第三夜 現実性と否認
サブタイ:サキュバスに懐かれる。
二人目の女の子です。今回はシリアスも混じり交じり。
放り出された場所はやっぱり森だった。といっても、森というより林に近い。公道横の木々に隠れるようにして落ちた。効果音はたぶん“ベシャ!”
何故なら、流石に三回目ということで、落ちることにも慣れ、ある程度の予測もありつつ標葉も行動を起しているわけで、つまりきちんと着地する予定だった。しかし、予定は未定――足を木の根に滑らし、そのまま頭を打って倒れた。
気絶していたのは一瞬だったみたいで、意識の遠のいていた標葉の周囲には誰もいなかった。それはもう、契約したら主のいる場所に自動的に引き寄せられる、とか愛の力で見つけ出す、とかのたまっていた吸血鬼――ユエさえもいない。当然の如く、美少女勇者カレルもいない。
……侘しい気分になる。
嫌だ、夢だ、と拒絶していたわりに“ここ”にいる間の賑やかなところは気に入っていたみたいだ。けれど、それは“ここ”を認めたわけではない。この場所は不思議だ。水を媒介にいきなり飛ばされるというのはどうしたって魔法の力だとか、そんなものに結び付けたくなる。けれど、それが異世界だとか、そんなことは信じられようはずがない。ありえない。これは夢に違いないのだ――。
すくっと身を起こす。雨は長く降っていなかったようで、滑って密着していた地面は乾いていた。そこかしこについてしまった落葉や土を払うと立ち上がった。幸い、今回は服装に関しては慌てる必要がなかったのだ、それ以外のことに思考を傾ける。
……といっても、どうすることもできない。
選択肢は二つ。ここでじっとしているか、歩くか。ここで突っ立っていることに意味はあるのか。いいや、ないだろう。吸血鬼は来ない。来るとしても、ここを移動したからといって不都合はないはずだ。そして町はすぐ傍にあるらしい。公道が目の前にあるといっても、人気はなさそうだった。
「――歩こう」
誰ともなく、呟き、足を踏み出した。
今日の夢は何故だか明るい。今まで二つが真夜中の闇を持っていたというのに、今は朝方の光を持っている。けれど、どの道、暗いことには変わりなかった。
――夢と現実では数時間のズレが生じているらしいことに気づき、けれど標葉はそれを認めたくなかった。認めてしまえば、一気に現実感が増すことになるだろうと、分かっていたから。無意識のうちに、思考を凍結させた。標葉が必要としているのはファンタジーでも異世界でも召喚でもない。ただ、平穏の平和の、平凡の内にいることだけを標葉は思う。
――字は読めなかった。
町の入り口には衛兵が立っていたが、彼らは入場制限をしている様子はなかった。この夢の世界では珍しいだろう、標葉の服装にもまったく興味がないらしく、視線も遣されないまま町に入れた。そろっと彼らに近寄ってみる。
「ん?なんだ、用でもあるのか」
「あ、いえ。なんでも、ないです……」
あんまりにも無視されるので、もしかしたら見えてないんじゃないか、とかファンタジーノリ気で様子を窺ってみたのだが、そんなこともないらしい。町名が書かれているだろう、看板の文字はわからない。けれど、話せる。何故だろう。彼らは特別日本人でもなさそうなのに。
彫りの深い顔立ちに、黒以外の色彩を持つ髪。もし彼らの中に日本人の血が混ざっていたとして、それは他の血筋に圧倒的に負けているだろう。
ぶらぶらと町を観光気分で歩く。人気は、やはり少ない。朝方というのは案外、合っているのかもしれない。静けさが身を突き刺す寒さと同調する。
―― ――
ふと、何かが聞こえた気がして、立ち止まった。標葉の行動を不審がる者はいない。人の疎らな町は開いているお店さえ少なく、ひっそりとしていた。聞き耳を立てて、何かを感じ取ろうとする標葉に構うことなく、時間は過ぎていき、その内に人々は慌しさを伴ってくる。早朝の緩やかで清廉な空気から、人々の活動する活発としたものへの移行が標葉だけを置いてなされる。
―― ――
