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終着駅の恋人 III  作者: さつき けい


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3-5・セントラルの妖精


 とにかく、何とかその紙束を読み終えた数日後、セリはいつも通り仕事をしていた。


「おねえちゃーん」


病棟の子供たちは相変わらずかわいい。


「今日はお外でご本読もうか」


季節は初夏。


今日は暑くもなく、ちょうど良い。


 セリの担当の子供たちは、十二歳の年長の少女から、二歳の幼女までの五人である。


いずれも長期に入院出来るほどの家柄の子供たちで、付き添い人も実家から派遣されている使用人だ。


それでも、不治の病ということで見舞い客はほとんどない。


誕生日、もしくは何かのお祝いなどで贈り物が届くことはある。


それも年に一、二回くらいだ。




 セリは子供たちを連れ、病院の中庭よりも奥にある木々の深い場所へと出かけた。


しかめっ面の年長の少女は簡易の移動寝台に寝たままの移動である。


あまり奥のほうまでは行けない。


 セリはいつも通り、自分の好きな本を持参していた。


「また妖精のお話?」


年長の少女はこの病院の院長の親戚らしい。


いつも不機嫌そうに大人の付き添い人をこき使っている。


セリがまとめて子供たちの面倒を見ている間は付き添い人たちは休憩だ。


「まあまあ、そう言わずに」


少女の移動寝台の側に折り畳みの椅子を置いてセリが座る。


三歳の男の子と二歳の女の子がセリの周りに敷物を敷いて座った。


七歳と八歳の男の子は少し離れて庭の大きな石に座っている。


「今日はね、良いモノを持って来たのよ」


本に挟んでいた紙を広げる。


「にゃあに、しょれ」


小さな女の子が覗き込む。


「うふふ。 風で飛ばないように持っててね」


そう言ってセリは一つを年長の少女に手渡す。


「四葉のクローバー?」


セリがひとりひとりに渡していく。




「妖精はね、普段は人間には見えないの。


でも、もし近くに居たら、このクローバーを頭に乗せると見えることもあるんですって」


「えー」


皆、半信半疑で手の中のクローバーを見る。


小さな子供たちはさっそく頭に乗せ、きょろきょろと周りを見回した。


「みえにゃいー」


セリはその愛らしさに微笑む。


「そうね。 でもそのうち、隠れていた妖精さんが出て来るかもしれないわ」


大きな子供たちは苦笑いで葉っぱをもてあそんでいる


年長の少女は「くだらない」と口では言いながらも、捨てられずに手に持っていた。


そしてセリはいつものように本を読み始める。




 読み終わると、皆でおやつとお茶を手におしゃべりをする。 


小さな女の子はクローバーが落ちないように必死で頭を押えながら、まだきょろきょろしていた。


「やっぱ、いにゃいよ」


泣きそうな目でセリに訴える。


「そうね。 妖精さんも恥ずかしがり屋だから」


セリがそう言うと、男の子たちが口を揃えて、


「妖精っていたずら好きでわがままだし」


「そうそう、気まぐれなんだよ」


と言って、出てこなくても仕方がないんだと説明してくれた。


ここの子供たちは本当の兄弟のように仲が良い。


そして手をつないで病室に戻った。




 しかしその翌日、セリが病棟に入ると子供たちが騒いでいた。


「おねーしゃん!、あにょね、よーしぇーしゃんいたよ!」


「え?」


子供たちは皆、一人部屋だ。


夜でも付き添い人が付いている。


セリはその子の付き添い人に視線を向けた。


「はい。 えーっと、私には視えていなかったんですけど」


中年の付き添いのご婦人が困ったように微笑んだ。


「ちゃんとみたにょよ。 ちっしゃいよーしぇーさん」


小さな女の子は興奮状態だ。


セリはそっとその子の手を握り、身体に負担がかかっていないかを調べる。


「たぶん、何かの光を勘違いしたんじゃないかと」


付き添いの婦人はそう言って窓の外を見た。


「夜中に目を覚ましたときに、あのあたりに光が飛んでいたっていうんです」


皆で本を読んだ庭の方向だ。


「はっぱ、のしぇてたもん」


どうやら寝る時にクローバーを枕に乗せていたせいで、髪に絡まっていたようだ。


「ばかばかしい!。 そんな遠くで、光が見えたってだけで妖精だなんて」


年長の少女や他の子供たちも集まって来て、賑やかに口論が始まる。




「何を騒いでいるの」


