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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
65/196

狼のチーム1






「鷲介! ヨアヒム新監督と面談したそうだな! 何故俺に教えてくれなかった。会いたかったのに!」

「いやフランツさん、日本代表監督として代表選手である鷲介に面談に来ているんですからさすがに俺たちが同席はできませんよ。……まぁドイツサッカーの生きたレジェンドに会いたい気持ちは否定しませんが」

「そうだろうそうだろうジーク! ああ、鷲介が上手いこと気を効かせて俺たちとセッティングする時間を設けてくれれば!」

「二人とも、その辺にしておきたまえ。今は今日対戦するヴォルフFCについて話す時だ。

 ──ああ鷲介、次ヨアヒム監督にあった時、私のプライベートメールアドレスを渡しておいてもらえるだろうか?」


 クラブバスの中で騒ぐフランツ、ジーク、そしてトーマスの会話だ。当然だが三者に鷲介が半目を向けたのは言うまでもない。


「さて時間もないことだ。改めて対戦チーム、現在三位のヴォルフFCについて確認するとしよう」


 軽く咳をしたトーマスが言うと手元にあるタブレットにヴォルフFCの予想スタメン及びフォーメーションが表示される。要注意人物は名前が濃く表示もされている。


「基本システムは我がロート・バイエルンと同じ4-3-3。だが我がチームと違うのはこのチームは伝統的に走るチームと言うことだ。そして攻守ともに非常に粘り強い」

「元々走力を売りにしていましたけど数年前に監督に就任したヴォルフFCのレジェンドがさらにそれを強化、発展させたんですよね。おかげでリーグ中位が定位置、たまに降格圏争いをするヴォルフFCは今では僕らに匹敵する強豪チームに変貌したわけです」


 付け加えるように言うクルト。ブルーノ、フリオも続く。


「昨季はホーム、アウェー共に勝ってはいるがまぁ接戦の末の勝利って感じだったな。攻守ともにウザったい奴らだった」

「今季はそれがさらに増してるね。十三節終了時点で九勝三分一敗。唯一負けたのはレヴィアー・ドルトムント戦だけだ」

「開幕戦のか。後から見たがあの試合が今のところ今季のヴォルフFCを象徴するかのような試合だったな」


 その試合は鷲介もチェックしている。3-1でRドルトムントの勝利だ。

 だがゲームの内容は接戦と言うべきものだった。3失点したもののうち二つはケヴィンのミドルシュートがヴォルフFCの選手に当たってコースが変わったのと、試合後主審の判断ミスと騒がれているPK。もしこれら二つが無ければ引き分けだったのだ。

 何より印象的だったのがヴォルフFCは点を取られれば取られるほど勢いが増していったと言うことだ。彼らはアウェーにも拘らず一切怯むことなく縦横無尽に動き回ってはRドルトムントと互角にやり合っていた。特に一点返した後半三十分以降の勢いは凄まじいの一言で、あの”鉄壁”が幾度となく脅かされていたのだ。

 正直なところ、執念すら感じさせるあの走りっぷりはリーグ随一ではないだろうか。 


「チームの中核は昨季と変化はない。DFリーダーを務め守備を纏める元オランダ代表のジョバンニ・デ・バッケルとチームの10番を背負うチームのエース、元ウルグアイ代表のエクトル・アラーナ・オルネラス。この二人は以前と同様、もっとも注意すべき選手だ。

 前期よりも攻守もグレードアップしているが特に攻撃陣、今季よりスペインリーグより加入した元スペイン代表のアルドフィト・プトラゲーニョ、昨季ウインターブレイクの最中に移籍してきた元コロンビア代表のレナト・バラシオ。元代表とされているが実力は現代表と差はないワールドクラスの選手二人と、今季チーム得点王でありU-23ドイツ代表としてローマオリンピックで金メダルと得点王を獲得したヴォルフガング・カイザー。

