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3-6・夕闇の二人


 その日の帰り、セリは駅前広場の椅子に座っていた。


飲食店はすでに閉まっていて夕闇が迫っている。


今日は遅番だったので、すでに広場には人が少ない。


 こんな時間に若い女性が一人。


あまりよろしくない状態だが、セリはただぼんやりしていた。


「はあ」とため息を吐いたその時、すぐ近くの椅子に誰かが座る気配がした。


「セリ、こんな時間に一人は良くないな」


がばっと顔を上げたセリの目に、黒髪の青年の姿が写った。


「コガ」


「やあ」


セリの目は何故か潤んだ。


 イコガはそんなセリを促して立ち上がる。


「送ろう」


今までイコガは、セントラルでセリを見かけても、彼女には近寄らないようにしていた。


アゼルが来るまで遠くでセリを見守っているだけだった。


だが今日はアゼルが出張で不在という話は聞いている。


その上、セリから届いた魔鳥便の文面が気になって様子を見に来たのである。




 セリがなかなか歩き出さないので、イコガは彼女の手を取り、しっかりと握った。


そして彼女を引っ張って歩き出す。


「どうした?」


イコガは彼女にやさしい声をかけようとしたが、そんな言葉しか出てこなかった。


「何もない」とは言えず、セリは黙って歩いた。


お互いの冷えていた手が、だんだんと温く体温を感じさせる。


 家が見えて来た頃、セリはようやく口を開いた。


「私、子供たちを元気づけたくて。


本を読んでたら、もしかしたらセントラルにも妖精がいるかもって思って」


あの庭の一番古くて緑の濃い場所。


妖精が好みそうだと思った。




 きっと相手がイコガでなければ、もう少しちゃんと説明出来たとセリは思う。


だけど今の彼女の言葉は、まるで子供のように甘えている。


「セリ」


イコガの声は自分に呆れているように聞こえて、セリはますます落ち込んだ。


「確かにあの病院の庭には妖精がいたよ」


セリは驚いて足を止めた。


「あの、まさか、病院に来たの?」


イコガはもう一度、彼女の手を引っ張っぱって歩かせる。


「その答えはまた後で。 夕食の後、部屋の窓を開けておいて」


家族が心配する前に家に着くと、イコガはセリを玄関へと押しやった。




 イコガに言われた通り、セリは夕食後、自分の部屋の窓を開けた。


そこには黒いマントを羽織って、他人から姿を見えないようにしたイコガがいた。


セリの部屋は二階だ。


おそらくイコガは魔法を使って浮いてるのだろう。


「良かったら入って」


セリは思い切って、部屋に入ってもいいと許可したが、イコガは辞退する。


「話はすぐに終わるよ」と言って。


 マントを身体に巻き付け窓枠に腰かけたイコガは、セリに謝罪した。


「私の回答はあまり役に立たなかったようだ」


セリは頭を横に振る。


「いいえ、私が未熟だったんです」


知りたいことがいっぱいあった。


ただ紙のやり取りだけで知った気になって、イコガの書いた注意をおろそかにしたのは自分だ。


「子供は願えば叶うと思い込む。


それが叶わないと大人が騙したと騒ぐ」


それは見たいものしか見ない、身勝手な大人も同様だ。


「しかも、大人も子供も上流階級といわれる者ほどその傾向がある」


現実は誰にも厳しく、そして冷たい。


そう言ってイコガはため息を吐いた。




 イコガが病院まで様子を見に来たと知って、セリの頬が熱くなる。


「クローバーが無くとも、幼い子供なら見ることは可能だろう」


そんなイコガの言葉に、


「でも、今まで見た人はいませんよ」


と、セリが反論する。


「見なかったんだろう?」


「あ」


たとえ、そこにいたとしても、いると思っていなければ見間違いで済ませてしまう。


 セリはイコガが書いてくれた返答を思い出す。


「昼間は隠れていますものね」


基本的に妖精の活動時間は陽が落ちてからが多い。


昼間であっても陽が射さない場所。