断続的な音色は、人体から発せられるものではないように思える。けれど、それは歌声として、成り立っていた。呼気を伴う、リズムの乗った穏やかな調べは標葉をそこへと向かわせた。
―― ――
それは異様な空間であった。
開けた場所、噴水の淵に少女は腰かけていた。
真っ黒の長い髪が背に流されている。ひんやりとしているだろう、冬の冷たい水に手の先をつけて、少女は口ずさむ。近寄って、段々とはっきりして聞こえてきた歌声は、しかし、何と言っているのか不明だった。今でもなんといっているのか、聞き取れない。発音が悪いのでも、活舌が悪いのでもない。それは凄く奇麗な音色であって、人の声と呼びたくないような、言葉にならない音。
―― ――
それに聞き入るように、人だかりが出来ていた。皆、男だった。ぼんやりとした様子だ。けれど、一様にその瞳はどこか熱狂的で、少女を、食い入るように見つめている。
粘々とした、性質の悪いソレが少女へと、向けられていた。なるほど、彼女は美少女である。そして豊満な体を持っていた。艶かしい黒髪が彼女を妖しく彩る。女性らしい体つきは服の上からでもよく分かる。通常なら同性から妬まれるだろう肢体は、けれど媚びない印象の少女に尊敬を集めるかもしれない。
けれど、少女は構わず、歌い続ける。それこそが防波堤だとでも言うように、ただただ歌い続ける。
―― ――
けれど、終わりはいつか来るものだ。始まりに追随し、夫婦のように寄り添い、表裏のように決して相容れない。少女の顔色は、悪い。青白いその肌は見るからに体調が悪そうで、けれども無表情が鉄火面の如く張り付いている。
少女の視線は男たちにある。そして男たちの視線もまた、少女だった。
獲物を狙うかのように窺い見る男たちの様子はやはり、おかしい。異常だ。集団催眠にでも掛かったかのように、統率されていて、けれどそれほど覇気に欠けるわけでもないのだからどうしたのだろう、と標葉は首を傾げる。そんな視線を向けられている少女はたぶん、動けないのだ。伸びやかに唄っているようで、どこか旋律に緊張感が潜んでいることに気づいた。機会を待つ獣に隙を見せんとするように、音色は紡がれる。
けれど、唐突に音が止む。
揺らぐ体に、伸ばされる幾多もの手。近寄る獣たち。その瞳が彼女を映す事に、標葉はなぜか不快に思う。そして
「……え?」
声を上げたのは、自分でも思いがけない行動をした標葉。けれど、驚きは、それではない。少女の、金に縁取られた瞳は、まるで猫科のように瞳孔が開き、小さな唇から小さく、二つの刃が見えたからだ。射抜く視線は弱い。掠れた声で、何かを言うので、耳を近づけた。
「あなたは誰……?」
力ない少女は虚脱して、意識を標葉に預けた。
***
――どうしよ。
男たちから浚うようにして寸前で抱きとめた標葉は今、男たちに囲まれて逃げられなくなっている状況、ではない。
タイミングの良さに拍手を打って拝みたい登場をした、吸血鬼によってその危機は脱したのだ。ただし、危機、というか問題は運ばれてくるものである。今回の場合は標葉自身が少女と同じく抱え込んでしまったのだけれども。
「サキって呼んで」
べったりと張り付く少女にたじろぐ。
――いやだってさ!あれだよっ!?
密着する身体。
――俺、悪くないからっ
再び自身の内側で自己弁護する。けれど、現実に手振り身振りでノーと示すが、全く効果はなく、ユエに睨まれている。美人だからこそ、迫力がある感じで。
……これでユエが女の子だったら、めちゃくちゃいいのに。嫉妬の視線なら大歓迎。
「それはいいけど、とりあえず離れて。さっきのアレは何?囲まれて――」
「知らない。勝手に向こうが寄ってくる」
あ、もう一つの頼みは無視ですか。
「君の本質、というか種族の問題でしょ、サキュバス。いい加減に標葉から離れないとキレるから」
横から引っ張り剥がすユエに今回ばかりは感謝した。このままだなんてどんな王道主人公。でも俺はそんなものにはなりたくなかった。どんなに可愛い女の子に出会えたからといってもこんな夢を夢として認識できないようでは人間として駄目だろう。現実はそんな甘いものではない。ここは酷く曖昧で不確かな場所だ。夢でしかない。
