夏休みはミステリーとともに
千春 ♀
真澄 ♀
広海さんたちと別れた私たちは、真っ直ぐ扇町駅を目指す。後は帰るだけだ。
「手伝うのはいいんですけど、具体的に何をすればいいんですか? 私、警察や探偵の真似事なんて出来ませんよ」
ここ数日の活動は警察や探偵の真似事じゃないのかと聞かれると苦しいが、今回はレベルが違う。痴漢冤罪だ。れっきとした、刑事事件だ。例え真や和美、ヒロ姉の力を借りたところで、高校生風情に解決できるとは思えない。
「松前ひかるは、やってたよ」
「アイツは基本向こう見ずなんですよ。自分にできることと、できないことの線引きができてないんです」
「それはどうかな」
前を向いたまま、思わせぶりなことを言う。
「……何か聞いているんですか?」
「昴さんが捕まったのが七月の二十八日で、私が疑われたのが三十一日――不自然だと思わないか? 同じ路線、同じ区間で、こんな短期間に二件もの痴漢冤罪が起きるなんてことが、現実に有り得るんだろうか?」
「そう言われても、実際に起こってる訳ですから」
「それだけじゃない。ひかるが調べたところによると、その前、二十一日と二十四日にも、同様の騒動が起きていたらしい」
アイツは、見事に探偵の真似事をこなしていたらしい。
「それも、冤罪ですか?」
「さてねえ。二十一日に捕まった男は大人しく罪を認めて示談が成立し、二十四日に捕まりそうになった男は駅員の手を振り払ってその場からの逃走に成功したらしい。本物の痴漢なのか冤罪なのかは、不明だ。だが、たった十日の間に、四件もの痴漢騒動が起きているというのは、いずれにせよ不自然と言う他ない」
「つまり……どういうことですか?」
「有り得そうもないことが実際に起こった時、そこには何らかの作為が存在している――私は、そう思うんだ」
「作為、ですか」
私が一番に考えたのは、やはり被害者女性のでっち上げ、という線だった。示談金、怨恨、あるいは遊び半分――理由は様々だが、そうした動機のもとで起こされる意図的で悪質な痴漢冤罪は後を絶たないと聞く――しかし。
「昴さんの時と真澄さんの時って、被害者はそれぞれ別の人なんですよね?」
「勿論そうだ。私の場合、逃げられてしまったから氏素性は分からずじまいだが、恐らくは心峰の生徒だろうな。制服を見れば分かる」
「前の、二つの事件も別の?」
「詳しくは聞いてないが、多分そうだろう。こんなに早いペースで同じ人間が痴漢を訴えたら、さすがに警察もおかしく思う筈だ。思ってないということは、四つそれぞれが別々の被害者ということなんだろう」
確認するまでもないが、痴漢容疑をかけられた男性四人――厳密には三人の男性と一人の男装女子だが――も、当然バラバラに違いない。一人は示談に持ち込み、一人は逃走し、一人は未だ勾留中で、一人はその場で疑いを晴らした。四つは別々の事件なのか、どうか。
「あの、そもそもひかるはどうやって――」
「悪い、千春」固い声で遮られる。「話の途中だが、ちょっと聞いてほしいことがある」
「何ですか」
「二つある。一つ、絶対に後ろを向くな。二つ、そこの角を右に曲がったら、急いで壁に背中をつけろ。いいか」
「……分かりました」
いくら鈍感な私でも、真澄のやりたいことは分かった。程なくして、私たちは並んで壁に背をつけていた。
数秒経って。
ひょこりと、頭が覗く。そこからの真澄の動きは素早かった。
「ひゃあ!?」
頭を覗かせた人物の手首を掴み、背中に捻じり上げ、顔を近付けて声を浴びせたのだ。
「喫茶店からずっとつけていたな。貴様、何者だ!?」
「ひゃああ、すみません、ボク、怪しいもんじゃないッス!」
関節を極められたまま、頓狂な声をあげている。
妙な少女だった。まず目に付くのは目元を覆う黒縁眼鏡だ。サイズが合っていない。頭は一度も染めたことがなさそうな黒髪で、前髪はカチューシャで上げている。額が全開だ。頭は小さく、頭身が高い。体の起伏は少ないが、手も足も細い。しかし、レンズの奥の瞳はまだ幼さを残していて、見ようによってはジュニアアイドルのようだ。