 私の分析では彼ら三人が揃った時、CL出場チームと遜色ない攻撃力を兼ね備えると思っている。特にヴォルフガングはあのカール・アドラーに匹敵するかもしれない」

「いやそれはないでしょう」


 監督の言葉に思わず反論する鷲介。そして次の瞬間、自分以外の皆の視線が一斉に集まり驚き、狼狽える。


「あ、いや。いくらドイツが育成大国とはいえ、さすがにあんな化け物が二人もいるとは思えないですけど……」

「確かに! だが鷲介、カールと同じ”ゾディアック”のお前が言うとまさしくお前が言うなとしか思えないわけだが」


 冗談めかしたフランツの言葉に皆が大きく頷く。自分はカールほどの選手ではないと思いつつ、これ以上突っ込まれないよう反論はやめる。


「まぁ匹敵するかどうかはともかくジョバンニ達に次ぐ要注意選手であることは変わりない。それに俺としてもRバイエルンから追放されたヴォルフ坊やがここまで這い上がってきたのは正直に驚いたからなー」

「追放? ……そういえばヴォルフガング選手はRバイエルンのジュニアユースにいたんでしたっけ。

 でも追放ってなにかやらかしたんですか」

「まぁな。詳しいことは同期であるクルトがよく知っているだろう」


 ヴォルフガングの経歴を思い出した鷲介にフランツが言う。

 視線を向けるとヴォルフガングと同い年の若きドイツ代表は不機嫌そうな顔つきで口を開く。


「試合前だし簡潔に言うよ。彼は自分が気に入らない選手、敵対した選手を不当に貶めていたんだ」

「それぐらいで追放ですか?」

「もちろんその程度なら追放まではされなかっただろうね」


 クルトもヴォルフガングと敵対した仲だったのか、眉根をひそめて話を続ける。当時のRバイエルンの会長を務めていたドイツ代表、そしてRバイエルンのOBでもあったヘルムート・カイザーの孫でもあったヴォルフガングはその血筋を示すかのように優れた選手で同年代の中ではとびぬけていた。

 しかし少年と言う年齢にそぐわない傲慢さと狡猾さを持っており自分に従わない、気に入らない者のちょっとしたミスや過ちを監督やコーチ、周りの大人──それも祖父寄りの人間につぶさに報告していた。そして彼らに敵対した人間を注意する──また厳しく見るよう促していたと言うのだ。

 しかもその報告内容が真実を捻じ曲げる、小さいことでも過剰に膨らませるなど虚実が入り乱れたもなのど、実に巧妙なものだったそうだ。またヴォルフガング自身、自分やサッカーに対しては真摯かつ厳しいこともあり周囲の人間はそれを信じてしまったのだという。


「鷲介、以前カールがRバイエルンジュニアにいたことを話したが覚えているか? カールが離れたのにもヴォルフガングが関与していたそうだ」


 フランツに言われ、鷲介はスレイマニのお別れ会の時のカールの様子を思い出す。言われてみれば今のクルトと同じく話したくない様子だった。


「要は会長の孫と言う立場を利用した上、その会長派閥の人たちをいいように利用していたわけですか。そして気に入らない人間の悪い部分を誇張した上、いじめて追い出していた、と」

「そういうことだね。とはいえそんなヴォルフガングの汚いやり方を監督と英彦が暴いた」

「監督と英彦さんが?」


 鷲介がRバイエルンに入る数年前、英彦がヴォルフガングにいじめられているチームメイトを見つけ、それを止めたのがきっかけだったそうだ。

 その後当然ながら英彦はヴォルフガングやその取り巻きに黙っているよう要求され、また自分の味方をするよう命令されたそうだ。だが当然英彦はそれを跳ねのけると当時ジュニアユースの監督に就任したばかりのトーマスに報告。

 報告を聞いたトーマスも以前からヴォルフガングを中心としたグループとそれ以外の面々に違和感を感じており、詳しく調べた結果、ヴォルフガングの所業が明らかになった。

 その後ヴォルフガングとヴォルフガング派と言うべき人間はクラブより放逐、または厳しい処分が下された。そして同時期に行われていたRバイエルンの会長選で負けたヘルムートも孫に続くよう──孫の不祥事の責任を取るように──クラブより離れたのだと言う。


