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初邂逅

 放課後になって教室の掃除が始まった。

ミエールは使用人の真似事はできないと言って相変わらず何もしない。


「ねぇ、ユリニエランさん、ちゃんと掃除して」


「そうよ。ひとりだけ何もしないのはずるいわ」


「ずるいって何よ。私は平民の仕事を奪うなんてことしないわ」


「仕事って」


「もう行こ」


 何を言っても掃除をするつもりのないエミールに子どもたちは関わるのを止める。

鼻で馬鹿にするようにエミールは笑うと教室を出た。

今は掃除の時間だから何もせずに歩いているエミールはとても目立つ。


「おい、どこのクラスの子だ?」


「どこでもいいでしょ」


「先生に向かって何て口の聞き方だ」


「私のことは<気にしない>で」


「うん、あぁ」


 教師はエミールを叱っていた態度を一変させ、担当クラスに戻った。

窓の外で様子を見ていた玉藻は唸り声を上げた。


「うーん」


「どうした?」


「さすがは次期ユリエルの名は伊達じゃなかったにゃ」


「あれくらいなら習い始めの子でもできるだろ」


「ソウの魔力が満ちた空間で人の行動に暗示をかけるのは至難の業」


 持続的な魔法は使いこなせていないが、突発的な魔法は得意のようだ。

昨日今日に魔法を始めた雄哉では簡単に負けてしまうだろう。


「助けなくていいのか?」


「雄哉はソウの孫にゃ。本人にその自覚はなくても」


 エミールを追いかけると校舎裏の焼却炉がある場所に着いた。

日直である雄哉がゴミを捨てようとしていた。


「そこ」


「えっ?」


「<火を吹く>らしいわよ」


 エミールに言われて雄哉が焼却炉を見ると、真っ赤な火が吹き出した。

驚いた雄哉は顔を手で覆うと目をつぶる。


「うわっ」


「・・・何してるにゃ」


「あなた、玉藻」


「雄哉、ちゃんと目を開けるにゃ」


 玉藻に言われて雄哉は恐る恐る目を開ける。

手に火傷を負った様子もなく暑さも感じなかった。


「ねぇ、火がぶわぁって」


「魔法にゃ」


「魔法ってすごいんだね」

                                             

「何を言ってるのよ。これくらい・・・」


 雄哉は純粋に驚いて玉藻に感想を述べる。

火で焼き殺されそうになっていたことには危機感を感じていない。


「何を呑気に言ってるにゃ。殺されそうになってたくせに」


「そうなの? でも火が消えちゃったよ」


「・・・今日は引き下がってあげるわ。でもこれだけとは思わないことね」


 エミールは魔法を見破られたことで引き下がることにした。

魔法を知らない雄哉だけなら相手にできるが、玉藻には簡単に通用しない。


「・・・行っちゃった」


「それよりもゴミ箱を持って校舎裏にどうして来たにゃ」


「えっ? 先生がゴミを焼却炉に持って行ってって」


「今は焼却炉は使われていないにゃ。燃やすときの温度が足りずダイオキシンが発生し、環境に悪いにゃ」


「玉ちゃん、物知りだね」


「はぁ、魔法にかけられたにゃ」


 雄哉は不思議そうに首を傾げる。

いつもはゴミは袋に入れてゴミ捨て場まで運ぶ。

そのことは、まだ思い出していないようだ。


「前途多難にゃ」


「ねぇ、玉ちゃん」


「うん?」


「このゴミどうしよう」


「そこに置いておくにゃ。先生があとで取りに来てくれるにゃ」


 素直に玉藻の言葉を聞くと雄哉はゴミ箱を置いた。

エミールが迷いなく校舎裏の焼却炉までこれたのは共犯者がいたからだ。

雄哉の担任教師がエミールへのお膳立てをしたということになる。


「あれ? つーちゃんは?」


「蛇は日陰が苦手にゃ。そこでとぐろを巻いてるにゃ」


「ひー、へびっ」


「ほんとに蛇が嫌いにゃね」


 雄哉がいないことに誰も疑問に思うことなくホームルームが終わっていた。

教室でエミールと担任教師が言い争っているところに遭遇する。


「失敗しただと! なんために校舎裏に行かせたと思ってる!」


「でも、玉藻がいたのよ。あの狡猾な猫が」


「次期ユリエルも大したことないな。もういい。石を寄越せ。俺が仕留めてやる」


「石を失うことは魔法使いにとって・・・きゃぁ」


「旦那様から直々に命じられたからお前みたいなガキのお守りをしてやってんだ。ユリニエラン夫人が認めてるらしいが、格下のサーマエラン家出身だ。お前みたいなクズでも優秀に見えるんだろう」


「お母様のことを悪く言うのは許さないわ。訂正しなさい」


「石もないお前なんて生きてる価値がないんだよ」


 エミールは思いきり突き飛ばされて頭を壁に打ち付けた。

気を失っている間に教師はエミールの石を持って教室を出る。

廊下にいた雄哉には気づかないまま去った。


「びっくりした」


「さすが、ソウの孫にゃ。この至近距離で気づかせないとは」


「何か言った?」


「独り言にゃ」


 雄哉はエミールに駆け寄ると体を揺する。

呻き声と一緒にエミールは意識を取り戻した。


「大丈夫?」


「あなた・・・聞いてたんでしょ?」


「うん」


「あなたを襲うことはもうないわ。石もないし」


 魔法使いにとって命と同じくらいに大切な石を奪われたエミールは安堵しているようにも見えた。

服の埃を払うとランドセルを持って廊下に出る。


「ちょっと待つにゃ」


「警戒しなくても私には、もう魔法は使えないわ」


「石もなく、どうやって魔法界に帰るつもりにゃ?」


「どうやってって・・・」


 玉藻に指摘されて初めて問題点に気づいた。

魔法界から人間界に来るのは簡単だが、逆は難しい。


「雄哉、帰る準備は終わったにゃ?」


「うん、忘れ物ないよ」


「エミールも連れて帰るにゃ。石も無い小娘は、にゃーの敵じゃないにゃ」


「言ってくれるわね。猫のくせに」


「そう言うことは一人で魔法界への道を作ってから言うにゃ」


 玉藻が言うならと深く考えることをしない雄哉はランドセルを背負うと先に下駄箱に向かう。

エミールと玉藻は口喧嘩を続けている。


「ねぇ」


「なんにゃ?」


「雄哉が魔法を知らないって嘘よね」


「半分嘘で半分本当にゃ。一週間前に知ったにゃ」


「あり得ないわ! だって、目をつぶったのよ」


「ソウの孫にゃ」


「それだけで片付けないで」


 詳しく話すつもりのない玉藻は雄哉が待つ下駄箱に向かう。

ランドセルも何もかも持ってきていないエミールは駆け足で玉藻の後を追う。


「あっ、玉ちゃん、どうしよ」


「どうしたにゃ」


「つーちゃん、ほっといたらまずい?」


 困ったように眉を下げた雄哉が指差す先には廿楽がとぐろを巻いていた。

だが、すっかり冬眠体勢なのかピクリとも動かない。


「ほんとに蛇が嫌いにゃね」


「廿楽ならほっといても大丈夫よ」


「良かった」


 二人からお墨付きをもらった雄哉は安心して見ないふりをした。

助ける義理もないとエミールも無視をする。


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