「標葉は、違う」
「無視――?」
真剣な声、真剣な眼を向けられて戸惑う。ユエは当然無視だった。何故だろう、不思議な響きだ。彼女の歌と同じ、強い力を感じる。それにしても歌で相手をけん制するというのはどんなもんだろう。例え少女に寄り付く奴らがいるとしても腕っ節の強い人に追い払ってもらうとか、人目につかないようにするとか……あ、いや人目につかないところだと強行されたらやばい。完全アウトだ。ろくな抵抗も出来ずに捕まってしまうだろう。婦警に頼め、女性の警官。それならば彼女の魅力に惑わされるということもないだろう。しかし、男どもがこぞって彼女に集まるというのはどういう仕掛けだ?ユエは種族といっているが。
「ユエさんも苦労してるんす。気遣ってあげてくださいよ、標葉」
――わかってる。わかってるさ、ユエが苦労していることは。青筋立てているんだもの。だから君も間に入って止めようとしてくれ。
被害の行っていない彼女にそんな視線を送っても面白げに見るだけで彼女は彼女でこちらに自身の主張を押し付けてくる。つまり他二人と同様だった。せめて言わせてほしい。
――何、このカオスな空間。
完全に話がごちゃまぜだし。
自分の主張ばかりの人たちで集まって何をしているのだろう。ああ、サキの種族といえば、男を惑わす美貌の種族――サキュバスなのか?だからサキですか、さいですか。
「隣、安心する。標葉の甘い匂い、嫌いじゃない」
俺は甘い匂いなんてしません。甘いものは好きでも普通の男子高校生の汗臭い匂いがするはずですよ。
……いや、汗の匂いはしていてほしくないぞ、自分。普通の、無味無臭がいいじゃないか。
ソレともなんですか、サキさんの甘い発言はそういうことじゃない、と。もしかして本性とやらのはなしですか?ユエと同じ吸血属性とかもってたりするんですか。それとも淫魔と呼ばれるサキュバスだから人間の精気がお好きだとか。……それは冗談でなく食料として見られてる!?好かれてるってこの場合、あまりよくないんじゃあ……?
「私とも、契約」
何故か弱々しい声。瞳は翳っている。体重は預けられたままで、低い体温と病的なまでに白い肌が“保護して”と動物を飼う如き容易さで理性に訴えかける。いや、動物を飼うのは大変だけれど、人間を買うのとはレベル――というか次元が違う。命の重みは同じなのに、何故違うのか。それはやっぱり価値観だろう。根底から覆らない限り、魂から刻み込まれたが如き人間至上主義は変わりそうもない。それだったら何故もとから動物に例えたのかという話になるが、それはそれ、可愛らしいからに他ならない。尤も、理由としては庇護するべきか弱さが顔所に合ったからか。
「駄目。絶対、駄目だからね」
言葉にしようとした言葉に、ユエの念押しが被さって、強固になった意志はサラリと事実を見落としたまま言葉にされる。
「そんなに簡単にしていいもんじゃないんだろー?やめとけって」
何気なく、肩に手を置く。
ゾッとした。
上げた視線は氷のように冷たく、けれどそれは絶対零度なのではなく水の透明さだった。普通ではありえない、俺の“世界”とは全く違う色合いを持つこの場所の住人たち。ユエは金髪碧眼。色合いとして文字に現せばそれは珍しくもないが、実際には金髪は銀糸のように煌く月色の眩しいそれで、青の瞳は字の如く緑に近い。カレルの髪色も金といえば金なのだろう。あえて口に出すことは憚られたが、その赤みがかった、というより赤に金が混ざったような髪色に瞳も赤。これも地方独特のものだろうか、赤眼はある美のが当て嵌まる。紫外線に弱いそうで、日の下は辛いのだと。ここで朝を過ごすのはこれで初めてで、この冬の時期に早朝という時間帯で彼女が本当に陽が眩しいと感じているかどうかは図りかねるのも現実だった。
そしてサキ。黒髪だ。そして瞳は水色だった。海よりも薄い。水よりも濃い。不思議な色を湛える瞳は透明な青というのが表現としては適切かもしれない。そういや、気を失う前に見たのは金の瞳だったような気がしたけれど、気のせいか?