「ヴォルフガングに味方していた大人たちはともかく、その取り巻きたちの大半はその後サッカーをやめてしまったみたいだよ。他のクラブに引き取られた選手もいたようだけど厳しい目で見られ続けていたんだろうね」

「でも肝心のヴォルフガングはやめるどころかプロになりU-23のエースとなってオリンピックでは得点王。今ではドイツ代表候補までに上り詰めたってわけですか」

「そこだけは評価すべき点ではあるね。ヴォルフガングがここまで上り詰めたことは僕も驚いたよ。昔から執念深かったけど、それが国外に出てさらに増したのかもね」


 Rバイエルンから追放されたヴォルフガングはその後、イングランドのクラブへ身を移している。と言ってもマンチェスターFCのような強豪ではなく一部二部を行ったり来たりするエレベータークラブにだ。

 しかしそこでもゴールやアシストを重ねていたためドイツやイングランドメディアからは密かに注目されていたらしく、鷲介がトップチーム昇格を決めたのとほぼ同時期にヴォルフFCへ移籍が決まったのだと言う。


「それでは今日のスタメンを発表する──」


 トーマスがそう言ってタブレットの画面が切り替わる。システムはいつも通り──ヴォルフFCと同じ──4-3-3。GKはアンドレアス、DFラインはフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノの四人だ。前節復帰していたジェフリーは今日もスタメンだ。

 中盤、そして前線も前節と同じスタメンで固められている。ロビンにフランツ、アントニオの中盤にアレン、ジーク、エリックのスリートップ。ベストメンバーと言っていい布陣だ。


(ま、好調な攻撃陣に怪我から復帰したばかりの俺が割って入る理由は無いからな)


 代表ウィークが終わりすでに三試合経過している。リーグ12、13節とCL5節だ。

 オリンピアFCとの試合で感じたのは間違っていなかったのか、DFラインが安定しジークが怪我から復帰したRバイエルンは──細かいところでおかしいところはありつつも──生来の強さに近づきつつある。チームも鷲介が離脱してからリーグ、CLを含めて五戦行われており結果は四勝一分けと調子がいい。

 復帰したジークも四試合出場して3ゴール1アシストと好調だ。エリック、アレン、アレックスもそれに引っ張られるように得点に絡みゴールやアシストを上げている。


「準備は怠るなよ鷲介。あの粘り強いヴォルフFCの守りを切り崩すのにお前のスピードとドリブルはうってつけだからな」

「はい」


 後ろの席にいるジェフリーへ鷲介は肯定の返事を返す。

 そしてクラブバスがヴォルフFCのホームスタジアムに到着。バスを降り着替えアップのためにピッチに行く。

 ホームスタジアムの客席は緑と白に染まったフラッグがいくつも揺れている。ヴォルフFCのチームカラーだ。

 そして試合前だと言うのに観客席からの応援の声が大きく響いている。そう言うチームは珍しくはないがヴォルフFCのサポーターたちの声は今まで聞いた中で一番大きく強く、熱量がある。


(サポーターの声援もチームと同じく粘っこそうだな……)


 鷲介がそう思っていた時だ、背後から誰かからの視線を感じ視線を向ける。

 さりげなく視線を向けるとその先には屈強な肉体の銀髪の青年が立っていた。カールよりも頑強さが感じられるその人物は灰色の瞳に鈍く光る刃のような輝きを秘めて、鷲介を見ている。


(ヴォルフガング・カイザー)


 鷲介が心中で呟くと同時、ヴォルフガングはすぐに視線を外しアップに戻る。鷲介も同様に背を向ける。まるで獲物に狙いをつけた狼のようだ。

 試合前の練習にセレモニーは何事もなく終わり試合開始の笛がスタジアムに鳴り響く。最初にボールを動かすのはホームのヴォルフFCだ。


(さて、どうくるか)


