58 まさか推しがチートアイテムを……
「……心底、お前には同情したいが、そう言う気遣いとは疎遠なのがセルリアーナ・エスメラルディだろうな」
「アルベルノ殿下よりも、ラルシュ様がわたくしのことを御存じかもしれませんわね」
「あの真実の愛を見付けたってやや珍しい石ころ拾って喜ぶ殿下より、国益になるのはお前だろうに」
「王家に仕える者としての発言は、少々控えたいですけれど、概ねわたくしの心情を汲み取って下さるのは光栄極まりないことですわ」
「俺に王族侮辱罪は通用しない、それが誓約だからな。いや、それよりも念の為必要無いとは思うが……」
「わたくしだってか弱い乙女ですこと?!」
「────は、まあ周囲からは全てを凍り付かせる氷花だが、俺から見ればお前は守られるべき令嬢だ」
「まあお優しい御言葉!」
「冗談だ。だが群れで囲まれれば、どんな強い人間だろうと無傷では帰れないからな」
ラルシュが草臥れたジャケットのポケットから無造作に取り出した物は、光を放つ神々しいアイオライトの様な菫色を秘めた宝石だ。
ヒルダの守護石は金色の蔦を這う装飾品に加工され、ペンダントにするのが一般的である。
「ヒルダの守護石って、こんなお色だったのですね」
「先に言っておくが、敵意があり且つ死に至る状況下の間際に発動する。数秒程度しか持ち堪えられないから、その間に頭脳明晰で王立学院首席候補のお前なら打開策を練れるだろう」
「え?! 首席候補でしたの?! 意外ッ」
「驚くことはそこじゃ無くてな……」
「個人情報を貴方様から一つ一つ教えて下さるのとでは、どんな有益な情報よりもわたくしには価値のあるお話ですわ」
「お前、本当に分かってるのか? 王家はお前を危惧し、何なら光魔法保持者の平民泥棒女とすげ替えても良いと、静観するこの状況を」
「側妃の一人にしたら、まあ王家的にも保身と侯爵家への体面が保持出来ますしね。優秀な血筋は残したいですし、保険はかけますわ」
そうか。ラルシュには茶化しながらしか、婚約者を慕っていないと伝えてなかった。
王家からの打診、そして婚姻政策は貴族家と王家を確固たる結び付きには最適な方法である。
魔力量が王国内で指折りの、エスメラルディ侯爵家の血を引く令嬢との間に子供が授かれば王家も鼻が高い。
けれどもそこに、愛はない。貴族令嬢として生まれ落ちてから、愛のある結婚は望めないのだ。
どんなに浮気者で放浪息子だろうと血筋が物を言う世界だから。
セルリアーナは一瞬影を落とした。眼を伏せて、それからニコリと微笑むと。
普段から表情を変えずに、心底どうだって良い顔をするラルシュが、珍しく眉を顰めた。
「……俺は、監視者であるが、同時にお前とは別の形で何かになれると、思ってる。俺の知らない場所で背後から魔法で撃ち抜かれたりでもされたら、夢見悪いだろう」
「まあ死ぬなら盛大に散り去ってやりたいですけれどねー!」
セルリアーナの自虐的な発言に、眼を見開いてラルシュが口を勢い良く塞いだ。馬車の揺れがガタンと大きく悪路で跳ねたのか、合法的な壁ドンになる。
その緊迫感故か、セルリアーナは背凭れがどうも熱くなった。彼の気迫はそれだけ、感情で魔力の揺らぎが変動するようだ。
車内は瞬く間にラルシュが主導権を握り、セルリアーナの魔力の騒めきへ誘発する。
「縁起でも無いことを言うな!!」
「はえ?」
掌は熱い。セルリアーナの顎をすっぽりと隠れるくらいだ。
ハッと我に返ったラルシュが、大きな溜息を漏らして罰が悪そうに言う。
「大きな声を、出して……悪かった」
「いえ、慣れてますから」
「だから…………ッ! そうやってお前は自分自身を軽んじるところが────」
「心配なのですね?」
ラルシュは握り拳を背中に隠した。爪が食い込んで、車内の上質な床に血が滴る。
外部に音が漏れぬ様に、消音スキルを使っているけれど気迫や音の振動は極力避けるべきだ。
あの冷静沈着である、彼が不遇なセルリアーナの身を案じている。
ラルシュは何度か肩を上下させ、冷静さを取り戻すとセルリアーナの掌にヒルダの守護石を置いた。
「お前が、そうやって見縊られているのが俺は……戯れにしてはあまりにも愚行過ぎる」
「ラルシュ様が、最悪の事態を想定してらっしゃるのも承知の上で申し上げます。わたくし、貴方の前以外では死にません」
「はあ?! ひょんな馬車の事故や通り魔に襲われようと、紛いなりにでも現婚約者候補に名が上がる貴族令嬢へ、王族なら湧水以上に出て来る石一つもくれやしない。お前はどうして平然としていられるんだ?」
「だって、運命がそう伝えてるのですから。こう見えて、ジンクスを信じる人間なのですよ?」
「俺はな────」
「万が一の守護石の防壁が間に合わず、助けるまでのコンマ一秒の間に起こることを危惧してらっしゃる」
「当たり前だろう。絶対死なない、はこの腐敗した世界には存在しないのだから」
セルリアーナは果報者である。ラルシュという大切な人から心配されているのだから。
「やっぱりお優しい方ですね、ラルシュ様」
「セルリアーナ、俺がどんなに……」
「ラルシュ様が心配なさることは起きませんわ」
いつの間にか隣に腰掛けて、不機嫌そうに腕を組んだラルシュへ真っ直ぐ見詰める。
革手袋を外すと、ラルシュはセルリアーナの手を取って頬に持って行く。しかし眼の奥底は獰猛な獣がギラギラと焼き付けており、ラルシュは徐に口を開いた。
「俺のいない所で死ぬくらいなら、俺がお前を殺す」
「え? 熱烈な告白ですか? まあ嬉しいですわあ!
孤高の覆い隠す銃口様の御言葉、しかと心に刻みます」
「お前……本当は筋金入りの馬鹿なんじゃあないのか?」
「酷いですわラルシュ様。同じ釜の飯を食べた仲なのに」
「釜の……は? 時々意味不明な言葉を話すがどう言う意味だ?」
「ラルシュ様がこうして、わたくしの身を案じてくれることが……嬉しいのです」
「ゲーテの森は特別手強い害獣はここ二十年は見掛けていないが、無駄に広い。気を付けて行け」
ラルシュはセルリアーナの髪を撫で、一房手に取る。口付けを落として、願掛けでもしているのだろうか。彼は最近良く、セルリアーナに向けて別の感情を向けるから。
勘違いしてはならない。他の貴族令嬢ならば、異性からの甘いアプローチへ免疫の無い彼女達は、ころりと卒倒するだろう。
熱烈な愛情表現と誤解を招く素振りは、セルリアーナ自身もどきりと胸が高まったから。
どぎまぎと鼓動の速さを素通りしたくて、セルリアーナは自然に会話を続ける努力をした。平静さを保つのも貴族令嬢としての矜持。
そうセルリアーナは言い聞かせた。