「あのな、人の後をコソコソついてくるような人間が、怪しくなくて、何だと言うんだ?」
ちなみに、この間、腕は極められたままだ。
「いやあの本当に、ボクは――」
ボクって。
しかし真澄は少女の妙な一人称など気にもかけず、更に凄んで見せる。
「名を名乗れと言っているんだ。そんなに難しい話か?」
「ぼ、ボクは、心峰学園探偵同好会一年の、脇坂日向ですっ!」
「探偵同好会? ミス研のことか?」
怪訝な顔をする真澄。多分私も同じ顔をしている。探偵同好会なんて部活、聞いたことがない。ようやく腕を離された脇坂は、肩を押さえながら一息つく。
「ミス研ってのは推理小説研究会のことッスよね。違います。ボクたち探偵同好会は、あくまで学園内の様々なトラブルに対する、調査、解決を専門に活動しているんデス。心峰学園のトラブルシューターってところッスね」
心なしか得意気に、脇坂は自身の所属する部活の解説を聞かせる。
「まあ、学校非公認だし、部員も少数精鋭、その中でも一番下っ端なのが、一年のボクなんスけどねー」
アハハ、と笑う。何だか掴み所のない奴だ。
「それで? その探偵同好会の下っ端が、何故私たちの後をつけていたんだ?」
形のいい眉を曲げ、最初の質問に戻る。
「ですから、ボクたちもずっと、最近頻発してる痴漢冤罪事件を調べていたんスよ。酒井広海やその周辺をずっと調べ回ってて――そこに、吉良真澄と知らない女子高生が彼女に接触したんで、何事かと思って、後を尾けることにしたんです。冤罪事件について、何か新しい情報を持ってるかもしれないし」
身振り手振りを交えて、必死で弁解している。
「待て。貴様、何故私の名前を知っている」
「今回の件に関わってる人は全員把握してますよお。吉良さんは四人目の被害者だし、以前、酒井広海とも接触してるじゃないですか」
「……全部、見ていたのか」
「探偵ですから」
妙なところで胸を張る。探偵同好会なんて胡散臭い奴だと思っていたが、想像以上に優秀らしい。と、言うことは。
「じゃあ、松前ひかるって、知ってる?」
初めて口を開いた。もしかしたら、ひかるの足取りを知っているのかもしれない。
「知ってるも何も――ひかるっちッスよね? もちろん知ってますよ。ボク、途中からあの子と調査してたんスもん。相棒みたいなもんスよ」
「ひかるっち……相棒……」
何だろう。飛び出る語句の一つ一つが、いちいち遠い。
「酒井昴の件で、随分心動かされたみたいスね。絶対に無実を証明するんだって――赤の他人のためにあそこまで頑張る子、初めて見ました」
既視感。確か、以前に真澄も似たようなことを言っていた気がする。
「場所を移そう。順を追って詳しく話を聞きたい」
顔色を変えて真澄が提案する。妙なボクッ子探偵少女の登場で、一気に話が加速しそうだ。
「仲間内でも話題になってたんスよ。最近、痴漢がよく出るって」
数分後、私たちは扇町駅の待ち合わせ室に移動して、脇坂から話を聞いていた。
「ウチって、補習やら部活やらで、夏休みでも電車利用する生徒が多いじゃないッスか。そんな所で連続して痴漢騒ぎがあったもんだから、すぐに噂になって――でもまあ、暑いし変態が湧きやすいんだろうくらいの認識でいたんスよね。最初は」
「不自然だとは思わなかった、と?」
脇坂と膝を突き合わせ、真澄は尋ねる。
「そういうこともあるかなって。ただ、三つ目の事件で、ちょっとおかしいと思い始めて」
「酒井昴さんの件か」
「そうデス。あの人、駅員に突き出された時も、警察に引き渡された時も、勾留されてる今だって、一貫して否認を続けてるんスよね。それを信じた奥さんも、目撃証言探すビラ配りとか始めちゃうし。ここに来てようやく、冤罪事件なのかもしれない――って疑いを抱いたんです。疑いを抱いたら、調べない訳にはいきませんよね」
