5
魔法の授業が始まって一週間が経った。
アルシアはすでに魔力の放出まで習得していた。それは記録的なスピードだとか、天才だとか呟きながらヴィクター先生は授業のたびに羊皮紙に記録をつけ、時々遠い目をしてなぜが神に祈っていた。
一方のエドワードは、アルシアと同時に習い始めたが、まだ魔素を感じる段階にいた。
「先生、エドワードはいつ頃できるようになりますか」
「これは個人差がありますから。今も特段遅いという事もないですし、焦らずじっくりやることが大切です」
そう先生は穏やかに言う。その言葉にエドワードは黙って頷いた。
アルシアはその横顔を見る、真剣な表情だが焦りなどは見えずいつも通りだった。少なくとも周りにはそう見えていた。でも何かが違う…アルシアは微かな違和感を覚えた。
夕食の時間、いつも通りエドワードはよく食べて、よく笑った。アルシアの父が今日の授業の話を聞くと、エドワードは
「少しずつわかってきた気がします」
と答えた。その答えは嘘ではないのだろう。でも本当でもないと、アルシアにはわかった。
その日の夜、部屋のランプをお母様が消し
「アルシアおやすみなさい。いい夢をね」
と優しく声をかけ扉を閉めた。暗い部屋でふかふかのベッドに横になりながら、天井を見つめた。
(エド、落ち込んでた)
きっとアルシア以外は誰も気づいていなかった。いやエドワードが気づかせなかった、の方が正しいかもしれない。でもアルシアは、ほんの些細な違和感に蓋をできずにいた。授業中魔素を感じようと目を閉じるたびに少しだけ眉が寄るその一瞬、先生が次の説明に移るたびに視線が下がるそんな些細な仕草が頭から離れない。
アルシアは何かを決意したようにベッドから起き上がり、そっと廊下に出た。
エドワードの私室はすぐ隣だ。こんこん、と扉を叩く。しばらく間があってから扉が開いた。エドワードがパジャマ姿で立っていた。アルシアの姿を認めると、目が丸くなった。
「アリー?なんで? もう寝る時間だよ」
「エド、特訓しましょ」
「……は?」
「魔力操作の特訓。2人だけの秘密の特訓よ」
エドワードが思わず廊下の左右を確認した。が、誰もいない。
「こんな時間に」
「昼間だと先生がいるでしょ」
「それは……そうだけど」
「じゃあ中に入れてくれる?」
エドワードはため息をついてから、少し横にずれて扉を大きく開けた。
エドワードの部屋には大きなベットと勉強するための机、それから衣類などをしまうためのクローゼットが置かれている。他に座るべき場所もないので、ベットの上に二人向かい合わせで座った。
「目を閉じて」
とアルシアが言った。
「もう閉じてる」
「体の中にあるあたたかいもの、感じようとしてる?」
「感じようとはしてる」
「どんな感じ?」
「……わからない」
アルシアは少し考えた。
(どうやって説明すればいいだろう、血液とか血管なんて言ってもわからないだろうし…)
自分が魔素を感じた時のことを思い出す。血が流れるような、でも血液より静かな、体の奥にあるあたたかさ。
「エドって、走った後に体があったかくなるでしょ」
「なる」
「その感じがどこから来てるか、わかる?」
「……このへん?」
「そう!その胸のあたりからじんわり広がってく感じ、それを追いかけてみて」
再び目を閉じて、なにかを感じようと集中するエドワードとその姿を見守るアルシアの沈黙がしばらく続いた。
エドワードは眉を寄せて、目を閉じて自分自身に集中している。それをアルシアは何も言わずに待った。静かな夜のせいか、長く感じる沈黙だった。
そしてついに
「……なんか、ある」
と小さな声が静寂を破る。
「あったかい?」
「うん……あったかい」
「それです!」
アルシアが思わず声を上げた。エドワードが慌てて
「静かに!」
と人差し指を立て口元にあてる。
「よかったー!エドも感じられたのね!」
「シー!わかった、わかったから…静かにしてくれ」
焦るエドワードの口元が、ほんの少し緩んでいた。
「動かせる? その温かさを、手のひらの方集めるの」
「やってみる」
また沈黙、だか今度は短かった。
エドワードの手のひらが、ほんのりと光る。小さな光だった。アルシアが最初に出したものより、ずっと小さい。でも確かに、光った。
「エド!!」
「静かに」
「でも!」
「わかってる」
エドワードはまだ目を閉じていた。でもその顔は、夕食の時とは全く違っていた。
それからどのくらい経ったか。アルシアに求められるまま、何度も手のひらに魔力を集める。
「もう一度」
「エド、もう一回やって!」
ピカピカと暗闇でひかるその灯りにテンションが上がっていたアルシアだったが、だんだんと静かになり、気がついたらエドワードのベッドの上でスウスウと寝息を立てていた。いつの間に寝たのか、全く覚えていない。隣では同じようにエドワードが、すうすうと幸せそうな寝息を立てている。
翌朝、エドワードを起こすために扉を開けたメイドが、ベットの上の2つの塊を見て固まった。
「あの……」
二人は朝までベッドの上で、ぐっすり仲良く眠っていたのだ。メイドは伯爵夫人を呼びに行き、しばらくしてセシリアが二人を見にきた。
部屋を覗いて幸せそうに眠る2人を見る。そして静かに扉を閉めると、廊下で小さく笑った。
「もう少し寝かせてあげましょうか」
それから少し後、婦人から一部始終報告を受けた伯爵も様子を見に寄った。伯爵はわざとらしく大きなため息をつく。でも口元は緩んでいた。
「……まったく」
すうすうと仲良く並ぶ寝顔に、怒る気もうせていた。
その日の朝食の席で、エドワードとアルシアは何食わぬ顔で席に着く。すると伯爵がエドワードをチラリと見た。
「魔力操作、少し進んだそうだな」
その一言でエドワードが目を丸くした。
「……どうして」
「夜中に特訓していたんだろう」
エドワードは赤くなったが、アルシアは訳がわからず、きょとんとしていた。
伯爵はその様子を見て、もう一度だけため息をついてから、静かに朝食を続けた。
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