 実の所、鷲介はヴォルフFCと対戦したことがない。昨年の前半戦はU-17W杯に参加している間に、後半は負傷期間中に所属していたハンブルク・フェアアインが対戦したからだ。

 監督や同僚の話と映像でどのような戦い方をするのかは知っているがただ知っているのと体感したのでは差があることはよくわかっている。出場した時どのように動くべきか、改めて考えるためピッチに鋭い視線を向ける。


「ここまではヴォルフFCは大人しいな」

「はい。Rバイエルンが優勢ですね」


 前半十五分が経過した時、鷲介の左側に座っているビクトルとアレックスの発言だ。

 二人の言うとおり得点こそないものの試合の流れはRバイエルンにあった。シュート本数もすでに三本というアウェーチームに対し、ホームチームはまだ一本だけだ。

 リーグ随一の走力を誇るヴォルフFCだが、もちろんフルタイム全力疾走しているわけではない。映像で見ていたヴォルフFCの走力としつこい動きは今のところ守備でしか見られていない。

 スローインで入れられるボールが再びヴォルフFC陣内深くに向かって飛ぶ。アントニオのサイドチェンジを右サイドで収めたアレンは、対峙するヴォルフFCの左SB、ヴォルフガングと同じU-23ドイツ代表コンラート・レーデを小刻みなフェイントでかわしペナルティエリアへ迫る。

 斬り込むアレンに向かうのはザシャ・アッカーマンだ。近々ドイツA代表に初選出される噂がある彼はアレンと距離をつめつつも周囲もしっかり見ているのか守るのに最適な距離を維持している。

 だがそれにお構いなしに進むアレン。ザシャは下がりながら適切な距離を保つ。しかし先ほどアレンにかわされたコンラートと挟み込む形となった瞬間、一気に前に出る。

 

(いいタイミングだ)


 ザシャが前に出たのを見て鷲介は素直にそう思う。だが相手はセルビアのフル代表でありRバイエルン随一のテクニックプレイヤーだ。

 挟み込まれたアレンは左右に動く。突っ込んできたザシャがわずかに戸惑った瞬間、大きく左に動きセンタリングを上げる。一連の動作には全く淀みがない見事なプレーだ。

 ペナルティエリア左へ飛ぶボールへエリック──ではなくマークを振り切ったジークが飛び込みヘディングを放つ。いつもなら得点もののヘディングだがヴォルフFCとモンテネグロ代表の正GKであるファスト・ザヴィッチがパンチングで弾く。

 エリア外に飛んでいくボール。それをクリアーしようとヴォルフFCのボランチであるドイツU-20代表のトビアス・クスターが向かっていくが、彼より早くエリックが駆け寄りジャンピングボレーを放つ。

 パンチング直後の体勢が不十分なファストが決して届かない位置へ飛んだボール。先制かと思ったその時だ、そのボールをエリックと同じオランダ人であり守りの要であるジョバンニが胸で止め、そして大きくボールを前に蹴りだす。


「あーおしい」

「悔しいがさすがジョバンニというべきだな。代表監督に意見して招集されなくなったとはいえその実力は現役代表と何ら遜色がない」


 膝を叩く鷲介の言葉にビクトルが言う。賞賛しつつも近い年にも拘らずフル代表級の実力を持つジョバンニのことを羨み、嫉妬していることがわずかに感じ取れる。が当然それに突っ込むような不作法を鷲介はせず試合観戦に集中する。

 Rバイエルン優勢のまま試合は続く。ダイレクトパスや動き出しでヴォルフFCを揺さぶってはジークやエリックたちがゴールに迫りアントニオたちもミドルシュートを撃っていく。