ボクら、探偵なんで。
再び胸を張る脇坂。どうやらそれが彼女の矜恃らしいが、別段誰かに依頼された訳ではないらしい。興味を抱いた案件を勝手に調べているだけらしいが、それで結果が伴うなら文句はない。
「前の二件も、同様に冤罪だと思ったのか?」
「その可能性があるって程度でしたけどね。ただ、調べれば調べるほど、疑惑は濃くなっていきました」
「……続けろ」
神妙な顔で先を促す真澄。
「長くなるので簡潔に概要だけ説明します。最初の件は七月二十一日の午後四時過ぎに起こりました。被害者は買い物帰りの主婦で、痴漢容疑をかけられたのは扇町でコンビニを経営している男。その時は満員で、周囲には心峰の女子生徒しかいなかったらしいですね。コンビニオーナーの彼は尻を触られたと訴えられ、駅員室に連れていかれます。最初は頑なに否認を続けていたものの、すぐに容疑を認め、被害者に示談金を払っていますね」
「冤罪ではなかったんだな?」
「いえ、本当はやってないらしいんですが、否認を続けても勾留が延びるだけで、裁判を起こしたところでどうせ有罪になると、諦めてしまったみたいですね。世間にバレて店のイメージが落ちるよりマシと、妥協しちゃったみたいッス」
ある種、賢明な判断かもしれない。今でも戦い続けている酒井夫婦とは対照的だ。
「二件目は七月二十四日の午後四時半頃。被害者はフリーターの女です。同様に尻を触られたと訴え、後ろにいた男の手を掴み、列車から引き摺り降ろします。でも駅員が到着するより前に男は逃走し、未だに正体は分かっていません」
「逃げたのは、本当にやったからか?」
「どうなんでしょうねえ。冤罪だろうが、疑いをかけられた時点で終わりだと瞬時に察して逃げ出した、って見方もできますけど――この辺りは保留ッスね。本人に聞いてない以上、何も断言はできません」
逆に言えば、ここまで出てきた人物に対しては、全て本人に直接会って裏を取ってあるということだ。
「第三、第四の事件に関しては省略していいスよね。酒井昴の件は今さっき聞いたばかりでしょうし、四つ目のは――多分、ボクより詳しいでしょうし」
サイズの合ってない黒縁眼鏡の奥、丸い瞳が愛嬌を帯びる。人を食った態度だが、不思議と不快ではない。人懐っこいからか。
「それより、私は君たちの活動内容の方が気になるかな」
二人称が『貴様』から『君』に格上げしている。それなりに認めた、ということか。
「特に、松前ひかるとはどのような付き合いだったんだ?」
「調査開始の経緯はさっき話した通りッス。酒井広海がビラ配りを始めてすぐにボク達も動き出して――持っている情報網を洗ってデータを抽出したり、実際に方々に足を運んで関係者に聞き込みしたり。ひかるっちと出会ったのは、七月末でした。四つ目の事件の直後ッスね」
「直後なら、私と彼女で広海さんから話を聞いていた筈だが?」
「だから、さらにその後ッス。ひかるっち、あの夫婦助けるために必死になってビラ配ってたから、ボクの方から声かけたんスよ。ビラ配りよりも確実に助ける方法あるよって。それから、一週間くらいは一緒に調査活動をしたッスかねえ……」
七月三十一日から一週間――つまり、ひかるが自殺する八月七日直前まで、行動を共にしていたということだ。しかし、真澄は違う点が気になるようだった。
「私たちや広海さんに対しては遠巻きに観察するだけだったのに、彼女は自分たちの陣営に取り込んだんだな。それは何故だ?」
「うーん……何度も言いますけど、ボク、同好会だと下っ端なんスよねえ。下っ端って辛いんスよ。雑用ばっかやらされるし、発言権ないし」
「自分より下が欲しかったということか?」
真澄の言葉には容赦がない。
「違いますよお。対等な仲間が欲しかったんデス。あの子、真面目で一生懸命だし、一緒に仕事できたら楽しいかなって……」
若干伏し目がちに、脇坂は語る。ヘラヘラしてあまり素を見せない彼女が、初めて本心を見せた気がした。
