閑話 その関係性
三人の日常、第二弾。
新しい人が出てきます。というか、毎話の如く新しい人が出るんです。
テーマは出会いですから。
今回は”恋愛”中心!豊と香寿ですけどねっ!
なんて傍迷惑な白昼夢だ。しかし、これは一体どういうことなんだろうな?
眠っていたつもりもないのに二日連続で同じ夢を見た。異世界なんてテンプレではない、と夢の中の住人が主張していたが、実際の世界ではないだろう、あれは。
つまり、夢。うん、夢だ。
リアルな夢だ。現実感ありまくりで本当に勘違いしそうなのだが、それを真実にしてしまうととってーも嫌な体験記憶まで実際のものとなってしまう。ゴスロリ美少女の勇者と知り合いになるなんて、多少電波だったとしても嬉しいフラグだ。しかし、美女に見える美青年麗人との契約だとか吸血鬼だとかキスだとか、グチャグチャと気持ち悪いうげぇーな魔物だかと戦うとか、そんなフラグいらないって。何度も言うけど、電波だ。
……あれ、俺が電波なのか?こんなん夢に見ちゃってる俺が電波?
だって現実じゃないだろ、この21世紀にないって。異世界っていうには毎回毎回、帰ってきてるし。現実世界で時間が進んでるんだよな。なのにあそこは夜だ。コッチが朝でも夜でも関係なく夜だ。つまり、夢。うん、これ決定。認定。
「標葉?」
「どうしたんだよ、そんな難しい顔して」
「いや……なんでもない。最近、夢見が悪くて」
標葉に不安の問いかけをする香寿、ちゃかすように笑ってみせる豊。この二人が友だちで、彼らのいる場所が標葉にとって失くすことのできない日常だった。大切な人なら、他にも家族とかがいるけれど、あれは日常とはちょっと違う次元の人たちだ。いろいろ、輝きまくってるからな。……若干、腐女ってるけど。いい友達持ったな、俺!
「なんだよ、いつも寝てるくせに」
「それならばこの際に授業中など寝るのを控えたらどうですか?たまには自分でノート取ってくださいよ」
「……うん、寝るのは、控えようかな」
呆れたように言う二人に素直に頷けば逆に驚かれる。
実はさ、昨日夢は驚いたんだよな。夢だ、夢だ、っていいながらも現実じゃないかと危ぶんでいた。だからこそ、シャワー室で落ちて、吸血鬼と化け物を見て、湖に落ちて、夜になっていて、朝が来て、いつもどおりなのに――水溜りで落ちて、勇者な美少女と会って、宿で寝て
……目が覚めても宿だった。
意味が分からなかった。この日常がなくなってしまったのではないかと思った一瞬だった。
戻れないかと思って、思わずユエに状況説明しろ!と激昂してきたんだ。いや、悪かったな振り返ってみて、すぐ気付いたよ……あの夢の出入りは水が関係してるってこと。
そうとなれば服を着たまま風呂場に駆け込んだ。あわよくば戻れたとしても学校は遅刻だってわかってたからな。
「標葉、本当に大丈夫?」
その言葉で現実に帰る。
ああいや、このことばでは再びあの白昼夢の世界にいるようではないか。
「何か、……」
言おうとして、言葉が続かなかった。とても説明できるようなものではなかった。標葉とて、はっきりと現状を理解しているわけではない。
標葉は態度で否定を表してから、改めて言った。
「すぐ解決するかもしれないから。続くようなら、言う」
「そっか」
