが……」
コソコソ、ヒソヒソとマイカを良く思わぬ貴族家の子女達が「婚約者泥棒」の陰口を話す声も、セルリアーナは利用する。
実際問題、ノエラやシュリシュナータの婚約者である攻略対象者は既に籠絡しているのだから。アルベルノ殿下も然り、だが。
「……あんなに声を張り上げて、はしたないわね」
「これって、実質殿下のお目溢しを訴えて貴族家の仲間入りになりたいって揶揄してるのかしら」
カアっと墓穴を掘ったことに気が付いたのか、顔を真っ赤にさせたマイカの敗北顔を拝めたのは戦利品として心の内に飾っておこう。
「本末転倒と言う言葉を差し上げるわ。もしもこの世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょうから」
聴覚や視覚を失いながらも世界各地を訪問し教育や福祉の為に尽力したアメリカ生まれの教育家・社会福祉活動家ヘレン・ケラーの言葉だ。
マイカの傲慢な態度や、王族と親密関係である故の他人の権力を自身の物だと勘違いする物言いを、容認してはならないのである。
努力家で勤勉な不遇な子女が、運命的である許されぬ恋に落ちたのならば、それこそ譲歩すべき点は多い。キャサリン・バーンが王子妃となり、側妃として迎えれば良いのだから。
「この由緒正しき名門校の王立学院で、一体何を学ばれたのかしら。光魔法を保有しても飽き足らぬ潜在的欲求とは……承認欲求とか?」
「わ、たし…………ッこんなつもりじゃ」
「こんなつもりじゃないならば、この細やかな小火の火消し。どうすれば良いか、もうお分かりですわよね?」
悪役令嬢セルリアーナ・エスメラルディを断罪した正規ヒロインの負け犬の遠吠えは、本家の手向けの花となるだろうから。
「ちょっと、そこで殿下の服裾を濡らすお嬢さん? 貴女のことよ、マイカ・チャンベラさん」
マイカの形相は、ヒロインに似つかわしく無い般若に変貌していった。光魔法の担い手とは、神託を受けたも同然であり王国が保護するだけの稀代な治癒魔法を使える有力者だ。
他国では聖女と謳う者も多く、祈祷や厳しい清貧なる修行を積めば大怪我すら治癒出来るらしい。
(……もしかすると、アレも入手していないわね)
害獣討伐訓練でステータスがある一定の状態になっていると、隠しイベント「神の祈り」が発生する。戦闘前の探索途中にある隠し宝箱が出現し、開けると【闇を撃ち破る者】が入手出来る。
これは光魔法の出力を最大限に活かせる、マイカの為に創造された専用武器である。聖地巡礼や各地慰問で訪れる場合、戦闘モードへ切り替わり同行者の好感度を向上させる優れ物なのだ。
しかし、マイカと同伴者であったセルリアーナは彼女がその武器を入手する場面を目撃していない。
そもそも攻略対象者と同班、または単独行動をしなければ、入手困難な特殊イベントである。
もしかするとマイカの属性魔法としての数値が条件に達していなかったのかもしれない。
「ぐ、……………ッ!!」
(凄い御顔をしているわ。般若って例え話かと思っていたけれど、実際見ると鬼気迫る物を感じるのね。まあ戯れはこの辺に)
表情設定は課金制であるのだろうか。みるみるうちに、血走った目がセルリアーナを殺意増し増しな様子である。
「疲れましたの。わたくしはこれから、ゲーテの森についての報告書を提出しなければなりませんので、失礼するわ」
「え、ええ…………。事件性も否定出来ないので、侯爵家へ伝報は出しております。直ぐに来られるかと」
「殿下も肝に銘じて下さい。王族の一員として、臣下に過ちを諌められぬ現状を、しかと受け止めて頂けるこど願っておりますわ」
「この…………ッ氷花の悪女め!!!! その高い鼻面を今にへし折ってやるからな!!」
完璧な八つ当たりだ。第二王子殿下たる、高潔な血を引く者が女性に対して声を荒げて、脅迫しているのも世の末である。
「わたくしが通常通りの高慢卑劣な悪女ですって? 大変結構。こう見えて、社交界で悪名を轟かせてますもの?」
セルリアーナが華麗な退場をしたことで、周囲は完全に沈黙をする。
だが、セルリアーナが最前線で生徒達を保護したり、平民出身者へポーションの無料譲渡等の立ち回りが功を成した様だ。