「で、二人して調査を開始した訳ですよ。被害者の女性たちの居所調べて話聞いたり、逆に容疑かけられた男の人たちのとこ行ったり……そこ成果が、さっきの調査報告デス」
ずいと何かのリストを差し出す。被害者女性と容疑者男性の名前一覧らしい。
最初の事件の容疑者が渡辺桂、被害者が佐々香月。
二件目の容疑者は逃亡のため氏素性不明で、被害者が大宮素直。
三件目の容疑者が酒井昴――告発した女子大生の名が、乃木かなめ。
そして、四件目は真澄が容疑者になるのだが、被害者は逃亡したために氏素性不明。
以上が、脇坂が調べたというデータ一覧である。
「私たちに見せていいのか? 探偵には守秘義務があったと思うが」
「正式に誰かに依頼された訳じゃないんで、守秘義務もクソもありませんよお」
ケラケラと笑う脇坂。それは確かにそうなのだけど。
「ボクたち、結構いいセンまで行ってたと思うんデスけど……」
数瞬までの明るさが嘘のように、彼女は目を伏せる。
昏く、深く、湿っぽく瞳を潤ませて――彼女は、決定的なことを口にする。
「――まさか、ひかるっちがあんなことになるなんて」
「……知ってた、の?」
声が掠れる。
「何度も言ってるじゃないスか。ボク、探偵ッスよ?」
内容とは裏腹に、口調は弱い。
「まあ、知ったのはお葬式が終わってからで、お別れも言えなかった訳だから、偉そうなことは言えないんスけどね……」
「死んだ原因に関しても、知ってるのか」
真剣な顔で核心を突く真澄。
「そこまでは、さすがに。ボクも突然のことで、何が何だか……」
「ふむ、そうか。ここにいる町田千春は彼女の親友でね。ずっと自殺の理由を探っているんだ。君ならもしかして、と思ったんだがな」
「お役に立てなくてスミマセン……」
「まあいいさ。それより、話を戻そう」
感傷的な空気など振り払うように、割り切りの早い真澄は新たな質問を投げかける。
「関係者を洗い出して、いいセン行ってたとか言っていたが、それはどういうことだ? ある程度の推測はできていたのか?」
「あ、それなんスけどね――ボクは、仕組まれたモノだと考えているんデスよ」
「仕組まれたって――」
それはつまり、結局被害者のでっち上げだと言うことか。
「だが、被害者たちはバラバラで、各々の容疑者たちとも接点がない訳だろう? そんなことをして、誰が得するんだ?」
真澄が私の疑問を代弁してくれる。そうだ。被害者と容疑者は、ただ、その日その時刻その車両に居合わせたというだけの間柄にすぎない。痴漢冤罪をでっちあげたところで、損をする人間はいても得をする人間はいない筈なのだ。ましてや、四つの事件の被害者たちは、それぞれ年も職業もバラバラな訳だし。
「繋がりがあったとしたら、どうデス?」
にんまりと笑い、少し距離を詰める脇坂。
「――どういうことだ」
「そのまんまの意味デスよ。被害者はバラバラではなく、ある種のグループとして機能しているんじゃないか――と、まあ、あくまでボク達の推測ですけど」
ヘラヘラと笑ってはいるが、油断はできない。今度は真澄の方から距離を詰める。
「もっと詳しく聞かせてくれ。被害者の女性達四人がグループかもしれないとは、どういうことだ? 主婦とフリーターと女子大生、それに女子高生だろ? まるでバラバラだ。住んでるエリアくらいしか接点はないじゃないか」
「目には見えなくても、繋がりは持てるでしょう。SNS、或いは裏サイト――同じエリアに住む四人がそこで知り合い、共通の目的の元に繋がり、計画を練った……」
話が飛躍してきた。ここで置いていかれると、多分二度と追いつけない。
「ちょっと待ってよ。共通の目的って何。計画って?」
尋ねる私に対し、脇坂は口角をニッと上げて笑う。
「例えば――復讐とか? 被害者たち四人の女性は、容疑者たち四人の男性に、それぞれ恨みを抱いていたんスよ。それで、痴漢の罪を着せて、社会的に抹殺しようとした。加害者と被害者がひっくり返るって構図ッスね」