 とっくに先制してもおかしくない猛攻。しかしヴォルフFCはジョバンニを中心とした粘り強い動きと守りでそれらを凌いでいる。

 そして二十五分近くになった時、ヴォルフFCの攻撃陣も本格的に動き出す。フランツのパスをインターセプトした右SMF、ドイツU-23のローマン・エビングハウスが早く強い、そして正確な縦パスをRバイエルン陣内へ送る。

 Rバイエルンのラインから飛び出し──オフサイドは無い─そのボールへ向かっていくのはまだ27歳と言う年齢にも拘らず元コロンビア代表のレナト・バラシオだ。ボールを収めると同時、相手チームのペナルティエリア間近までやってきた快速FWへサポータが期待の声を上げる。

 先程のアレンのようにゴールへ突き進むレナトへクルトが向かっていき巧みなポジショニングと守りで遅らせる。容易にドリブル突破ができないと悟りパスを出そうとするレナトだが、近くのチームメイトの側にはRバイエルンイレブンがいる。

 それを見て個人技で突破する。そんな顔になるレナト。だがそのほんのわずかな隙をクルトは容赦なくつく。素早く鋭く動いてあっという間に距離をつめると足を伸ばし、彼からボールを奪取した。


(よしっ!)


 最近復調の兆しが見えているクルトの様子を見て鷲介は心中で喝采を上げる。

 だがそれでレナトは終わりではなかった。ボールを奪取されたレナトはすぐさまクルトに駆け寄り体をぶつけ、ブルーノへパスを出そうとしたクルトを吹き飛ばしボールを奪い返してしまう。──しかしこれは当然ファウルの笛が吹かれる。


「相変わらず荒っぽい奴だなー。さすが代表のエースと殴り合いの喧嘩をしただけのことはあるな」


 呆れた口調でレナトが代表へ召集されない理由を言うカミロ。クルトを抱き起すレナトだがその表情からは今の笛への不満がありありと現れている。もしかしたら思った以上に気が短い選手かもしれない。

 再びRバイエルン陣内から相手陣内へ運ばれるボール。ボールを受けたエリックが反転と同時にシュートを放とうとするがそれをジョバンニが防ぎ、自陣のセンターサークル付近にいるエクトルへ送る。

 強く速いボールをあっさり足元に収めて前を向くエクトル。そこへフランツが迫るがエクトルはダブルタッチであっさりとかわし、続いて前を塞いだロビンに対してはパスを出すふりをしてからの急加速で突破してしまう。


「なっ!?」

「!」


 ベンチにいる誰かが驚くと同時、思わず腰を浮かす鷲介。一連の動きは確かなキレがあったものの、あの二人をああもあっさりかわすとは流石に驚きを禁じ得ない。

 チームの顔であるエクトルのプレーにスタジアムが湧き、それに呼応するかのようにヴォルフFCイレブンも前に走っていく。そしてミドルサード中央辺りまで来るとRバイエルンの右サイド裏にパスを出す。

 ちょうどフリオが動いたタイミングでのパスに反応しているのはアルドフィトだ。足元にボールを収めた彼は一気にRバイエルンゴールへ迫っていく。

 だがペナルティエリア近くまでやってきたところへ急いで戻ってきたフリオが前を塞ぐ。元スペイン代表と現スペイン代表のマッチアップだ。

 アルドフィトはゆっくりと左右に体を揺らした次の瞬間、左へ鋭く切り込む。だがフリオもそれは読んでいたのか見事に反応している。


(よし、コースを塞いだ。シュートは撃てない。

 近くに味方もいないしせいぜいコーナーキックになるだけ──)


 エリアに侵入できずサイドに追いやられているアルドフィトを見て鷲介が拳を握ったその時だ、何とアルドフィトはさらに左──ゴールラインの方へ寄っていく。

 ボールがラインを割る──そう思ったが、現代表監督から戦力外通告を受けた元スペイン代表FWはボールをライン上にぎりぎり残し、センタリングを上げる。彼を追い詰めていたフリオもそれは想定外だったのか、ボールはフリオの右腕をかするようなコースで空に舞う。