「うん」
そんな二人のことを少し羨ましく思う。
「……」
香寿は二人の雰囲気にただ、押し黙った。
二人は幼馴染だ。例え三人で行動することが多くても、香寿は二人の過去を知らない。高校からの友だちだ。家も隣町であり、帰り道も違う。放課後に一緒に帰って、遊ぶことがあったとしても二人との差は埋まらない。
「ほら!標葉が遅刻してくるからもうお昼なんですよっ?さっさか食べちゃいましょう、売店に買ってきますから、何がいいですか?」
「牛乳、チョココロネ」
標葉は即答する。それは好物だ。迷いはなく、否定は許さないと訴える声音。しかし、それに感情は含まれず、平然平静とした無色でもあった。
いつも同じなので豊や香寿も好物なのだと判断するのだけれど。むしろ、好きかは別として、食べる。嫌いなものではないのだろう。他は食を悩む判断材料にも満たないということ。
「標葉、糖尿病の前に虫歯になるぞ」
返る言葉はない。既にその体勢は寝る様子。屋上のポカポカと陽に照らされるコンクリートに横たわる。吹きさらしなはずのそこは毎日の掃除の担当区域に含まれるのでいつも気合が入って綺麗にされているのだ。心置きなく寝られるというもの。三人の定位置だった。
「はぁ……っ。香寿、俺も行くよ」
「――」
豊は声をかけるが、それに香寿はぼんやりとした反応を返すだけだった。その瞳は振り返った豊ではなく、寝転がった標葉を捉え、じっと、何を言うでもなく見ている。どこか虚ろに感じて豊はもう一度声をかけた。
「香寿?行くぞ?」
「へ?……ああ、大丈夫です。僕一人でも」
まだ、4時限が終わるまで少しありますから。
そう言って一人で行ってしまうのに豊は違和感を覚えた。今の様子はただ事ではない。悩みがあるのならば何か言って欲しい、と思うのだがそれをはっきりと口に出すには豊には香寿に対して持つ秘密が多くあった。つまり、下心。
「豊……」
「ん?」
小さく、けれど確かな意味を持った標葉の呼びかけに対し声を返せばムッスリと顔を向けられる。そして告げられたのは
「馬鹿」
「へ?なんだよ、急に。お前に言われたかねぇよ」
豊も大概鈍いものだ、と標葉は思った。
今の香寿の態度に対して何か思うところがあるのならば、それをはっきり伝えてしまえばいい、と心の機敏に鈍い標葉は思う。複雑な男心も秋の天候のように変わりやすい女心も知らない。だからこそ、素直になればいいじゃないか、と標葉は単純に思う。実際、そうなってしまえば二人の関係性というものはあっさりと落ち着くのだけれど、それがままならないのが人というものである。
「俺は頭良いだろ、補修は単位数の問題だ。てか、鈍感じゃない」
「は?それこそ、お前、自覚なしだろ。お前ほど鈍くないぞ、俺」
互いに互いを鈍いと言う。心の機敏に鈍い標葉と恋愛に疎い豊。どちらも鈍いのには変わりなく、こんなところでそれを言い合っても他に第三者も誰も居ないこの場では詮無き事だった。
「今日、何曜日だ?」
「水曜に決まって……!?やばっ――」
やっと気づいたかのように豊は慌てる。標葉が気づいたというのに豊が気づかなかった。
「さっさと追いかけろ」
ヒュッ!
日差しに反射して銀色の硬貨が輝く。
「渡しておいて」
「すまん!!」
バタン!
