太陽は輝き、星々はきらめく1
「おーい、こっちだこっち!」
こちらに気づいて手を振る旧友。変装しているとはいえあそこまで目立っては周囲の誰かに気づかれるかもしれないのにそれを全く考慮しない姿を見て、ミュラーは苦笑しつつも足を速める。
「元気そうだねフェルナンド。でももう少し、声を落としたほうがいいよ。僕たちのことを周りに気づかれる可能性もあるし」
「……あ、そうだな。すまん、すっかり失念していた!」
いわれて反省する様子を見せるフェルナンドだが声の大きさは変わっていない。
ミュラーは思わず周りを見渡す。待ち合わせにしていたマドリードのバルの周囲にいる人々は奇異と少々迷惑そうな視線を向けているがそれだけだ。
それに安堵したその時、フェルナンドの表情が再びぱっと明るくなる。そしてミュラーの背後に向けて両手を振り上げる。
「ヒサシ、こっちだぞー!」
ミュラーも振り向いてみればマスクをした、しっかりと防寒した服装の東洋人の若者が手を振っている。そして先程の自分と同じく早足でこちらに向かってきている。
「あまり大きな声を出すな。周囲に気づかれるぞ」
日本式の紙マスクを外し先ほどの自分と同じことを言うのは自分と同い年であり日本代表でもあるバルセロナ・リベルタ2の中神久司だ。
彼のことはミュラーも名前だけなら知っていた。しかし面識はなく顔を合わせたのは今年、ともにプレシーズンマッチで対戦したときだ。その際フェルナンドが鷲介という共通の知人をネタに久司と仲良くなり、ミュラーもフェルナンドに誘われる形で彼と知り合ったのだ。以降、月に数回、お互いの予定がないときは今日のように顔を会わせている。
「ごめんごめん。嬉しくてつい。
さ、皆そろったし時間もあまりないから行こうか!」
邪気のない笑顔で言うフェルナンド。久司は半目を向けつつも微苦笑し、それを見ていたミュラーと視線が合う。
「……こういう性格なんだ。まぁあまり気を悪くしないでくれ」
「ああ。ここ数ヵ月の付き合いでよくわかってる。マイペースな知人は幾人もいるけど彼はかなりのものだ。ユース時代の君や柳も苦労したんだな」
背を向けて歩き出したフェルナンドの後ろ、小声で話すミュラーと久司。
地下鉄に乗り到着したのはエスタディオ・アシオン・ドス。スペインリーグ三強の一角であるアシオン・マドリーのホームスタジアムだ。
バルセロナRのエスタディオ・オルグージョにも引けを取らない規模の欧州最高峰のサッカースタジアムでありあと一時間後、このスタジアムでCLグループリーグ最終節、AマドリーVSRバイエルンの試合が行われるのだ。
「グループリーグ突破を決めたチーム同士。消化試合と見ることもできるのにAマドリーサポーターが大勢いるな」
久司の言う通りスタジアムに向かう道の途中ではAマドリーのユニフォームを着た、又はタオルなどのグッズを持ったサポーターたちの姿を多く見かける。
「ホームでの試合、相手がドイツ王者だからってのもあるけど、両チームともに”ソディアック”を要するビッククラブ同士。
どっちのチームが、そしてスタメンに名を連ねた両”ゾディアック”のどちらが勝つのかサポーターとしては見たいんだろうね」
リーグの時のレイ・マドリーやバルセロナRとの試合の時に似た雰囲気だなーと続けるフェルナンド。それを聞き、久司は納得したように頷く。
「そういえばセバス、改めてだけどRバイエルン復帰おめでとう」
「ありがとう」
「こうして頻繁に会えなくなると思うと少し寂しくなるなぁ。クルニャラFCから正式に移籍の話もあったんだよな」
「まぁね。──でもRバイエルンに戻るのは僕の目標だったしRバイエルンの上層部からも是非にと言われたからね。戻らない理由はないよ」
そう、ミュラーはリーグ前半戦終了と同時にレンタル移籍が終了、Rバイエルンに復帰する。
移籍したばかりの半年こそ可も不可もない出来だったミュラーだが、今期は好調を維持。ほとんどの試合でスタメンとして先発しては4ゴール6アシストという結果を残していた。
「そう言うフェルナンドもヴァレンティーアFCからオファーがあったっていうニュースがあったな。もし移籍したら今日行われるCLの最終節の結果試合ではCLに出場できるかもしれないわけだ」
