出会い
リンデンバウムの香りがする。
季節は5月中頃。華やかな薔薇やクレマチスが咲き誇り庭園を彩っている。
まだリンデンバウムの花が咲くのは早くない?
ベアトリーチェは不思議に思った。
屋敷の2階奥、ベアトリーチェの部屋の窓から
ふわり、とかすかに香った気がした。
今年は例年より少し暖かいからか、と思ったが、なぜか気になった。
いつもはこのくらいの違和感を気にすることなどない。毎日同じような日々を送り、同じ人々とだけ顔を合わせ、同じ顔で笑う。
ただ淡々と来る運命の日に向けて己を磨き
『トスカ公国の公女ベアトリーチェ』をつくっていた。
しかし、今日は違った。
少し早いリンデンバウムの香り。
花は咲いているのかと気になった。
2階の窓からは見えない。
いつもだったら絶対にそのくらいの事気にしないが、明日の『その日』を控えて心のどこかでソワソワとしていたのかもしれない。
ベアトリーチェはいつも通り
1人で部屋を出た。
「…咲いてる」
薔薇園とは反対側、屋敷の裏にリンデンバウムの樹はひっそりと佇んでいた。
手入れがされていないわけではないが、その樹の他には小さな草花と東屋だけが置かれている。
ちょうどベアトリーチェの部屋の窓の下、「大切な」ベアトリーチェの為に用意されていた。
柔らかな午後の日差しが葉の間からこぼれる。
枝の先にひとつ、ふたつ、花が咲いていた。
5月の爽やかな風が吹き、甘い香りがかすかに香る。
ベアトリーチェの淡い金色の髪を揺らし、その香りにエメラルドの瞳を少し細めた。
「誰だ」
突然背後から男の声がした。
その低く威圧的な声に、心臓が止まるかと思った。
ベアトリーチェはおそるおそる振り返る。
漆黒の瞳、黒い髪、長身で身につけるもの全てが黒の男がこちらを見ていた。
カラスのようだとおもった。
それが、公女ベアトリーチェと帝国侯爵アルフォンスの運命的な出会いだった。