 右に弧を描き飛んだボールに反応したのはジェフリーとヴォルフガングだ。屈強な体を持つ両者は空中戦でも激しく競り合う。そしてわずかに反応が早かったヴォルフガングに軍配は上がり、ヘディングシュートがRバイエルンゴールへ向かう。だがそのボールは正面にいたアンドレアスがしっかりとキャッチする。


(さすがジェフリーさんだ)


 スタジアムに無念の声が響くのを聞きながら、鷲介は笑みを浮かべ、ぐっと拳を握る。競り負けたとはいえヴォルフガングのシュートコースを限定したのは間違いなく彼の動きによるものだ。そしてジェフリーと共に長年Rバイエルンのゴールマウスを守護していたアンドレアスも見事相方の意図を読み取り動いていた。

 だが安堵ばかりもしていられない。今の競り合い、ヴォルフガングはパワー型CBとしては世界トップクラスのジェフリーを相手に──わずかではあるものの──競り勝ったのだ。激突した後の着地でも平然としていた。世界一のフィジカルリーグと言われるイングランドリーグで結果を残したのは伊達ではないようだ。

 アンドレアスのオーバースローでボールは一気に前に飛び、Rバイエルンが反撃に転じる。的確な走りと粘るヴォルフFCイレブンに苦労するもボールはダイアゴナルランでペナルティエリア正面に飛びだしたエリックの元へ届く。だがその前に再びジョバンニが立ちはだかる。


「チャンスだ!」


 ドミニクの声が聞こえると同時、エリックは仕掛ける。左に切れ込むと見せかけ、逆に向かう。だがそれをジョバンニはあっさりと見抜いており足を伸ばしてはエリックの足元からボールを簡単に奪ってしまう。


(上手い!)


 思わず凝視してしまうほど、見事なジョバンニのインターセプトだ。エリック並みの長い足が鎌のようにボールを刈り取ってしまう動きは熟練の技だ。

 そしてジョバンニは一気に前にボールを送る。Rバイエルン陣内のセンターサークルまで飛んだボールはヴォルフガングの元へ、そしてそこにジェフリーが走っていく。

 激しく体をぶつけ合いながらボール落下地点を争う両者。だが先程と同じくヴォルフガングはジェフリーに一歩も引かない。

 そして胸トラップでボールを収めたヴォルフガングは右足でRバイエルンの左サイドへパスを出す。ブルーノの後ろに出たボールにレナトが走り、ブルーノが必死の形相で追尾する。

 ペナルティエリア目前で正面からクルト、後ろからブルーノに挟まれるレナト。

 だが背後のブルーノがボールを奪取しようとしたとき、レナトはさらに前に進む。先程のブトラゲーニョと同じようにゴールラインを割るギリギリのところまで来て、ボールを奪おうと伸ばしたクルトの足が届くよりわずかに早く、センタリングを上げてしまう。

 ペナルティエリアを大きく横断するボールへ寄っていくのはフリオとブトラゲーニョだ。とにかく上げたというような適当なボールはフリオが先に拾い、ブトラゲーニョのチェックを受けつつもボールを前に出す。

 だがボールを収めたロビンへ背後からローマンが襲いかかりボールを奪う。強引ながらも笛が鳴らないタックルでボールを奪取した彼は、すぐさま浮き球のパスをRバイエルンのペナルティエリア内──ヴォルフFCから見て左──に出す。ジェフリーの頭上を飛び越えたそのボールへエクトルが走りこむ。

 ジェフリーが体を寄せるのにも構わず、エクトルはダイレクトボレーを放つ。だがゴールから五メートルもないコースがないところにジェフリーの巨体にさらにシュートエリアが狭められたためか、ボレーシュートはポストに当たり大きく右に跳ね返る。

 そのボールをパスを出したローマンが拾うが、先程のお返しと言うようにロビンが体を寄せる。だがローマンは驚きつつもギリギリのところでチェックをかわし、不十分な体勢ながらも再びパスを出す。