「あー、それなら断ったよ。向こうは絶対に必要としているっていうよりも、若くて未来がある若手ならだれでもいいって感じだったし。年俸も安かったし」
複雑そうな顔のフェルナンド。自分同様今期からスタメン出場が多い彼も着実に結果を残しておりU-20スペイン代表としても主力として活躍。一部のサッカー評論家からはU-23に飛び級させてもいいのではないかと言われている。
「ヒサシはどうだい? バルセロナRのトップチームから声がかかったりしないのかな」
「練習には何度か参加しているけどトップチームへの帯同はないな。まだアピールが足りないらしい」
淡々と、しかし不満がありそうな顔で久司は言う。三人の中で唯一のリーグ二部所属の彼だが、移籍してからの半年弱、その活躍は素晴らしい。
元々ジュニアユース時代いたことがあり、また日本人特有の言葉の問題もない彼はプレシーズンマッチからの好調を維持している。代表ウィーク前後の試合こそチームが疲労を考慮してベンチ、またはベンチ外だがそれ以外の試合ではすべてスタメンかつほぼフル出場している。
現時点まで二部は18節まで終了しており久司がスタメン、途中を含め出場したのは半分の9試合。しかし彼はその試合数で7ゴール5アシストという見事な結果を見せている。彼自身からは何も言わないが残留争いを強いられる下位チームや中堅チームから正式なオファーが届いているという噂もある。
「順調なのはセバスだけかー」
「いや戻ったら戻ったでフランツさんたちとの熾烈なスタメン争いがあるわけだから。──まぁ今の僕ならベンチには入れるとは思っているけど」
昨季トップ昇格して半年でレンタル移籍を志願した最大の理由は試合に出ていなかったことだ。ほとんどの試合ベンチ入りしていた鷲介と違いミュラーはベンチ外の時も多く、ユースチームに戻っている時間も多かったのだ。
しかし今ならばそうならない自信はある。レンタル先で味わい得た経験、研磨された技術、成長した身体。これらはミュラーを確実に成長させており、一年前とは段違いの成長を遂げてさせていた。
「それは俺もそう思うよー。まぁチームとしては世代交代を見込んで呼び戻した一面もあると思うけどね。ポジションを争うであろうフランツさんは28歳、ロビンさんは三十歳。絶頂期であると同時にベテラン一歩手前だからね」
「だがヴァレンシュタイン選手の場合、年を食っても衰えがプレーに影響しにくいと思うが。柳と違って技術に長けた選手だし。狙うはコールハース選手やハイデンライヒ選手のいるボランチか?」
「ま、それは今は置いておこう」
スタジアムの入場ゲートが目前に迫ってきた──またこれ以上自分の話をされるのもむず痒い──ので打ち切るミュラー。
手渡して半分に切られたチケットを入場口の管理人から受け取り中に入る。すると入った先、正面の壁にAマドリーイレブンが映っている大きなポスターがある。
イグナシオ、ペドロ、フランシスコ、レオナルドなどチームの主力が特に大きく表示されているポスター。その彼らと同じ大きさで映っているミカエルを見てフェルナンドが口を開く。
「ミカエルの奴、この時点でチームの主力と同等の扱いなのかー。ま、プロになって残した結果を見れば無理はないか」
「ミカエル・アルマンド・レオン。”若獅子”、”ドリブルの申し子”──」
”ゾディアック”の面々は誰もが異常な経歴を持つが、最上位メンバーは極めつけであり彼もそうだ。
アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスの一般家庭に生を受けた彼は近所に住んでいたペドロ・アマージャからサッカーを教わる。その時から卓越したボールコントロール技術やドリブルテクニックを持っていた彼は二段三段飛ばしでジュニアユースカテゴリーを駆け上がり15歳にしてアルゼンチンリーグの強豪、ブエルト・ワークFCのトップチームに昇格。開幕戦から十試合スタメン出場して7ゴール7アシストという結果を出した。
その活躍に当時、ペドロを獲得しようとしていたAマドリーは急遽彼も獲得リストに加え、莫大な移籍金や様々な補償を条件に二人を獲得した。ちょうどアルゼンチンリーグ前半戦が終わったすぐの後、ミカエルがプロデビューして半年経過したときのことだ。