「それはおかしいだろう。容疑者男性と被害者女性の間に面識はなかった筈だろう?」真澄が意見する。「少なくとも、私はあの女子高生のことなんて知らないぞ」
「向こうは知っていたかもしれませんよ? 方々に、敵を作ってたんですよね?」
口を挟むのもどうかと思ったが、黙ってもいられなかった。
「まあ、それは否めないが――しかし、他の人間はどうだ。皆が皆、恨みを抱く人間の縁者だったということか? もしそうなら、ちょっと調べれば簡単に分かりそうなモノだ。酒井昴と乃木かなめの間には、何の接点もなかったと聞いている。容疑者の素性の分からない二件目の事件はともかく、一件目はどうだ。君のことだから、渡辺桂と佐山香月の関係性くらい、調べてあるんだろう」
真澄が疑問点を畳み掛ける。しかし、そんな追及は想定内だったらしい。
「お察しの通り、その二人も無関係でした。同じ沿線とは言え二人の生活圏は離れていて、佐々香月は渡辺の店に行ったこともなかったみたいデス」
「だったら――」
「だからこそ」真澄の反論を打ち消す脇坂。「被害者同士が繋がっているんじゃないか、という仮説が成り立つんデス」
「分かりやすく説明してくれないかな」
眉間に皺を寄せる真澄。
「例えば、渡辺桂に恨みを抱いていたのが、二件目の被害者である松井素直だったら、どうです? 酒井昴へ復讐したがっていたのが、一件目被害者の佐々香月だったとしたら?」
表を示しながら、指を斜めにスライドさせる脇坂。
「なるほど。自身の復讐を他人に託し、代わりに自分は他人の復讐を代行する、ということか。それなら、いくら調べられたところで容疑者との因縁が露呈することはない。交換殺人のメソッドを、痴漢冤罪に応用したというところだな」
この人は流石に理解が早い。
「根拠はあるの?」
早々に真澄が納得してしまったので、代わりに私が質問する。
「推測だって最初から言ってるじゃないスかあ。裏付け捜査は、これからッスよお」
ケラケラと笑いながら事もなげにそう言う。軽く言っているが、きっとコイツは本当に調べ上げるのだろう。探偵同好会、恐るべしだ。
「多分、ネット上で復讐クラブみたいなアングラサイトが存在するんスよ。他にどんな活動をしてるかは不明ッスけど――少なくとも佐々香月、松井素直、乃木かなえ、そして謎の女子高生の四人は、そこの会員なんデス。今回の四つの事件は実は一つで、全ては容疑者たちへの復讐のために企てられたモノだったんスよ」
「……しかし、解せないな。お互いの関係性を悟られないためにこんな回りくどい真似をしたというのに、手口は全く一緒だし、間隔も短すぎる。これでは気が付く人間が現われてもおかしくないぞ。現に、君はいち早くこのシステムに気が付いた訳だろう」
「気が付かれないと思ったんでしょうネ。高を括ってたんですよ。だからこそ、こんな派手な真似をし続けた――んですが、ちょっとばかり派手すぎましたねー。バレバレです」
ヘラヘラと笑いながら、脇坂は片付けを始める。
「ボクの話は以上です。ほかに何か質問あります?」
「君は、これからどうするつもりなんだ?」
「もちろん、調査を続行しますよ。推測は推測のままだし、仮説は裏をとらないと駄目ですから」
だったら、私のとるべき行動は、一つだ。
「それ、私も手伝える?」
私なんかで役に立てるかは分からない。しかし、痴漢冤罪の真相を明かし、酒井夫妻を救うのがひかるの意志だ。ならば、その意志を引き継ぐのは私しかいない。
「うわあ、助かるッスよお。正直、困ってたんスよね。先輩たちは地道な調査、全部人に押し付けて全然手伝ってくれないし。ボク一人じゃ色々手が回らなくって……」
満面の笑みを浮かべ、右手を差し出す。
「よろしくね、千春っち」
真っ直ぐな瞳に、私は面食らう。
「……こちらこそ、よろしく」
困惑しながらも、その手を握る。その手はひんやりと冷たく、心地よかった。