慌しく鉛色の扉が閉まり、標葉は視線を空へと戻した。
眺める空は透き通るような蒼さ。余りにも曖昧な雲が遠く、急ぎ足で標葉たち人間を過ぎ去る。向かう先はどこまでも果てしない。無限に回り続ける。けれど地は変形して、色んな地を巡るのだろう。異世界のようなあの夢の世界が現実というのなら、彼らは知っているのかもしれない。その眼下に見下ろしたことがあるのかもしれない。
「かくも人とは己に疎いものだ」
***
「香寿!!」
豊は標葉から預かった昼飯代を持って香寿に声をかけた。混雑する中でそれは随分と目立つ行動となってしまったが。
「え――?ゆ、たか……何で」
「あ、いや……ほら、金預かってきたし」
急場凌ぎながらきちんと返答が出来た。随分怪しげな理由だったが。
「ああ……後ででも良かったのに。それに、標葉を一人にしちゃって良かったの?」
それは皮肉のように感じてならない。香寿を一人にしてしまったという罪悪感からか、どこかいつも違うように思える。ニュアンスがはっきりとした悪意。香寿がそんなことを思っているわけがない。素直に標葉を心配しての言葉。なのに、それを豊の思考は曲解を以って現す。
「別に良いだろ、俺らがいつでもお守りしてなくても。男なんだし、どうにかなるよ」
緩む頬は香寿が嫉妬のような想いに駆られているのではないか、と考えたためだ。そしてそれは実際に的確な思考であるが、豊は自分自身でそれを否定する。
香寿が自分にそのようなことを抱くはずがない、と。もしあるとしても、それは標葉に対してだ、と思う。そこで至る。もしかして香寿は標葉を好きではないだろうか、と。もとから考えれば標葉が話しかけたという。それから今日に至るまでこのように何をするでも一緒に行動する仲になる、というのはそれなりの理由があるものだ。それも身内には甘くとも、周囲に対しては無関心が過ぎて冷酷になる嫌いのある標葉と初対面から仲がよくなるなどというのは驚愕に値する。二人の出会いのきっかけはその場にいなかった自分は知らないのだ。
……とまあ、なんともズレた思考のまま考えていく豊だが、前提の時点で間違っているのだと気づかないのも豊である。核心に極めて接近している、というのにも関わらず。自分が愛情を、他人からの恋愛感情を向けられるはずがないのだ、と思い込んでいる節がある。それは標葉にも言える事だ。それは二人の過去に由来するものだけれど、とにもかくにも人を信ずることは出来れども恋愛事という面に関しては全く向けられるとは考えたことすらない二人。
特に豊は始終標葉という存在を横に置いているものだから、自分自身に疎い。正面きって伝えられることはしばしばあっても、駆け引きなどとは無縁なのだった。奥手な香寿の態度から自身への好意を素直に感じ取れ、というのは無理だった。
「でもさ、」
「いいじゃん。それとも俺、来ないほうがよかった?」
募って言葉を重ねる香寿に豊は安心させるような軽い声音で応対する。しかも形式は意地悪なことに問いかけだ。その瞳は不安げに、表情は蔭りを見せる。一瞬前まで香寿自身が見せていた表情だということに気づかず、香寿は驚き慌てる。否定に顔を振った。
「そっそんなわけ……っ!ない、よ。嬉しい!」
「そそそ、そう、か」
笑顔で最後を強調してくる香寿。それは途中、呼吸を置くようにゆっくりと言葉を出したことから取り繕う為の言葉ではない、本心だと豊にも伝わる。そのことに逆に豊が動揺する。同調するようにどもった豊に香寿はきょとん、とした顔を見せた後小さく笑う。声を出して。
――ふふふ。と可憐に笑みを零す香寿は眼鏡をしていたって可愛いと思う。というか、俺がダメだと思う。
しかし、なんとしても今日は香寿一人を売店に行かせてはいけなかったのだ。豊は今日の曜日を確認する。水曜日。水曜日の悪魔が香寿に接触しようとするのを防ぐ。そのために豊はついてきた。そうでなければいくら豊であっても過保護すぎる、と自分を自制する。校舎内にうろつく狼は赤ずきんさながらに無垢なる香寿を襲うかもしれない。けれど、その心配は今だけのことではない上に現在は眼鏡を使用中だ。外した後と外す前とで同一人物だと特定されているわけではないのが唯一の安心。そしてもう一つ、学校内であれば豊と標葉の顔で融通が聞く。