セリの先輩たちが入って来て一喝した。


他の部屋の病人たちが心配そうに部屋から顔を出して、こちらを見ている。


「お騒がせしてすみません」


セリは病棟の中を謝って歩いた。


その後、セリたちは騒動になった原因の本とクローバーを取り上げられた。


 上司の部屋へ謝罪に行くと、


「ここの子供たちは病人なのよ。 それを忘れちゃ困るわ」


と、お叱りを受けた。


「はい。 申し訳ございません」


しゅんと落ち込んだセリは、ただ子供たちの望みを叶えたかっただけだ。


 治らない病気。


あの子たちはそれを知らない。


ただ大人たちがそう判断し、隔離し、現状維持だけの治療をしているに過ぎない。


「妖精はいるってことを知ったら、少しは子供たちの慰めになるんじゃないかと」


女性上司はため息を吐いた。


「セリ、いないモノをいると言って希望を持たせるのは良くないわ」




 妖精は実在する。


そう言おうとしてセリは言葉を飲み込んだ。


自分でさえ、つい最近知ったのだ。


セントラルにいる住民のうち、何人がそれを知っているだろう。


いや、信じてくれるだろうか。


「すみませんでした」


セリは唇を噛みしめて耐えた。


下手をすれば「要注意人物」として担当から外される。


それが嫌だった。


 セリは二日間、子供たちとの接触を禁じられた。


その間、ずっと上司の部屋で医療従事者の資格所得のための勉強をすることになった。




 家に帰ったセリは、一応両親と祖父に報告した。


どうせ、病院からも連絡があるだろう。


セリはあまり嘘は得意ではない。


言いにくいことは誤魔化すより、だんまりを決め込むほうだ。


 家族からの追及を逃れるため、セリは部屋にこもった。


セリはイコガからもらった紙束を取り出し、もう一度読み始める。


偽装だと分かっていても、恋文の部分はうれしい。


本文のほうは丁寧に書かれていて、イコガのやさしさが心に染みる。


「コガに会いたい」


だけど、それは逃げることだ。


セリは涙を拭う。




 そして、イコガへの返事と新たな質問を綴り始めた。


『親愛なるイコガ・イクーツ様』


家族に話せない分、セリは今回の件を細かくイコガへの手紙に書いた。


決して愚痴にはならぬように、淡々と報告する。


『未熟で申し訳ありませんでした』


セリはイコガにも謝罪した。


そしてその紙束は祖父の手によって魔法局へと運ばれて行った。




 セリの謹慎が解け、再び子供たちの遊び相手に復帰した。


その日も良い天気で病院の庭を散歩する。


セリが年長の少女の簡易移動寝台を押し、七歳と八歳の男の子二人が幼い子供たちと手を繋いでいた。


今日は庭の奥ではなくて、外の通りに近い場所だ。


休憩するための椅子が多く並んでいて、子供たちの他にも大勢の病人や見舞客が訪れている。




 本来であれば、セリはこんな賑やかなところに子供たちを連れては来ない。


見舞い客が他の病人と楽し気に話しているのを、あまり見せないようにしている。


今日は先輩や上司の助言に従い「たまには気分転換に」ということになった。


先日、セリが庭の奥へ向かったのは、妖精なら草木の多い場所を好むと知っていたからだ。


人の多い場所は妖精もセリもあまり好きではない。


 庭の隅のテーブルと椅子のある一角に座り、おやつの時間にする。


子供たちに渡すお菓子や飲み物は、ちゃんと計算され、支給されたものである。


「みんにゃ、よーしぇーしゃんはいないって」


小さな女の子がお菓子をかじりながら、ぐずぐずと泣き出す。


「また言ってる。 セリがいない間もずっとこの調子だったのよ」


年長の少女はセリを睨んだ。


「そうか、ごめんね」


小さな女の子の頭を撫でて、抱き締める。




「それに妖精がいたとしても、やっぱり私たちには関係ないし」


年長の少女は寂しそうに呟いた。


セリはその言葉にどう返していいか分からない。


「でもさ、妖精は気まぐれだから、もしかしたらいつか助けてくれるかもしれないじゃん」


「そんなもんに期待すんのかよ」


男の子二人のそんなやり取りをセリは笑って聞いていた。


 セリのしたことはこの子たちにとって酷いことだったのだろうか。


「本当にそうなったらいいのに」


そう願って行動することは『叶うはずがない』からダメなんだろうか。


セリは、妖精と仲良さそうだったイコガの姿を思い出していた。



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