「ヴォルフガングだ!」


 鷲介が叫ぶと同時、ローマンのパスを足元に収めたヴォルフガングはミドルシュートを放つ。エリア外とはいえ、勢いがあるグラウンダーシュートはゴールへ向かう。

 しかしアンドレアスが懸命に手を伸ばし、ボールを弾く。防がれたボールは再びポストに当たり跳ね返る。再びエリア外にこぼれるボールへレナトが走りこみシュートを撃つが、これはブルーノが体を投げ出すようなブロックで防ぐ。

 だがこぼれたボールへ寄っていくのはまたしてもヴォルフガングだ。クルトが体を盾にシュートコースを消すが、構わず彼は鬼気迫る表情でシュートを放った。


「!」


 狙ったのかどうかは分からない。だがヴォルフガングのシュートはクルトの開いた足元を通過してRバイエルンゴールへ向かう。そして再び反応していたアンドレアスの右手でボールはコースが変わるが今度はポストに当たらず、ゴールラインを割りネットに収まった。

 先制点に沸くスタジアム。ゴールを決めたヴォルフガングも大仰なガッツポーズをし、チームメイトから次々と祝福されている。


(やられた! ……ん?)


 失点に鷲介が奥歯をかみしめていると突然主審の鋭い笛がピッチに鳴り響く。主審が向かう先を見ればなんとレナトとブルーノが小競り合いをしているではないか。

 クルトとローマンが慌てて両者を引きはがす。主審は何が起こったのかわからないらしくVARを確認するため走って行ってしまう。

 先制点直後に起きたトラブルで騒然とするスタジアム。そしてモニターには二人のやり取りが大きく表示される。どうやら先制点直前、シュートブロックしたブルーノとレナトが衝突し、すぐさま起き上がった両者が鼻息荒い様子で詰め寄ったようだ。主審もそれを確認したのか戻ってきては両者にイエローカードを提示する。


「何やってるんだブルーノの奴は……」

「先制点を奪われたうえにイエローですか。相手もカードをもらったとはいえちょっとまずいですね」


 ビクトルの言葉に鷲介も眉根をひそめて言う。もう一枚もらえば退場。それでなくてもこの試合中は審判から要注意されるだろう。いつもの積極的DFも簡単にはできなくなる。

 Rバイエルンのセンターサークルからボールが出て両イレブンは再び動き出す。先制したヴォルフFCはブルーノの退場を狙っているのか右サイドから攻めてくる。

 当然レナトとブルーノのマッチアップの回数も増えてくる。だがブルーノはいつも通りの荒々しさと技術が同居する守りで突破を、ボールをゴール前に運ぶのを許さない。

 そして二枚目を恐れないブルーノに周囲も勢いが増す。前半ロスタイムに入った時間、レナトからボールを奪取したブルーノは敵陣に向かって縦パスを送る。

 左サイドに飛んだボールにエリックが飛び上がって頭で落とす。それをフランツ、アントニオがダイレクトで繫ぎ、中央に走りこんでいるジークに渡す。


(打てる!)


 鷲介が思うと同時、ジークは右足を振りかぶる。だがその時、シュートコースにジョバンニが立ち塞がる。

 見事なコース潰しに鷲介が歯噛みしたその時だ、ジークはやってきたボールをスルーする。そしてそのボールには斜めから走ってきたアレンがトラップして前に出る。


「よしっ!」


 一気にゴールに迫るアレンを見てアレックスが喝采の声を上げる。コンラートがアレンの前に立ちふさがるが、緩急のついた動きとフェイントでアレンは彼をかわしペナルティエリアへ侵入、シュートを放つ。

 ゴール右上隅に向かうボール。ファストが手を伸ばすがボールには届かない。同点弾と鷲介は思ったが狙い過ぎたのかボールはポストに当たり跳ね返ってしまう。


「またかよ!」


 それを見て思わず叫ぶ鷲介だが、すぐにぱっと明るくなる。何故ならそのこぼれたボールに誰よりも速く、Rバイエルンの10番が駆け寄っていたからだ。


(今度こそ同点だー!)