同時期に移籍してきたロナウドとともに騒がれ比較されるミカエル。ロナウドと同じくユースチームとの二重登録でトップチームの試合ではベンチで見かけることが多かったがそれもわずか数ヵ月の話。シーズン終盤はスタメンや出場機会も増えCLデビューも果たした。
そして鷲介が欧州ユースリーグで無双する年、16歳の彼はスペインリーグ、CLにてその輝かしく底が知れない才能と数多のワールドクラスの選手を色褪せさせる結果と実力を世界中の人々に見せつける。リーグにおいては24試合出場して15ゴール13アシスト、CLではチームはベスト8で敗退するも10試合中8試合出場して7ゴール4アシストという凄まじい結果を残した。
また昨季はスタメンに定着するも怪我の離脱もありリーグは18試合の出場にとどまるが、それでも13ゴール7アシスト。CLでも怪我と体調面の問題で決勝トーナメント一回戦からの出場となったが2試合で2ゴール1アシストをあげ、最後の最後までRマドリーを苦しめた。
「ヤナギ、そしてミカエル。今日はどんな活躍を見せるかね」
「どっちも今期は調子がいいからな。楽しみだ!」
「ヤナギが今季リーグで10試合出場して11ゴール4アシスト、初出場のCLでは3試合出場で4ゴール。一方のミカエルはリーグ戦は13試合出場して10ゴール6アシスト、CLは5試合出場して5ゴール1アシスト。
若干ミカエルが上回っているが大差はない──」
すれ違った男性たちから聞こえた鷲介たちへの期待。それを聞きながらミュラーとしては思う。FWとしての今の実力は大差ないと。
(どちらもドリブラータイプ。テクニックとスピードという全く違うスタイルだけど、わずかな時間で試合展開を一転させる実力を持つ。
そして二人のドリブルは相対するチームにとっては危険極まりない──)
二人の”ゾディアック”の活躍。試合展開に大きく影響するのは間違いないだろう。そう結論付けると同時、ミュラー達は座席への階段を上り終え、スタジアムのピッチが視界に入る。
自分たちと同じくやってきた大勢のサポーターで次々と満員になる客席。美しく整備された緑色のピッチ。ミュンヘン・スタディオンと大差ない規模の立派なスタジアムを見てミュラーは視線を細める。
「ミュラー、突然立ち止まってどうしたんだ?」
「何でもないよ。さ、座席を探そう」
後ろから言ってくるフェルナンドに笑顔を作ってそう返し、ミュラーは歩き出す。
そして思う。Rバイエルンに戻り、今度こそチームに定着すると。この光景を、スタジアムを自分のものにすると。
◆◆◆◆◆
「よう」
控室を出て鷲介が選手入場口の通路に出ようとしたその時だ、その正面に仁王立ちしている人物の姿を見る。
鷲介よりもさらに幼く見える童顔ながらも若獅子のような覇気を放つ少年。ミカエル・アルマンド・レオン。アルゼンチンが、そして今から対戦するチーム、Aマドリーが誇る天才だ。
「初戦で言った通り、お互い万全で戦えること嬉しく思うぜ。そちらはいろいろあったようだからな」
「まあな」
立ち止まった鷲介の後ろにいるブルーノからミカエルに向けて戦意と敵意が放たれるのを感じる。
しかしミカエルはそれに全く反応せず、鷲介だけを見据え、言う。
「試合前にグダグダいうのは趣味じゃねぇ。だがこれだけは言っておく。──今日の試合、チームも俺も勝つ」
「その言葉、そっくり返すぜ。勝つのはRバイエルンと、俺だ」
即座に言葉を返す鷲介。するとミカエルは大きく目を見開き、歯を剥く。興奮と狂喜が混在した顔を見せ、選手入場口に整列していたAマドリーイレブンの列に並ぶ。
鷲介たちRバイエルンイレブンもすぐにその横へ並ぶ。幾人が言葉をかわすのを聞きながら鷲介は入り口のほうを見据え、闘志を高める。
華々しく行われる入場セレモニーを終えてピッチに散らばる両チーム。雲一つない快晴の空とそこに漂う冷たく乾いた冬の空気を感じながら鷲介はAマドリーのスタメンを確認する。
メンバーは依然対戦した時と全く変わっていない。4-4-2のフォーメーションでGKハビエルに4バックのDFラインは左からモデスト、フリスト、レオナルド、イゴールだ。ボックス型の中盤のボランチはリコとフランシスコ、サイドハーフはペドロにサウロの二人だ。そしてFWはイグナシオ、ミカエルだ。