それだけの影響力でもって香寿の不可侵条約が成り立っていた。どんな意味にしても手を出せば制裁。見せしめになった者たちが実際にいるからこそ、恐れられる。脅しじゃなく、警告。この三人グループは学内では近寄らず、とは訓戒となって生徒教師の心に深く刻まれている。しかし、厄介なのはそれ以外。――学生でも教師でもない、学外の人物。
「香寿!」
「あ、誓さん」
無邪気に返事をする香寿は悪くない。けれど、男は悪い。
「ち……っ」
完全なる殺気を込めた目で“誓さん”と親しげに呼ばれた男を睨む。男も感じているだろうが、無視。まったく気づいていないように振舞うが、このナルシスト気質のある男は嘲笑うかのようにこちらを煽る行動をする。意図的なのは丸分かりだった。
「今日は何買いに来たの?」
「チョココロネと牛乳と……」
この男は豊の大事なものに手を出そうとしている、虫。そして敵だ。香寿の素顔を見たことがあるわけでもないのにやたらと構い倒す。気に入っている、と行動で示す。だからこそ厄介だ。学外の人間にしてもただのチンピラならば睨みを効かせば退散する。だが、この男は違う。手馴れている。人から奪う、という行為自体が好きだと見える。しかしそれ以外の部分に本気で香寿を見ている部分がある。危険だった。香寿を悲しませ、傷つける。確信を持っていた。何せ、この男は自身が香寿を気に入っているにもかかわらず、それはゲーム感覚として、本気のものではないと思っている。ただの遊び、ちょっとしたからかい。そんな認識が豊にも伝わってくる。
「――豊?」
問いかけられて、思考が分断する。そうだ、こんな男のことなどどうでもいい。豊にとって大事なのは香寿である。求められた答えを返す。
「ああ、俺はコーヒーと焼き蕎麦パン」
「じゃあ、それください」
「はい、ちょっと待ってね」
誓は香寿の答えに応じて手を動かす。売店の人だ。客足は少なくなってきたとはいえ、到底残りの販売員だけでは裁ききれていない。本来なら誓も最高速度で処理を行い、次の客へと店の回転率へと貢献すべきである。しかし、男はそんなことを気にすることもなく、特別鈍く香寿へと接客する。
「そういえば、香寿は今週いつか空いてる?放課後でいいんだけど……」
「空いてません!!」
他の客、特に女性客から熱い視線をもらいつつそれを無視して、豊の存在をも視界から除去して香寿へとプライベートなことを話し始める誓。そしてそれを止めんとする豊。傍から見れば混沌とした状態だ。ましてやその間でおろおろとする少年が原因などと誰が思えよう。
「何で、君が言うのかな?俺は香寿に聞いてるんだけど」
若干棘ついた声音。
「香寿の放課後はあんたにあげられない」
「俺が一緒いるだから、あんたとは行動しませんよ」
決定的な言葉を、豊は放った。
「漸く?」
すべてを聞いた標葉は呟いた。けれど、それは誰にも聞こえなかったようだ。
「それで、……標葉はどう思います?それって、脈、ありですよね!?」
「……」
「でもでも、豊は天然が入ってるので、あまり期待しすぎちゃ、後で困るよね。でもさ、これって、一応、確約になったよねっ!三人で帰るにしても、いつでも、一緒って」
「……」
「明日、なんて顔すればいいんだろぅ?いつも通り?それとも何か、リアクションした方がいいのかな。でも、下手にリアクションして望みがないなら『何だろ、変だな』とか思われるし、恥ずかしいし、でも逆に考えれば好機だよね……ここで態度にはっきりと出した方が意識してるって、伝えられるし、」
「――」
何だろう、この嫌になるほどの乙女は。
標葉の自室。上がりこむのは香寿。昼、標葉が屋上で見たのは豊が強引な仕草で香寿を引っ張ってくる姿だった。予想していた事態ではあって、動揺も何もなかった。大方、あの販売員が何かしたのだろう、そのために二人は変な沈黙を落とした。そしてそれは事ここに聞くに当たって、半分は推測どおり、半分は的外れだったことが分かる。
沈黙は豊によって作り出されたものだ。思いっきりがいいのか、煮え切らないのか。結局、そんなにはっきりと独占を示したにも関わらず、豊は自己嫌悪なのか己の内側に引きこもって、その後の会話に参加しようとせず黙々と食事をして黙々と授業時間を過ごし(これは普通なのだろうけれど)、黙々と放課後を三人で帰路に立ったのだ。ちなみに、三叉路では標葉が空気を読んだのか、タイミングがいいのか、珍しくも『送ってく』と一言を発して三人で同じ道、香寿の家まで行ったのだ。そして、別れた。最後まで、豊は黙々と、静かに動いていた。