 ぐっと拳を握ると同時、こぼれ球をボレーで相手ゴールに叩き込むジーク。

 しかし無人のゴールに向かったボールは、いつのまにかゴール前に戻ってきていたヴォルフガングの伸ばした足に弾かれ、それを拾ったヴォルフFCの選手によってクリアーされてしまった。


「……なんでFWのあいつがゴール前にいるんだ」

「ヴォルフガングのやつが自分のポジションを無視してゴール前に戻ることはある。だがよりにもよって今とは……」


 鷲介のつぶやきに味方の誰かが応じる。チームの危機を救ったヴォルフガングはジョバンニ達から肩を叩かれ、褒められている。

 そしてこちらの視線に気づいたのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべるのだった。







◆◆◆◆◆







 前半終了のホイッスルが鳴り響き、ボールを追っていたヴォルフガングは足を止めると、大きく息をつく。


(今日はまた一段と疲れるな)


 自チームが走力のチームであることはわかっているがRバイエルンのような強豪ともなるといつも以上に賢明に走り回るため疲労も大きい。

 とはいえハーフタイムをはさめば後半走るだけのスタミナは何とか確保できるだろう。そう思いながらロッカールームに引き上げている最中だ、実に懐かしい顔に出会い、思わず声をかけてしまう。


「ようクルト。さっきは先制点をありがとうな」

「……。何のことだい」

「おいおいとぼけるなよ。俺がシュートを撃つ直前、お前ほんのわずかだけど躊躇──ビビッて前に出なかっただろ」


 正面のクルトの表情が不機嫌そうなものとなって強張る。だが反論がないところからするに図星か、今言われて気付いたのかのどちらかだろう。

 最近の彼を見ていて強引に突っ込めば隙ができると思っていたが思った以上の反応を見せてくれた。


「いつも澄ました顔をしてクレバーにプレーするくせに肝心なところで一歩引く所、変わってねぇなぁ。ま、そのおかげで我がチームがリードしたんだ。本当、ナイスアシストだったぜ」


 笑みを浮かべ、肩を叩こうと手を上げるヴォルフガングだが、クルトは素早く身を翻しロッカールームの方へ早足で向かってしまう。

 都合が悪くなると逃げるところもジュニアユース時代のままだ。ヴォルフガングは肩をすくめると再びロッカールームに続く通路に向かって歩き出す。


(今日こそ捻じ伏せることができるかしれねぇな)


 カツカツとスタジアムの廊下内に響くスパイクの音を聞きながらヴォルフガングは思う。もちろんそう思うのは自分を追放したRバイエルンだ。

 自分がチームから追放されたことは今でも納得がいっていない。気に入らない面々のマイナスポイントを事あるごとに伝えはしたがそれを過剰に受け取ったのはコーチたちだ。そして自分が罵倒、嘲った面々の大半は結局のところプロになれていない。それは自分がしたことは完全な間違いではなかったことを証明している。

 だが同時に追放されたことに感謝もしている。ビッククラブから降格争いをする弱小クラブ──それもイングランドリーグ──に移ったヴォルフガングに対し、周囲の人間は大半が冷たく、かつて自分がしたことと似たようなこともされた。だがそれはヴォルフガングの反骨心を刺激した。また幾度の降格争いによる勝利への餓え、敗北の恐怖は自身をより強く鋭く、そして獰猛にしてくれた。自分に虐げられた程度でプロになれなかった雑魚のように潰れなかったのだ。そう思うとやはり自分は完全には間違っていないと強く思う。


(絶対王者、今日こそ喰ってやるよ)


 昨季から続いて三度目の対決。三度目の正直、というチームメイトだった日本人から教わった諺を思いながら、ヴォルフガングは控室の扉を開け、中に入るのだった。






リーグ戦 9試合 9ゴール3アシスト





カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト





CL 3試合 4ゴール0アシスト





代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト


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