……どちらにしろ、誰もが俺の生活圏内で見かける色合いを持たないということだった。いくら世界中には似た色合いがあるとはいえ、この夢はやけにファンタジックだ。吸血鬼も勇者もサキュバスも、魔物と称される変な生き物も。町の人たちも眩しいぐらいに彩りに囲まれている。ちなみに髪程度の色合いは染色剤が売られているので気軽に変えられるとの事。
――けれど、本能のように分かっていた。
彼らの色は本物でしかない。夢の中でありながら、どこまでも現実で、……もっと曖昧でいいのに、と自分の感覚を呪う。
「イラナイなら、別の人」
「――サキ?」
様子のおかしいサキ。立ち上がった身体はふらりとした。
まだ出会ったばかりで、機敏に聡いわけでもない自分が、それでも感じるサキの不調。怪訝に声をかける。けれど、そのまま、立て直した身体で扉を押して出て行く。
その背を見送って、けれどやはり心配なので着いて行こうと立ち上がる。
「止めなよ。どうにも、出来ないよ。標葉は出来ても、しちゃいけない」
「ユエ?」
「あの子、もう関わらない方がいいっす。もう、駄目っす」
その真剣な声に心が震えた。何故、ユエまでも真剣なのだろう。夢に真剣さはいらない。
笑いを深めたカレル。彼女はけれど、何かを隠しているのだろう。偽りの、楽天さを見せ付ける。勇者の彼女は、けれど本質的には正義感が溢れているというよりもモンスターを憎むハンターのようだった。純粋な悪意、敵対心。真白な害意で敵を叩く。魔王を倒すことを目的とし、その属性を持つ、モンスターを切り捨て、主人のいない魔族を敵視する。カレルは何故、サキに冷たいのだろうか。答えは考えずとも既に出ていたというのに。
――駄目とは、何が駄目?
サキはサキュバスだ。契約を持ち出したということは、彼女に主人はいないのだろう。
昨日と同じ場所。噴水の淵に腰掛けている。その体が、揺れる。
「サキ!!」
バシャッ――!!
歩くたびに増えていく男の群に異常な光景と遠巻きに着いて来た自分をこれほど呪うことはないだろう。その身体が地面に崩れ落ちるのを、手を出すことも出来ずに見送った。
急激に狭まった包囲網に走りこみ、人の群を書き分けて中央に進めば倒れた少女は身体を数人に押さえつけられている。辛うじて意識はあるようで、口が動き、旋律を口ずさむ。腕は蠢くようながらも、抵抗するほどの力も残っていない彼女にそれ以上、手出しが出来ないでいた。
――倒れたのは何故?
顔色が悪いのは何故?皆が真剣になる理由は?自分だけが彼らと同じようにならないのは何故?何故サキは自分に契約のことを話した?
考えれば考えるほど気づいてしまう。気づきたくない。自分は夢の中にいるのに、何故気づかなければならない。現実とは違うのだ、自分の都合のいいように進んでくれたらいいのに。
現実とは違う。でも現実と同じ、夢の世界。考えたくないのに、事実は叩きつけられる。それが痛い。痛みが伴う夢なんてみたくない。これじゃあ、まるで悪夢。まるで、現実――
「標葉、私――」
言葉を最後まで紡ぐことも出来ずに意識を失う少女は呼吸さえしていないように思えた。浅い、深い息にこちらの呼吸が止まるような気分だった。
標葉にとっては先ほど会ったばかりの少女でしかない。問題ごとしかなさそうな未来を見せ付ける少女は目の前で倒れている。これ以上関わっていいのだろうか。標葉は混乱の中、自らに問いかける。けれど、結局、現実とは違う自分としていられても、根本は変わらないのだ。
「サキ!サキ!生きてるよな?返事しろよ。どうしたんだよ、何でこんな――」
標葉はこの少女を見捨てることが出来ないでいる。
人はそれにも関わらず、二人を引き離そうと腕を掴み、体を押し、胴に触れる。
標葉はサキだけを見て、ほかに目を向けないようにして、手を振り払う。抵抗し、サキの身体から引き離そうとする。神聖な雰囲気をまとった不思議な少女。けれど、意識を失って尚、その身体はどうしようもないほどの隠微な雰囲気を醸していた。
「サキ、サキ、サキ――」
標葉は必死に呼びかけ続けた。身体を揺さぶり、意識を浮かすようにする。けれど目ぼしい効果はなく、人形のようになすがまま、人の形を保っているだけの入れ物のように感じられた。
――偽物の、意志のない、ただの器。
それは誰のこと?
