ますみ†ほりっく
千春 ♀
真澄 ♀
やたらと衝撃続きだった一日から一晩明けて、今日。私は何故か望月駅前で待ち合わせをしていた。待ち人は、もちろん吉良真澄だ。昨日は鳴川からの衝撃メールで有耶無耶のうちに解散し、善後策もろくに話し合えなかった。そんなところに、朝一でメールが送られてきたのだ。
『昨日の話だが、早速話したいことがある。午後二時に望月町駅前で待っている』
和美もそうだが、何故メールとなるとこうも簡潔なのか。それに、昨日の今日でもう連絡があるとは思わなかった。印象通り、即決の人らしい。私としても話が早いのは助かるので、すぐに了承の返信を送った。
結果――午後一時五十分、私は一人、駅前で真澄を待っている。
「待たせたな」
午後二時を少しすぎた頃に、真澄は姿を現す。今日のファッションは、髑髏をあしらった黒のTシャツにレザーパンツ――どこのパンクロッカーだろう。
「いえ、私もさっき来たところですから」
「今日は、君一人か?」
「私一人です。真と和美は、今回別行動で」
真澄のことは私に任せ、自分たちは目撃証言の検証を続けるのだと言う。並行して同時に進めた方が効率的だと言っていたが――まあ、二人の言い分も分かる。それはその通りなのだろう。
「ふうん……?」
眉間に皺を寄せ、口角を歪める真澄。美形の彼女がこういう表情をすると様になる。
「同時進行で別行動――ねえ。まあ、確かにソレは一つの真実なのだろうね。だけど、それだけかな? 勝浦くんは勧誘を受けてるし、相良くんは露骨に苦手意識を持っていた。 実際のところ、単純に私を避けているだけではないのかな?」
下衆な声で鋭いところを見せる。
「……否定は、しません」
「しないのか。そこは嘘でもいいから否定してほしかったがな」
傷ついた顔をしているが、それを気遣う立場に私はいない。
「昨日、鳴川さんからメールが来たんです」
これです――言いながら、スマホの画面を見せる。
『今日はお疲れ様。言わないでおこうかとも思ったけど、やっぱり忠告しておく。
真澄には気をつけて。あいつ、言動はあんなだけど見た目がいいから異様にモテるんだ。
ただ、二股三股は当たり前で、手も早い。決してあいつには隙を見せないこと。
私の友達も、何人かあいつに泣かされてる。
吉良真澄は、バイセクシャルだ』
「これは、事実ですか」
「否定は、しない」
吉良真澄は両性愛者だった。男も女もいけるうえに、相当にモテる。手も早い。鳴川や真が苦手意識を持つのも当然だ。
「そうか……バレていたか……」そう言いながらも、真澄の顔からばつの悪さは感じられない。むしろ晴れ晴れとした表情だ。「いいさ。別段隠すことでもない。異性装と同じく、これも私の個性だ。忌避、嫌悪は自由だが、私は私を変えるつもりはない。それで私から離れていくのならば、それは仕方のない話だ」
淡々と、そう話す。開き直っている訳ではないらしい。きっと、今まで散々言われてきたことなのだろう。
「……私は、真澄さんがどういう性癖だろうが、何とも思いませんけど……」
「そうか」
「それより、二股三股は当たり前で、何人も女性を泣かせているのが問題かと」
「なるほど。一つも反論できないな」
無表情で受け入れている。どうやら悪気はないらしい。悪気がないのが問題なのだけど。
「一つ言わせてもらうならば、泣かせたのは女性だけでなく、男性もだけどな?」
うるせぇよ。
「――それより、本題に入りませんか? 真澄さんに付きまとっていたひかるが、その後どうなったのか聞きたいです」
「そうだな。立ち話も何だから、移動しながら話そう」
昼過ぎの陽射しは殺人的だ。私たちは建物の影を伝いながら駅舎まで歩いていく。
「あの、何で待ち合わせが駅なんですか?」
ずっと気になったことを真澄の背中にぶつける。
「いい質問だね。答えは明瞭。事件は列車内で起きたからさ!」
「事件?」
何の話だろう。
「それに関しては列車に乗ってから詳しく話すよ。まずはそこに至るまでの経緯だ」
こじんまりとした駅舎に入り、真澄は券売機で二人分の切符を購入する。行き先は扇町――ここから三つ先の駅だ。