さて万全というべきAマドリーだが、リーグ戦も決して順調だったわけではない。イグナシオにレオナルド、攻守の要であるこの二人は時期は違えど怪我で一月ほどチームから離れていた。しかも運が悪いことにその期間にレイ・マドリー、バルセロナRという”スペイン三強”と称されるメガクラブと対戦し、どちらにも屈している。
当然ミカエルやほかのメンバーが気を張って頑張ってはいたがW杯予選にも出場している彼ら。当然疲労のこともあり全試合フルタイム出場というわけにはいかず、他のチームからも勝ち点を取りこぼしており現在のリーグ順位は四位となっている。
(実のところ今期のRバイエルンと状況が似ているんだよな……)
そう思いながら今度は自チームのほうをぐるりと見渡す。いつもと同じ4-3-3のシステム。GKアンドレアスにDFラインは右からフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノ。ボランチはロビン、右SMFにフランツ、左はアントニオ。そしてスリートップは鷲介、ジーク、エリックの三人。
(正直エリックさんが出場したのは驚いたな)
最近はどうにも調子が悪いエリック。得点、アシストこそあげているが試合全体を通しての動きがよくないのだ。おそらくは今の今までクラブ、代表ともに出場し続けていた時に蓄積していた疲労がここにきて重くのしかかっているのだろう。
逆に最近調子がいいのはアレックスだ。出場機会こそ少ないが出たときはしっかりとチームの力となっておりゴールアシストの結果も残している。一部のメディアや評論家からは調子の悪いエリックにかわってアレックスが出場するとまで言われていた。
とはいえ今更どうのこうの言ってもしょうがない。自分も彼も100%の力を出し切るだけだ。そうしなければ勝てない相手なのだから。
試合開始の笛が吹かれ、センターサークルに入っていたイグナシオがボールを後方に下げる。追う鷲介たちをいなすようにゆっくりと、しかし正確に下げられたボールはレオナルドの元へやってくる。
彼から一気に前線へ来るかと身構えたその時だ、レオナルドがボールを蹴る。グラウンダーの強いボールは自陣のセンターサークル付近へ向かい、それをフランシスコがトラップすると同時に前を向く。
フランシスコへすぐそばにいたフランツが距離を詰める。だが彼はそちらに見向きもせずいきなりロングボールを放つ。
「!?」
強襲というべきパスに思わず鷲介は驚く。速く正確なロングボールはRバイエルンの左サイド深くにいたミカエルの元へ届く。
あっさりとトラップをしてゴール方向を見るミカエル。クルトたち四人に加えロビンが近くにいるが、彼は全く迷わずドリブルを開始した。
◆◆◆◆◆
相手チームの視線と戦意を感じながらミカエルは下唇を軽くなめミドルサードとアタッキングサードの境界線上からドリブルを開始する。
そこへまずやってきたのはオランダ代表のロビンだ。試合開始ということもあって勢いはある。だが隙だらけな彼をミカエルはまた抜きであっさりかわして前に出る。
次に間を置かずやってきたのはブルーノだ。クラブ、代表でも幾度となくマッチアップしている因縁の相手ではあるが、今はまだ相手にする時ではないと思い敵陣の中に逃げる。そして彼と先程かわしたロビンがこちらに向かっているのを見て反転、右サイドにパスを出す。
ミカエルの蹴ったボールは予測通りオーバーラップしてきたモデストが収め前に出るこちらに気を取られていたブルーノたちは再び左サイドに注力し、その間にミカエルは彼らに気取られないようゆっくりと斜めに左サイドに向かう。
(ここだ!)
頃合いと見てミカエルは加速する。ロビンに前をふさがれたモデストはかわすフェイントを入れた次の瞬間、左からフォローに来たリコへパス。そしてそのリコはダイレクトでミカエルが走る場所へボールを出してくれた。
(ナイスパスだ!)
ボールを収めるミカエル。ペナルティエリアからは数メートルの距離だ。そして前を向くと右からブルーノが左からはクルトがこちらへ走ってきている。
だがそれを見てもミカエルはほくそ笑むだけだ。左からきているといっても距離がありすぎるからだ。
やってきたクルトと対峙するミカエル。ドイツ代表の常連である若手は距離を詰めるも不用意に飛び込まず、腰を落とし待ち構えている。
(教科書通りの対応かよ、つまらねぇ!)
