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家庭教師の1人ヴィクター・アシュフォードは、王立魔法学院で長年教鞭を執った名誉教授だった。
特に近代聖属性理論の第一人者として知られ、その名を知らない魔術師はいないと言われている。さらに極めて珍しい全属性適性を持ち、火、水、風、岩、木、聖――すべての属性魔法を扱うことができた。
もっとも本人は、
「使えると言っても聖属性以外は初級魔法程度、器用貧乏なだけですよ」
と笑っているが実はすごい人物なのである。
そんな先生が魔力操作を覚えた2人に、いよいよ魔法の実践を教えてくれるらしい。
アルシアとエドワードは並んで座り、先生の話を聞いた。
「魔法とは何か、覚えていますか」
「魔素を魔力に変換して放出することです」
アルシアが答えた。
「その通り。では今日はその放出に、方向性を持たせる練習をします」
ヴィクター先生が続ける。
「手のひらに集めた魔力に、どんな現象を起こすかを定めてから放出する。これが魔法の基本です」
「方向性というのは?」
「例えば火を出したいなら、炎をイメージする。水を出したいなら、水の流れをイメージする。その方向性が詳細に定まるほど、魔力の消費が少なく、精度も上がります」
なるほど、とアルシアは思った。
(詳細に想像するほど効率が上がる感じか。漠然と「治す」より「この血管をふさぐ」って意識する方が……)
前世の記憶が自然と重なった。
「では実践してみましょう。エドワード君から」
エドワードが立ち上がった。
手のひらに魔力を集める。先日の夜の特訓の成果か、それは以前よりずっとスムーズだった。
「ファイヤー」
小さな炎が、手のひらの上に灯った。
赤橙色の、小さいけれど確かな炎だった。
「おお!」
先生が目を細めた。
「素晴らしい。魔力操作を習得してすぐにこれはなかなかですよ」
褒められたエドワードは、少し照れたように視線を逸らした。
一方、アルシアは嬉しくなり大きな声をあげる。
「エドすごい!」
エドワードを見つめる目がキラキラと輝いていた。
「……別に」
先生からもアルシアからも賞賛され、ぶっきらぼうに答えたエドワードの耳が赤かった。
「エドワード君がやったように、補助として呪文を唱える方法があります。ヒール、ファイヤー、といったものですな。頭の中でイメージが難しい初心者には特に有効です」
「呪文を唱えなくてもできますか?」
「できます。ただし、頭の中でより詳細に現象を定義できる上級者向けの方法です。初めのうちは呪文を使いなさい」
先生がにこやかに言った。
「では次はアルシア様、今朝少し怪我をしてしまってね。この傷を癒してみていただけますか?」
アルシアが先生の前に立ち手をかざした。
手のひらに魔力を集める。だがヒールと唱える前にふと傷口を見た。
「洗わなくていいんですか?」
先生が止まった。
「……え?」
「治す前に洗わなくていいんですか?」
「洗う?なぜでしょうか?」
「汚いですよ?」
「汚い??傷は治癒魔法で治りますので」
「でも汚いですよ?」
「……???」
先生とアルシアが見つめ合った。
エドワードが小声で囁いた。
「アリー、とりあえず治してみて」
「でも」
「とりあえず」
アルシアは納得できないまま、再度手のひらに魔力を集めた。
(聖魔法の方向性……ヒール、回復。傷を治す。皮膚が再生して、血管が元通りになって……)
「ヒール」
白い光が傷口を包んだ。傷が塞がった。
「見事です。これが——」
「やっぱり洗った方がよくないですか?」
先生が止まった。
「なぜそう思うのですか」
「だって汚れが中に入ってしまいます」
「治癒魔法で組織が再生されますので」
「汚れも一緒に閉じ込めちゃいますよ?」
「……」
先生は少し考えた。
「今まで問題が起きたことは」
「ないんですか?でも起きるかもしれないじゃないですか」
「………………………神よ」
先生が羊皮紙に物凄い速さで何かを書き始めた。
エドワードが小声でアルシアに言った。
「またやってるよ……」
「何が?」
「先生が記録モードになってる」
「そうなの?」
アルシアは首を傾げた。
先生はまだ書き続けていた。時々呟いている。
「治癒前の傷口の洗浄……汚染物の排除は…だがこれまで……これは学院でも……いや待て、魔力消費量を計測しなければ……」
エドワードがため息をついた。
「先生」
「なんですかエドワード君、今忙しい」
「授業は」
先生が顔を上げた。はっとしたような顔をしてから咳払いをし、2人に向き直る。
「……続けましょう」
羊皮紙をしまいながら、先生は小さく呟いた。その声はアルシアには聞こえなかったが、エドワードには聞こえた。
(神よ…この子は何者ですか)
エドワードは深くため息をついた。
授業の帰り道。
「ねえエド」
「なに」
「先生、また神様に話しかけてたよね」
「……気づいてたの」
「なんとなく、祈ってたから」
エドワードはしばらく黙った。
「アリーはもう少し……加減を覚えた方がいいと思う」
「加減?」
「全力でやらなくていい場面もある」
アルシアはしばらく考えた。
「……難しいわ」
「わかってる」
エドワードはまたため息をつくと、自分は一生ため息が絶えないかもしれないと思った。でもなぜか、それが嫌ではなかった。
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