「家が扇町でね、私はいつもそこから通っている」
望月から扇町まで、三二〇円。券売機のすぐ横には窓口と自動改札機があり、さらにその横にはベンチがコの字型に設置されている。そこに、私と真澄は並んで座る。
「この間に、さっきの話の続きをしておこうか」
時刻表を見ると、まだ二〇分は待たないといけないようだった。田舎では、電車など一時間に三本しか来ないのだ。
「さっきの話って――何でしたっけ?」
「もちろん松前ひかるの話だよ。あの子はウチの歩夢が女装をしているのがどうしても許せなかったらしくてね。何度も私に、女装をやめさせるようにお願いしてきた」
「……でも、立花君は自分の意思で女装してたんですよね」
「そうだ。私もそう説明した。そしたら彼女、『歩夢クンはアナタに憧れて女装してるんですから、アナタがやめれば歩夢クンもやめる筈です』と言い出してきた」
ひかるにしては論理的な物言いだ。
「これには参ったね。私に、男装をやめろと行ってきた訳だ。さすがにこれを呑む訳にはいかなかった。私のアイディンティティだからね。きっぱり断ったよ」
異性装がアイディンティティって、それはどうかと思うけれど。
「……アイツは、何と?」
「当然、納得がいかないようだった。何でですか、何故そこまで異性装にこだわるんですか、男の格好を続けたからって男になれる訳じゃないんですよ――マシンガントークだ。だが、それを聞いて私はある事に気が付いた。ああ、この子は勘違いをしているな、とね」
どうも、妙な雲行きだ。
「あの子は、私が男になりたいから、それで男の格好をしているんだと解釈していたんだね。とんだ思い違いだよ。こっちは真に自由な表現を追究してやっているというのに」
「そのこと、ひかるに話したんですか」
「何度もね。繰り返し噛み砕いて説明して、ようやく『男になりたいがために男装をしている』なんていう誤解は解くことができた」
……だとしたら、おかしなことになる。吉良真澄は女装男子で、女になりたいのだと誤解したひかるがTSアプリを使ったことにより、今の男装女子である真澄が誕生した――それがヒロ姉の推測だ。
しかし、真澄が先に誤解を解いてしまったのなら、TSアプリの出番はなくなる。そうすると真澄が元々男であったという仮定も間違いになり、最初からずっと男装女子だった、という結論になるのだが――。
不意に辺りが騒がしくなる。逆方面の電車が到着したらしい。何人もの男女が改札を通り過ぎていく。
と、その中に見知った顔を発見し、私は腰を浮かせる。
シニョンの頭に、ネルシャツを腕まくり――『喫茶桐壺』のマスター、桐壺操さんだ。心持ち上機嫌で、紙袋を抱えて颯爽と改札をくぐり抜ける。真横にいる私には気付きもしない。声をかけようかと思ったが、タイミングを逃した。
「どうした、幽霊でも見たみたいな顔して」
顔に出ていたらしい。
「幽霊じゃありません。生きている知り合いを見つけただけです」
「ふうん?」
下らないやりとりをしている場合ではない。慌てて話題を戻す。
「それより――あ、そうだ。真澄さん、今の話をする前、ひかるにスマホで写メ撮られたりしませんでしたか?」
ひかるの誤解を解いたのがアプリを使った後ならば、また話は変わってくる。
「今の話の、前に? ……いや、記憶にないな」
この確認に意味がないことは分かっていた。鳴川の時のように、隠し撮りすればいいだけの話だからだ。
「ああでも、その後だったら、一枚撮られたかな」
思い出したように、真澄は声を上げる。
「写メを撮るような状況じゃなかったから、この子は一体何をしてるんだろうと、さすがの私も訝しく思ってたんだが……」
「それは、いつですか?」
身を乗り出してしまう。タイミングが遅いのは気になるが、やはりアプリは使われていたのだ。
「それは――いや。これは次の話に深く関わってくる。続きは電車で話すことにしよう」
やけに勿体振るが、真澄は真澄で思惑があるのだろう。黙って頷いておく。
「さあ、そろそろ時間だ。ホームに移ろう」空のペットボトルをゴミ箱に放り投げ、彼女は歩き始める。それについていくようにして、私は自動改札を通った。




