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アルデニア大陸の中央西部に位置するヴェルシア王国は、大陸でも有数の大国だ。南に港を持ち交易が盛んで、広大な穀倉地帯にも恵まれている。ここ百年は大きな戦争もなく、人々は概ね穏やかに暮らしていた。
この国では魔法がいわゆる地球の科学の代わりに発達している。貴族はみな何らかの魔法を持ち、平民でも三割ほどは魔力を持って生まれる。魔法の有無が社会的な地位に直結するこの国において、貴族が魔法適性の儀を重んじるのは当然のことだった。
そんなヴェルシア王国の伯爵令嬢として生まれたのが、アルシア・ヴェルナだ。父は温厚な伯爵で、母は社交界でも評判の美しく穏やかな女性だった。兄が一人と、まだ幼い妹が一人。家族仲は貴族にしては珍しいくらい良く、アルシアは両親と兄の愛情を受けて、何不自由なく育った。
そして三歳の頃から、なぜかうちで預かっている少年がいた。
エドワード・クレイン
遠縁の男爵家の三男で、預かった理由はアルシアも詳しくは知らない。ただ物心着く頃にはそこにいて、気がついたらいつもアルシアの後ろをついてまわっていた。
そのエドワードが今、心配そうな顔でなかなか目覚めないアルシアのことを見つめている。
目を開けると、見慣れた天井があった。
自室のようだ。
「アリー」
横を向くと、椅子に座ったエドワードが心配そうにこちらを覗き込んでいた。目の下に隈がある。きっと倒れてからずっと、ここにいたのだろう。
「エド…」
「良かった」
絞り出すようにそれだけ言って、エドワードは俯いた。肩が少し震えていた。アルシアはかける言葉がみつからず、しばらくそのままエドワードを見つめていた。
エドワードもようやく安堵したのか、もう一度今度は先程より優しい表情でアルシアと視線を合わせた。
「私…どのくらい寝てたの?」
「三日だ」
「えっ?!三日も!?」
「大声を出すな、まだ本調子じゃないだろ」
エドワードが眉をひそめるので、アルシアはおとなしく口を閉じた。
三日…大量の情報が流れ込んだにしては、頭の中は不思議と穏やかだった。知らない景色、知らない知識、でもなぜか懐かしい記憶たち。
(前世か…)
人の体の仕組み、病気の原因、薬の作り方。知っている…なぜか全部知っている。
「アリー」
エドワードが真剣な顔をしていた。
「何があったか、覚えてるか」
アルシアは少し考えた。なんと言うべきか、自分でもよくわからないこの知識のことを。でもエドには嘘をついたことがない。
「覚えてる」
「何が起きたんだ」
「魔法を授かったの」
「それだけじゃないだろ」
嘘は許さない、そんな眼差しだった。昔からそうだ、アルシアのことを誰より見ている。
「……なんか色々頭の中に流れ込んできたの」
「色々って」
「よくわからない。なんて言えばいいのか…前世?みたいなもの」
エドワードが固まった。しばらくアルシアの言った言葉を噛みしめるような沈黙が続いた。
「エド……信じる?」
「信じる!」
即答だった。
「アリーが嘘をつく理由がないしな」
「それで…」
とエドワードが言った。
「その前世とやらで、何を見てきたんだ?」
「人の体の仕組みとか」
「……は?」
「病気がどんなふうに起きるかとか、薬の作り方とか」
「……」
「あと聖魔法って回復だけじゃなくて解毒も浄化も解呪もできるって当然だよね?」
「……………」
エドワードがゆっくりと口を開いた。
「……アリー」
「なぁに?」
「それ、誰にも言うなよ」
真剣な声だった。が、アルシアは不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
「俺にもまだ確実な事は言えない…でもきっと普通じゃないから」
「そうなの?」
「そうだよ!!」
思わず声が大きくなったらしく、エドワードが慌てて口を閉じた。扉の向こうに気配がないか確認してから、また小声に戻る。
「絶対、誰にも言うな。いいな」
「うん……わかった。エドがそう言うなら…」
エドワードはまだ何か言いたげな、難しい顔をしていた。
その顔を見ながら、アルシアはぼんやり思った。
目が覚めたら隣にいた。きっと倒れてからずっと、心配して付き添ってくれていたのだろう。
「エド」
「なに?」
「ありがとう」
エドワードが目を丸くした。それから少し赤くなって、視線を逸らした。
「……別に」
アルシアはなんだかほっとして、笑みが溢れた。
その日から二人だけの秘密ができた。
アルシアの前世の記憶と、おそらく規格外の聖魔法。それはアルシア以外ではエドワードだけが知っている。家族も知らない秘密、それがなんとなく嬉しかった。
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