「……悩むなぁ」
そして現在、電話の向こう側で、香寿は身悶える様子を安易に想像させながら標葉へと話をする。昼の出来事、これからの豊への対応。それは出口の見えない迷路。ずっとループしているそれは、標葉を限界まで追い詰めていた。主に腕。
「豊も、煮え切らないな」
「え?」
小さく呟いたから、聞き取れなかったのだろう。もう一度、標葉は言葉を紡ぐ。
「二人とも、さっさとくっ付け、と言ったんだ」
「……」
電話越しに伝わる、香寿の様子は、この沈黙の意味は、赤面。今更に恥ずかしがっている。いや、妄想しているのかもしれない。
どちらにしろ、標葉には関係がなかった。問題なのは自分のことだった。
最近の変な夢。リアルな夢。それは水に関係するところで起きている。だからこそ、家に帰ってすぐのお風呂はあまり安心して入れたものではなかった。あの数日前の夏日の日照りがどうしたのか、と思いたくなるほどに急激に涼しく、もとい寒くなった気候で早風呂というのは標葉を不満にさせていた。それに加えてこの電話である。すっかり湯冷め状態、鳥肌の立った薄着のままの身体へと適当に布団を巻きつけているのが現在の標葉だ。
そろそろ本気で電話を強制的にショートさせたくなる頃合である。しかもその内容といえば惚気のような、悩みのような、愚痴のような、惚気だ。電話をたたっ斬ってやる、ぐらいには思う。それも、豊がはっきりとした態度を取らないのが、原因だけれども。
……今はこのままでいいや、とでも考えているんじゃなかろうか、あの朴念仁。
「豊には一言、いっとくから」
「頼んで、だいじょうぶ?」
不安そうな声音。それは標葉が信用できない、とかそんなものではないのだ。単に、心配。
それは標葉の様子がいつもと違う、という今朝の話に由来するものである。悩みを抱える標葉に更に悩みをぶつけるようで、心が痛む、というもの。それに標葉は一人きりの部屋で、苦笑した。誰も見ていないからこその表情だった。
「この後電話する。明日、思いっきり普通に接してやれ。発破かけとく」
「……いじわるだね、標葉って」
そうかな?ととぼけて電話を切った。そして豊へとコールする。
「はいはい、何の用かな、お姫様は。珍しいじゃないか、かけてくるなんて」
「香寿が今日のお前の発言をすごい気にしてた。どういう意味か、って頭悩ましすぎて今日は眠れなさそう、だってさ」
「ええ――!?」
「それだけ。じゃ」
「な、おまっ――」
プツっと切る。
これで朝になって必死に取り繕うとして自爆する豊が見れるはずだ。普通に対応するはずの香寿に対して、相当の焦りを感じるだろう。冷や汗をかくだろう。顔を蒼白にするかもしれない。いや、見ものだ。見逃せない。
そのためにも今日はさっさと寝ようか、とお腹の空かない身体をベッドに横たえて、ガバッと身体を起こす。風呂に入り直そう、と思い至ったからであった。
「……大丈夫、だよな」
一回大丈夫だったんだ、問題がないはずである。しかし、不安は大きい。風呂に入る、ということは服を脱ぐということだ。初日のシャワー室でも分かったことだが、あの時は暗い部屋の中で衣服を身につけた。つまり、このタイミングで夢の向こうに行ってしまうと、確実に通報されるような自体が待っている。森の中へ移動していてくれれば、問題はないが、それは期待できない。最初の森と昨日の森では違う場所だからだ。いつでも森というわけではないかもしれない。……町とか、往来とか、人の前とか、シャレにならない。
露出の趣味はないし、そんなことはしたくない。
「いっそのこと、服着たまま、風呂に入ろうかな?」
口に出してしまえば提案は甘く自身の内側へ入ってきた。どうせ、他に誰も居ない。洗濯機もすぐ傍にある。風呂に入ってすぐに脱げばいいだけだ。
そうしよう、と浴室の扉に手をかける。足を踏み出し、ピチャン――。
先がなかった。道は踏み外された。
《来て……私のそばまで――》
微かな声が、三度、聞こえた。