幼い子供には無理だ。




 すっかり意気消沈している彼女にイコガが手を差し出した。


「セリ、手を出して」


「あ、はい」


セリはためらいながらイコガに向かってそっと右手を伸ばし、その手に乗せた。


 イコガはセリの手のひらを上にして、自分の手で下から包むように掴んだ。


大きな手に包まれ、セリの胸の鼓動が早まる。


イコガの顔を見ることが出来ずにただ重なる手を見ていた。


「身体を楽にして、いつも魔法を使う時のように手のひらに魔力を集めてみて」


「はい」


セリは素直に言われた通りにした。


身体の中を流れる暖かい魔力を感じる。


 やがてぽわっとセリの手のひらが光った。


「あ、あれ?」


狼狽えるセリにイコガは微笑んだ。


「これが君の魔力だ。 ほんの一部だが」


きれいな、白い、暖かな光。


セリは、これが本当に自分の魔力なのかと疑うように見ている。


「君は患者に『手当て』をしているだろう?」


回復系の魔力を持つ医療関係者はその手を患者の患部に当てて治療を行う者が多い。


それが一番早く効くからだ。


手を当てて行う治療が『手当て』である。


「あ、これが『手当て』の時、私から出ている魔力?」


「そうだよ」


イコガはまるで子供を見るような目でセリを褒める。




「もし妖精の気配を感じたら、これを見せてやればいい」


妖精が好むものは魔力。


「自然の魔力で生きている彼らは、時には人の魔力も欲しがるんだ。


まるで子供のおやつのようにね」


人と同じで、それが主食ではなくても欲しくなるんだそうだ。


「人の身体の中にあるものは見えないが、こうして体外に出してやれば見えるようになる。


そうすれば、彼らはきっと自ら寄って来るだろう」


イコガの言葉にセリの顔がぱあっと明るくなる。


「分かりました!。 やってみます」


セリが笑顔になると、イコガは頷いて手を離す。




「人ではないモノたちは月夜を好む」


妖精に限らず、『ウエストエンド』の魔物たちは月を好むのだという。


「君も見ただろう?、館の裏の荒野の月を」


「はい。 とてもきれいな月でした」


魔物でなくても魅入られそうになる月だった。


「月が一番よく見える場所だから、領主館は別名を『月の丘』というんだ」


「まあ、そのままですね!」


セリが楽しそうな声を上げる。


「また、あの月が見たいです」


思い出したように、うっとりとした顔でセリが呟く。


イコガはそれは聞かなかったことにした。




 イコガは懐から紙束を取り出す。


「列車の中で書いたから字は乱れているが、読めるだろう」


二人の間で行き来している文書は、セリの質問を書いた紙に、直接イコガが書き込みして返している。


一番最初の紙、表紙に当たる部分を毎回一枚、恋文にして追加していた。


その恋文だけはお互いの手元に残している。


 今受け取った紙束は三、四日前に魔鳥便で送った物の返事だった。


「ありがとうございます」


セリは大切そうに胸に抱く。


イコガはその素直な女性らしい姿に、ゴクリと息を呑んだ。


彼女を抱き締めようと伸びかかる腕を抑える。


「では、おやすみ」


慌てて腰掛けていた窓枠から離れた。


イコガの声に顔を上げたセリは、窓から顔を出す。


「待って」とは言えずに、「またね」と声をかける。


見えなくなったイコガを探す。


気づくと人影のない道を駅に向かって歩く黒い後ろ姿があった。


遠くなる距離を、セリはただ見送るだけだった。




 窓を閉めたセリは、イコガから受け取った紙束を読み始める。


今回は検閲の無い手渡しにも関わらず、一枚目はいつも通りの恋文だった。


『いつも遠くから君を見ている。


君の健康と、活躍を祈って』


イコガらしい短い文章がセリの胸に迫る。


「私は何を返せばいいの?」


彼にしてあげられる事は何だろう。


セリは寝台で横になって考え続け、いつの間にか眠っていた。



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