60 華麗なる救出劇に涙は似合わない
だから思い出があるならば、と全身の力が抜け切りそうな時。
「────セルリアーナ」
どうしてか、見知った声音がセルリアーナの闘志を呼び起こすのだ。
「わ、わたく……し…………」
ふわりとセルリアーナの体が浮き上がる。鍛え上げられた肉体に抱かれているのを、目を開けてやっと知った。
いるはずの無い、ラルシュにお姫様抱っこをされている。
原種害獣の口に撃ち込まれた弾丸で、巨体は吹っ飛んだ。紫色の液体が放出して浴びる。噴き出した体液は鼻を摘みたくなるほどの汚臭だ。
セルリアーナは腕の主へ見上げると、彼がいた。
冷や汗すらかかず、ラルシュは外套を外して魔装を展開している。禍々しい右腕の霧散した真っ黒な何かはカリュプスの名前由来の能力だろう。
あれはゲームの非公開攻略本で描かれたラフデッサンと同じだ。
「ぼさっとするな」
「あ、の…………ラルシュ、さま」
「なんて面してんだよ、セルリアーナ」
「ち、が……わ、たくし」
「いつもとペースを乱されて、少し戸惑っただけだろう?」
ゆっくりと下されると、袖で眦から落ちた雫を拭われて、彼は不器用に笑って見せた。笑うのが苦手だと言っていたのに。
セルリアーナを安心させる為に、ラルシュは続ける。
「セーナ。お前ならなんてことない。いつも通り、その有り余ってる魔力をぶつけてやれば良い」
恐怖と不安が後から強烈にやって来て、セルリアーナはこの腕の中で身悶えた。しかも何度も懇願して愛称呼びを、今になってセルリアーナを安堵させる為に使うのも確信犯だろう。
(ただ、こう言う気遣いも絶対嫌いになれない……)
死を前にしたら、悪役令嬢の役目が視界にチラつき「死ぬのが運命」と過った。
不吉を宿す真っ黒な影が、ラルシュの右肩から手の甲を纏うと、一気に涙が吹き飛んだ。
魔法展開よりも速い斬撃が原種害獣の体を切り刻んで行く。
セルリアーナは大きな瞳を見開いて、驚きを隠せない。
「ま、待って、え、魔装? リアル魔装?」
リアルなカリュプス本来の姿である魔装は、公式でふんわりと一行だけ記載はあったが。
想像とは桁違いの荘厳で、反世俗的な形態は正にラルシュを司る。
(うああああああああまああああああああああ美しいいいいいいいいいいい)
言葉にならなくて、セルリアーナは息をするのも忘れていたらしい。
ラルシュが降ろしてくれると、セルリアーナは先程までの絶望感がすっかり昇華されてしまった。この厳かな魔装を目に焼き付けなければ、とオタクの闘志に火をつけた。
『八つ裂きにしてやるよおおおお!!!! 久し振りにこの鈍った体を解しがてら大暴れ出来るんだからよおおお!!!!!!』
凄まじい殺気と、肌にも伝わる「絶対悪」が本能で感じる。
これがラルシュに宿る覆い隠す銃口なのだと。右腕に円を描く様に纏う黒霧は、禍々しさを具現化した物に近い。
「これは…………」
『やあ御主人サマ直々に監視されている世界一最高に不幸なお嬢さん。血生臭いのはお嫌いかい?』
「おい、絡むな。話し掛けるのは許していない」
『いいじゃあねえだろうか! ケチ臭ぇよ。ちーっと御挨拶しただけなのに心狭い男は嫌われるぜ?』
「魔装って、お話……出来る、と言うか意志を持てるのですか?」
会話が出来る。魔装なんて設定は非公式で公式な攻略サイトにも掲載されていない。
(ゲームでは、語られなかった真実……?)
原作者が密かに練った構成なのか、それともオリジナリティの物が意思を持っているのか。
セルリアーナはまじまじと、魔装本体を凝視した。大きな口に鋭いギザギザな歯、そして白眼部分で顔を辛うじて判別することが出来る。
『俺様は俺様、そして今期は御主人サマに従僕してやってる哀れなカリュプス様なのさ』
「勝手にお前がべらべらと喋ることじゃ────」
「なるほど。カリュプス様はラルシュ様に使役されてらっしゃるのですね」
『ピンポーン、大正解! と言いてぇところだが、まあ細かい点は御主人サマがお話してえみたいなんで』
陽気な受け答えに、セルリアーナは怪訝そうに黒い霧状の物体を見詰めた。
(魔装が意志伝達が可能で、自我を持つなんて聞いたことが無いわ)
ラルシュはカリュプスを名乗ることから、使役する主人であるのだろう。
王家が抱える暗躍者には、特別な力を秘めている。それが魔装。
魔装=カリュプスであるのは、恐らくこの推測は半分程度は間違っていない気がした。
『なあ、このイケすかねえ御主人サマの何処が良いんだよ? 真っ黒だけど、もーっと気味悪くなれんのに!』
「……俺を怒らせたいのか? お前の我儘を聞いてやったのに、仇で返すのか?」
『いやあだってさ、御主人サマ凄い剣幕で追っ掛けに来たじゃねえかよお。王宮から遠土遥々さ』
「だから、ああ……その口を縫い付けてやろうか?」
『ああ怖い怖い! なんつって〜俺様は媒体がこうだから掴み所御座いませんでした〜残念ッ!』
悴む指先は段々と熱を取り戻してきた。恐怖の死に慄いたセルリアーナはもういない。