心中で吐き捨てると同時、ミカエルは前に出る。自分の守備範囲に侵入されたためかクルトは動き出すが、ミカエルは得意のダブルタッチであっさりとかわしてしまう。
沸くサポーターの声を聴きながら正面からペナルティエリアに侵入しようとするミカエルの前に壁が立ちふさがる。前回のCLでは対戦しなかったジェフリーだ。
だが数ヵ月のブランクが響いているのか彼の守りも隙が多い。左から右に、再びダブルタッチで突破する。
(よし、シュート──)
そう思い右足を振り上げようとした時だ、ボールのところへアンドレアスが手を前に出して突っ込んできていた。
このまま足を振り下ろせばアンドレアスごと蹴ってしまう。それを確信したミカエルはシュートを中断、ボールはアンドレアスの両手に収まる。
(こんな完璧なタイミングで突っ込んでくるなんて。……いや、これは──)
横目で先程かわしたジェフリーを見る。こちらの視線に気づいた彼は柔らかい、しかしどこかこちらをからかうような笑みを浮かべていた。
それを見てミカエルははめられたことに気づく。ボールを奪うため、先程はあえてわざとミカエルにかわされたのだろう。
(アンドレアスとの見事な連携……。レオナルドとハビエルみたいな真似をしやがるな!)
心中で毒つくミカエル。その直後起き上がったアンドレアスはオーバースローでボールを一気に前に送る。
決定的チャンスを逃した直後のカウンターにフランシスコやペドロのコーチングの元、すぐさまAマドリーイレブンは守りに転じようとする。しかし相手は自分たちとチーム、選手ともに同格であるドイツの絶対王者。こちらの守りの綻びをついて彼らは動き、ボールを回す。
センターサークルにいたフランツにボールが入り、そこへフランシスコが迫る。だが世界トップクラスのパサーである彼はフランシスコからチェックを受ける直前、パスを出す。
Aマドリー陣内の右サイドに飛んだボール、並みの選手なら追いつけないそれにあっさり追いついたのは敵チームの”ゾディアック”だ。
(ヤナギ!)
トラップした彼の元へイゴールが向かう。しかし柳は強引に中に切れ込み、体を当ててくるイゴールをスピードで振り切ってしまう。
加速し、あっという間にAマドリーゴールへ迫るヤナギ。だがその正面にはレオナルドが立ちふさがっている。
スペインリーグ屈指、南米No1CBともいわれるレオナルド。ミカエルとて彼をかわすのは容易にできない。
(いくらお前でも簡単にはかわせまい!)
そう思うと同時、ヤナギはスピードに乗ったまま前に出る。そして軽くフェイントを入れて右に切れ込む。
しかしそんなフェイントではレオナルドは当然振り切れていない。すぐさま反応しては彼の前に立ち塞がろうとする。またヤナギの後ろからイゴールも迫っている。
(よし、あとはレオナルドが奴を遅らせればイゴールとともに挟み込める──)
心中でミカエルがほくそ笑んだその時だ、ヤナギはシュートを撃った。
それを見てミカエルはぎょっと目を剥く。小さい振りからのシュートだが速く威力もある。そしてボールはゴール右隅に向かっている。ハビエルも飛びつこうとしているが体勢は中途半端で、おそらくは間に合わない──
(まさか入るのか!?)
肝を冷やすミカエル。だが柳の蹴ったボールは右にずれポストに当たりゴールラインを割る。
ゴールキックとなったことにスタジアムのサポーターから安堵の声が響く。ミカエルも態度にこそ出さないが、サポーターと同じ気持ちだ。
(まさかレオナルドのブロックより速くシュートを撃つとは……)
正直なところ、ヤナギがシュートを撃ってもレオナルドの足によるブロック、またはハビエルのセービングで防げると思っていた。
オオトリ杯、そして前回の対戦の時では間違いなくそうなっていただろう。だが今、ヤナギは彼らよりコンマ数秒早くシュートを撃っていた。
「運がよかったね。ピッチに、芝に助けられたね」
いつの間にか寄ってきていたペドロが言う。彼もいつになく深刻そうな表情をしている。
自分と同じく彼も気づいたのだろう。ヤナギの成長とその脅威に。映像で見た以上のものがあると。
「ええ。ですが、こうでなくちゃいけません。──これぐらいの相手じゃないと俺の体の中にある熱が完全燃焼しません」
ますます高まる体の熱にゾクゾクするのを感じながらミカエルは微笑む。これはミカエルが本気を出すべき相手を見た時に起きる現象だ。
(今度こそ、どちらが上か強いか、はっきりさせようぜ。ヤナギ!)
ジークフリートと会話をかわすヤナギを見て、ミカエルは二度の対戦でつけられなかった決着をつけることを改めて誓うのだった。
リーグ戦 10試合 11ゴール4アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 3試合 4ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト