21
その日は朝からよく晴れ、季節はまだ春だというのに、初夏を感じさせるような日差しが降り注いでいた。領地の空は高く、雲ひとつない。
カリナは朝食を食べ終えると、畑へ向かうアルベルトの後について庭へと飛び出して行った。
「おそとー!!」
「リナ帽子をかぶりなさい」
セシリアが声をかける。
「あとでー!!」
だが脚を止めることなく、元気な返事だけが返ってきた。リナの「あとでー」が守られたことは未だかつて一度もない。
この日もアルベルトの畑仕事を見守ると、豚や牛に朝の挨拶をしに周る。その後、アルシアやエドワードが座学をしている間も、レオナルドが鍛錬場で剣を振るっている時間も庭を駆け回り、元気いっぱい過ごしていた。
「リナー!そろそろお昼ご飯だってー」
庭に居るリナに向かってアルシアが叫んだ。
「えぇー!まだおそとであそびたい」
不満そうに口を尖らせて、カリナはその場に座り込む。
「やだ、やだやだやだー!おそとがいいの!」
アルシアはいつも以上に頑固なカリナの態度に、どうしようかと悩む仕草を見せた。
「アリー?カリナ様見つけたか?」
セシリアからカリナを呼び戻してくるように言いつけられたアルシアの様子を、エドワードがうかがいにきた。
「それが今日はおそとがいいって……気持ちの良い陽気だから、リナの気持ちもわからなくはないけど……」
どうしようとでも言いたげな表情でカリナを見つめていたアルシアの瞳が、キラリと輝いた。
「そうだ……」
アルシアが言いかけた言葉に被せるように、エドワードが言う。
「まだなんか思いついたのか?」
呆れたような視線まで寄越す。
「エドったら何そのかお!私はただリナがおそとがいいなら、お昼はピクニックにしたらいいと思っただけよ」
「ピクニック?」
エドワードがパチパチと瞬きを繰り返した。
「そう。お母様に頼んで、お昼はお庭で食べればいいよ」
「……なるほど」
それから二人はセシリアのところへ戻り、庭に昼食の準備を整えてもらった。
「ピクニックー!」
サンドイッチを頬張りながら、外がいいと断固として主張していた本人はとても満足げだ。
だがお腹がいっぱいになるにつれ、目が半開きになりうつらうつらと頭も揺れ始めた。
「まあ、朝から走り回って疲れたのね」
舟を漕ぐカリナに気づき、セシリアは微笑ましいものを見るかのように目を細めた。
そこから数分もしないうちに、カリナは完全に夢の住人となった。
全員が食べ終わり、アルシアとエドワードは午後の魔法の授業へ、レオナルドは座学へと向かった。
「このままお昼寝させておきましょうか」
片付けの指揮をとっていたマーガレットに向かって、セシリアが言った。
「かしこまりました。ではメイドを二人ここに残しておきますわ」
マーガレットの指示によってカリナのお昼寝見守り係に任命されたメイドたちだけが残り、他は全員仕事に戻っていく。
「おやすみなさい、リナ」
セシリアもこの日はやることが山積みだった。カリナの額にキスを落とすと、踵を返し屋敷の中へと消える。
「うーーーん……」
日が落ち始め、体の表面を撫でる風が春の涼しさを取り戻してきた頃、カリナはようやく目を覚ました。
まだ寝ぼけているのか、カリナはキョロキョロと辺りを見回した。
その時、カリナは自分の頬や額のあたりがヒリヒリと痛むことに気づいた。
「あれ?なんだかおかおがいたい……」
痛むあたりに手を当てると、熱をもっているようだ。
「おねつ……?」
痛みと熱さに、目が潤みだした。
「いたい……」
起きたと思ったら、ぶつぶつ一人で話し始め、急に泣き出しそうになったカリナに驚き、メイドたちが声をかけた。
「カリナ様!?どうされたのですか?……どこかお加減でも??」
メイドの問いかけにカリナは答える。
「あのね、おかおがいたいの……」
「まあ!それは大変ですわ。すぐにセシリア様のところに参りましょう」
カリナの私室にはセシリアと、セシリアに呼ばれたヴィクターの姿があった。
「先生、カリナはどうですか?」
ひと通りカリナの様子を診てから、ヴィクターが口を開く。
「日焼けでしょう。カリナ様は今日一日外で遊ばれていたそうなので、そのせいかと……」
「だから帽子をかぶりなさいと言ったのに……」
ヴィクターの診断を受けて、セシリアがカリナに帽子の重要性について言い聞かせようとしていた時、ドアがノックされた。
「カリナ、お母様、入ってもいい?」
アルシアの声だった。
「どうぞー」
セシリアが答えると、扉が開きアルシアとエドワードが入ってくる。
「カリナ大丈夫?具合が悪いって聞いたのだけど……」
アルシアが心配そうにカリナに話しかけた。
「おねいたま、おかおがいたいの……」
しょんぼりとした様子でカリナが答えた。
「顔が痛い……」
そう復唱するアルシアに、ヴィクターが答える。
「日焼けですね」
「日焼け……」
なにかを考え込む様子で、アルシアはヴィクターの言葉を復唱した。
その姿を見て、エドワードはなにか嫌な予感がした。
今度はセシリアがヴィクターに話しかける。
「先生、日焼けは魔法で治せないんでしょうか?」
ヴィクターは何故か申し訳なさそうに答える。
「……日焼けは怪我ではありませんので」
その言葉に被せるようにアルシアが声を上げた。
「先生!」
「なんでしょうか、アルシア様」
「日焼けは怪我じゃないんですか?」
「怪我ではありません」
「でも痛いって……」
「痛くても怪我ではありません」
「赤くなってるよ?」
「赤くても傷はないので」
「熱いよ?」
「熱くても怪我ではないので」
「……………エドのお熱は下がったのに?」
「………………………」
「先生、日焼けってヒールで治らないの?」
「…………………………………神よ」
先生が羊皮紙に物凄い速さで何かを書き始めた。
エドワードが小声でアルシアに言った。
「これ久しぶりだな……」
「何が?」
「神に祈ってる」
「そうだっけ?」
アルシアは首を傾げた。
先生はまだ書き続けていた。時々呟いている。
「日焼けとは……太陽の光を浴びすぎて……だがこれまで……皮膚が傷ついて……いや待て……」
「先生」
アルシアが言った。
「なんですかアルシア様、今忙しい…」
「ヒールかけてみてもいいですか?」
「……………」
ヴィクターは羊皮紙から顔を上げた。
アルシアはヴィクターの返事を待つことなく、カリナの前に立つと手のひらに魔力を集め、カリナの顔の前にかざした。
(日焼けは、日の光によって肌が傷ついている。やけどみたいなもの……なら皮膚を修復して、熱をとって……)
「ヒール」
白い光がじんわりと広がり、消えた。カリナの顔をそこに居た全員が覗き込む。
皆の静寂を打ち破るかのように、カリナが顔を輝かせて叫んだ。
「いたくなーい!」
そんな光景を見て、ヴィクターは瞬きも忘れ放心していた。
「………………治った……?」
「治りましたね、先生。やっぱり日焼けは怪我だったんですよ」
呟きとも言えないような小さな声に、それでもアルシアは嬉しそうに返事をする。
「よかったわねリナ、こんどからお母様の言う事を聞いてちゃんと帽子を被らないとだめよ?」
「おねいたま、ありがとぉ!!」
カリナは全身で喜びを示すかのようにアルシアに飛びついた。アルシアが笑いながらその小さな体を受け止める。
その様子をエドワードが優しい表情で見ていた。
翌朝、ヴィクターはアルベルトの書斎を訪ねた。
「伯爵、少しよろしいですか」
「どうぞ」
ヴィクターが椅子に座わり、持参した羊皮紙を机の上に広げた。
「昨日の日焼けの件ですが」
「ああ、聞きました。アルシアが治したと」
「はい」
ヴィクターは羊皮紙を見た。
「日焼けが治癒魔法で治るということは……太陽の光による皮膚の変化も、アルシア様の認識では怪我に分類されるということです」
アルベルトが静かに頷いた。
「つまり」
とヴィクターは続けた。
「アルシア様の聖魔法は、従来の治癒魔法とは根本的に定義が異なっています」
「どう違うんですか」
「従来の治癒魔法は、目に見える傷や損傷を修復するものです。しかしアルシア様は……体に起きている健全な状態とは違う全てを体の異常として認識し、元の健康な状態に修復しようとする」
アルベルトがしばらく考えた。
「それはつまり」
「病気も、打撲も、日焼けも、見えない悪いものも、アルシア様の手にかかれば全部治癒の対象になるということです」
書斎が静かになった。
「……そうですか」
アルベルトは窓の外を見た。
庭でカリナが走り回っていた。今日はちゃんと帽子をかぶっている。
「アルシアは」
とアルベルトは言った。
「自分がどれだけすごいことをしているか、わかっていないんでしょうね」
「……おそらくは」
ヴィクターが羊皮紙をしまいながら苦笑する。
「先生がつい神に祈りたくなるわけです」
アルベルトも苦笑いを浮かべる。
2人とも困ったといいながら、心の中はなにかワクワクするような希望が生まれていた。
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