「標葉」
いつの間にか傍にいたユエの呼びかけに標葉は顔をあげた。漸く、現実に戻ってきたような、様子で、男たちが自分を、少女を掴んでいないことに今になって気づく。
「ここは離れるっす。このままじゃ切ないっすよ。また、集まる」
カレルの言葉に血の気の失せたサキを抱き上げる。軽い。先ほどよりも随分軽い。何故だろう、それほど時間が経っているわけでもないのに。人は意識を失うと重くなるという。けれど、意識を失った彼女は軽い。けっして幼子でもないのに、同年代の少女のはずなのに、それはとても人と呼べるほど重くないのだ。――とても、軽すぎて、サキュバスの食事は何だっただろうか、と頭に過ぎる。
標葉は迷子の子供のような顔でユエを見上げて、ただ、口を開く。
「何をすれば、いい?俺は、何を」
泣き笑いのような顔でいる標葉に、ユエも同じく困ったような笑顔で、告げた。
「契約、した方がいいんだよ、標葉」
「ユエ!こんな時に何言って……それにお前、反対したじゃないか」
瓦解する。
感情が暴発して、一瞬の内に縮こまった。熱気が冬の寒さに凍結したように、萎んで、現実は晒された。
「なのになんで今更――」
知っていた。知りたくなかった。
分かっていた。分かっていなかった。
「確かに、反対したけどね。……こんな時だからこそ、言ってるんだ」
真剣な声なのに、困っているのだと分かった。
そうだ。ユエは反対したのだ。それなのに、こう言うのは、標葉が望んだからだ。契約には、逆らえない。
「サキュバスは契約者がいないと、死の危険と隣り合わせなんだよ」
サキュバスは人の精気を食べる。そのための契約者なのかもしれない。
標葉にサキの影響がないのは、特別抵抗があったからではない。単に素養があったのだ。契約者としての、――“魔力”の担保。
ユエは記憶喪失の美麗な吸血鬼。その顔立ちは人というにはおこがましいほどの神秘的。身に纏う色はは現代にありそうでない、月色に空色。その運動能力は人の範囲を軽く超える。今まで見たこともない生物――化け物も存在した。
カレルは勇者を名乗る少女だ。一人旅を続けていただけあって、強い。常人のそれとは違う、何かしらの力が備わっているのは、身に浴びた木刀の衝撃波からも分かる。その赤味がかった金髪に赤い瞳は現代にありそうで、身近には決して見たことのない色合い。服装も、現代のものに防具をつけて帯剣している。
二人は多少夢見がちな、電波でよかった。それで間に合っていた。多少無理矢理でも、それで話は終わっていた。夢で、いられたのだ。
けれど、化け物は存在していて、サキは人を惹きつける。
美少女だから、なんて理由では到底説明しきれない。
「今、その子は特に弱ってる。だから、契約しないと、ほんとにもう……」
「……っ!!」
少女は契約という言葉は発したが、自らをサキュバスと名乗ることはなかった。契約者がいないサキュバスはこうなるのだ、話せなかったはずだ。無闇に自分に引き込もうとしなかった。標葉が拒絶したから、関わりを深めようとはしなかった。巻き込みたくないと、思ったからなのかもしれない。
――自分は、いつまで目を逸らし続けるのだろう。
「標葉、僕個人の思いとしては契約に反対だ」
負担のことを言ってるのはわかる。契約に掛かる、負荷。契約者が多ければ、それ相応のものになる。今の俺は既に契約をしている。――――けれど、
標葉にはユエの本心が伝わってくる。契約の、血の盟約が心を繋げる。それは全てを晒す扉で、サキを見殺しにしたくないという想いと契約者を大切に思う気持ち、独占欲みたいなものまで読み取れて、読み取れてしまって、
「でも、契約者が傷付くようなことはできないんだ。俺も、標葉が傷付くところを見たくない」
それでも、と告げるユエの瞳は悲しげで、複雑に揺れている。そんな顔は見たくない。それがとても嫌だと感じた。
「選択するのは、標葉だから」
……最後の選択だけを任せるのか。
頭の中がごちゃごちゃして、どうにもならない。どうにもならないから、
「契約しよう、サキ」
――真白になった。
「俺は、異世界人の標葉はサキュバスのサキと契約をする」
もう、どうだっていい。考えるのは、後だ。
だって事実は変わらない。歴然と真実は横たわっているものだ。
ユエの差し出したナイフを手に取り、掌を真一文字に切り裂いた。
派手に飛び出た血を口に含み、サキの口に含ませる。
「ん……っ」
意識がないはずのサキは、けれど本能からか口内を荒々しく舌を動かす。
「標葉……?」
何故、と問いかけるようなサキの口調。それは詰るようでもあり、その開かれた眼は金色に光っていた。
「――よかった」
微笑んで、――バシャン。
水の中に引きずられる感覚に、意識が落ちた。最後に腕が伸ばされたのを、見ないまま。




